勇者と魔王のワルツ
ルナが遅れてこちらにやってくる。重力を感じさせない着地に一瞬目を奪われるも、動きに余裕が無い。
「町中に動きがあります。騒ぎに気付いたようで、軍の出動もあったようです」
「……だそうだぞ、尻尾を巻いて逃げるか?」
その質問に対し、ヴィーナスはクスクスと口元に手を当て、笑うように言葉を吐き捨てる。
「関係ありませんのよ、私に困る理由などありませんもの」
見つかれば不利になるのは俺なのは間違いない、解って言ってるのだろうが、やっっかいな事だ。
「そうだな、俺も引けない理由がある。お前を倒して胸を張って帰らせてもらう」
ルナは頷く、俺はそれを確認すると闘気を左右の手に込めて行く。
ルナが後方へ下がると、弦を弾き鳴らし、大気を震動させながら新たな旋律を奏でる。
「演舞金ノ舞……波動の民謡曲」
ヴィーナスは弦に爪を掛け、デタラメなリズムで弾く。見えない衝撃がいくつも生まれ、不規則に放たれる。
一度くらった技を、何度も当てられると思うなよ。
「演舞月ノ舞……十六夜」
三日月と逆方向に刃を走らせ、弧を描き、湾曲した斬撃を振りかざす。ぶつかり合うような衝撃と、破裂する振動を感じ、刃の範囲を大きく広げて行く。
「演舞日ノ神楽……火輪飛輪」
飛び上がり縦方向に回転し一気に振りかざす。回転した炎の斬撃は、刀身から切り離され飛び立ち、周囲の衝撃を巻き込みながら直進して行く。
「直線的な攻撃ですのね、 演舞金ノ舞……軍歌の侵攻曲」
重厚な音を打ち鳴らし、翼を広げ、砂地を強く踏み締め、蹴り上げ、飛び立つ。
俺の周りを旋回しながら、激しく荒々しく刻む音は容赦なく俺に降り注ぐ。避けようと、砂地を蹴り上げるも力が分散し、飛距離が伸びない。
「いけませんわ……自ら選んだ戦場を失念なさるなど、自業自得ですわよ?」
その笑みとともに音の空爆が始まり、わずかに衝撃を受ける。走り出そうにも砂が足に絡まり、無駄な体力を消耗させられる。
「この程度いいトレーニングだ」
とは言ったものの、この状況は良くない……場所を変えねば待っているのは敗北だ。
避けきれず攻撃の余波をくらいながら、視線を向ける続け広い岩場が眼に入る。
「見つけたぞ、円環は導かれ日は舞い戻る“火輪飛輪”」
「何を見つけたんですの、私に見せてくださいまし」
ヴィーナスはまだ気づいていない、二段構えによる奇襲の演舞。暑さか、感か、咄嗟に振り返りギターのボードで防ぐ。回転する炎は尚も突き進み、押し込もうとする。
「ふふふ、これを狙っていたんですの……やってくれますわね」
動きが一瞬止まる。それを見逃すはずなどない。
「演舞月ノ舞……月虹、演舞日ノ舞……華炎」
刀身から七色の軌道を描きギターを弾く、刀身から煌びやかに色付く炎を纏い、ガラ空きの腹部目掛けて斬り裂く。
「ぐ……くうう、ふふふ……仕損じましたわね?」
苦悶の表情を浮かべ、薄い笑みを貼り付ける。
傷が浅い……衣類がわずかに切れ、皮一枚に過ぎないが、その割にはーー。
「演舞金ノ舞……調弦の束縛曲」
ギターの弦が外れていき、蛇のようにうねうねと俺に向かい巻きついて行く。動かそうとするもびくともせず、拘束され砂浜に落下する。
「俺を拘束して、何をするつもりだ」
「落ち着いてくださいまし、自称女神はどこに行ったのですの?」
今ルナの姿はここに無い。どうやら何かの考えがあるようで、任せておけばなんの問題もない。
「まあ良いですのよ、私もうお腹が空き過ぎていますの」
ヴィーナスは犬歯を突き立て、俺の首元へと口を運ぶ。
「おいおい冗談だろ……噛まれたらどうなる?」
「ふふふ大丈夫ですの、少しだけ気持ちよくなるだけですのよ」
その顔は猟奇的に笑い、俺の首にズブリと噛みつき、血を吸い上げる。その痛みは想像を絶し、闘気まで抜けて行くのを感じる。
「ぐぐ……血が、闘気が抜けて行く」
喉を打ち鳴らしながら、渇きを潤す。力が抜けていき、視界が霞んでくる。
「ふふふ……このままーーあ、ぐ、あああ!?」
ーー間に合ったか、正直焦ったがちゃんと効果があったようだ。
「あ、熱いですわ……焼けるような、貴方……どんな血をしてますの」
「闘気を全身に流して、血液中にまで入り込ませた。“日の力”を含んだ血液はお前にとって毒となり得たようだな」
俺は緩んだ弦を外していき、ヴィーナスに切っ先を突き立てる。
「終わりだなヴィーナス……これ以上は戦えない」
「認めませんの……こんな終わり方、私は到底看過出来ませんわ」
力の限り、翼を羽ばたかせ跳び上がる。弦を引き締め、右手をかざす。
「突き抜ける衝撃……ウエーブソング」
焦点の定まらない攻撃が、次々に砂浜に落ちて行く。手が震え、未だに影響が出ているようだ。
「衝動する月……ムーンアサルト、降り注ぐ陽光……サンシャイン」
俺は舞い上がる砂埃の中攻撃を避けながら魔力を込める。隙を見て月のような塊を飛ばし、攻撃を誘発させて行く。太陽のような眩い閃光を放ち、ヴィーナスの片翼をかすめる。
「許しませんのよ……たかがお遊びにこのような醜態、つまらぬ邪魔するなどーー」
先程と打って変わり、力強い羽ばたきで空高く舞い上がる。調律された旋律は荒々しく雄々しく、力を高めて行く。
「演舞金ノ舞……鳴り響くは破滅の旋律、貫き、砕き、踏み潰し、終わりの調べを奏でましょう? 滅尽の終演曲」
最後の弦を鳴らすと同時に濁流する力の衝動が、周囲を支配する。砂浜を尽く吹き飛ばしラッパのような炸裂音が闇夜に響き渡る。
「演舞日ノ神楽…… ゆらり揺らめく日ノ虚い、踊り引き裂く見えざる刃、薄刃陽炎」
刀を両手で掴み爆風の渦を突き進むーー受け流し、切り裂き、ゆらめいて、反撃の瞬間を待ち続ける。
「まだですわ、まだまだ終わらせませのんよ」
指で弦を弾き、一度に力が暴発していき、直径5メートルはある巨大な爆発が研ぎ澄ました一撃に揺らめき一気に地を蹴り上げ、ヴィーナスまで力の限り跳び上がる。
「私は近く事を許可しておりませんのよ!」
ギターを弾き仕込みヤイバを出現させ、斬りつける。
「陽炎の日は、揺らめき、虚い、その刃を届かせる!」
刃が俺の顔に当たる瞬間……炎が強く燃え上がり、空を切る。炎の中より飛び出し、秘めた刃を握り締め解き放つ。
ーー炎が再び燃え上がり、ヴィーナスを貫く。夜の闇に、一筋の火柱が高く燃え上がった。




