闇夜の遭遇
朝になり、クロウたちに別れを告げると、俺たちは他の町を目指し旅立った。道中可も無く不可もなく……別の町でカラスとの遭遇で似たような現場は抑えたものの、大きな手がかりは得られなかった。
「あれから二十日……六つの町と村を周りましたが、有益な情報を得る機会は有りませんでしたね」
食事処で休憩を取りながら地図に印をつけて行く。成果の出なさに僅かながらの苛立ちを感じるも、一呼吸し呑み込む。
「まあ仕方ないと思うぞ、最初の日が出来すぎていたし、多少はな?」
「そうも言っていられません……ここまで動きが有りますと、近い未来にーー」
ルナは我に帰り、出しかけた言葉を喉の奥に仕舞い込む。
「このような公共の場で話すことでは有りませんでした」
「ルナの言い分もわかる」
だが焦ってどうにかなる問題でも無い。
コップの水面を眺めながら、どこへとも向いているか分からない心に言い聞かせる。運ばれた料理を口に運び、軽めの昼食を済ませて行く。
「だから今日は変化を狙おう……」
「まさかとは思いますが、度々耳にした噂を考えてはいませんか?」
答えに戸惑うような眼差しを向ける。声色的に、眉唾な話を信じるのかと言う事だろう。
「可能性は排除し切れない」
だがこれは賭けだ、余りにも情報が少な過ぎる……。
「夜中ともなると、衛兵も活発に動いています。それだけ騒ぎは大きくなりました」
キツめの口調で最近の出来事を語る。同盟内は騒ついて、犯人探しの真っ最中と言うわけだ。
「他国の勇者が見付かれば、笑い事で済まされませんよ? 今は時期が悪過ぎます」
「最悪犯人に仕立て上げられるだろうな」
分かっているならーーそんな言葉が頭を頭を過ぎる事だろう。
「これ以上膨れ上がれば、俺たちは撤退を余儀なくされる……時間はないと思う」
虎穴への道筋は希望か絶望か……イバラを進み、超えた先にしか答えは無い。八方塞がりなら迷わず進むべきだ。
「一端の口を利きます……何より、勇者としての自覚でしょうか?」
口元を抑え、頬を緩ませた。
ーー稀に綺麗な笑顔を見せる。自覚があるかは知らない……だからこそ、俺はその対応に困る。少なくとも今は見えない……俺自身そのものが、俺で無いように戸惑う。
「……何にせよ、今晩が決行の時だ。昼間はゆっくり休み、夜に備えよう」
コップの水を飲み干して、尚も満たされぬ渇きを感じながら、その場を後にした。
ーー月が遥か頭上に出立、心地よい夜風に揺れ、俺とルナは人気の無い表通りを歩く。
「何でしょう……昼間とは違い、恐ろしい程に空気の違いを感じます」
横眼をやるとルナは不快な表情を浮かべ、見渡して行く。翼の魔族が多いだけ有り、視力を大きく損なう夜は外出を避ける傾向にある。
この点はここ二十日間で大きく感じたところだ。種族が違えば、習慣も大きく変わる。あの時宿を探しに行っても、しまていてどこも空いていなかった。
「鳥目はそんなものじゃ無いのか?」
「たとえそうだとしても、この異様さは……不味いですね」
声のトーンが大きく落ちる。前方からの足音と気配に気付き、俺たちは素早く建物の影に隠れる。衛兵らしき人族が数人落ち合い、警戒しながら周囲を探索していた。
「何か怪しい痕跡はなかったか?」
「いや、何も無い……だが本当にここに居るのか?」
何やら話し合い誰かを探しているらしい。犯人に目星がついているのか、特定の誰かを探しているような言い方だ。もっと探りを入れたい……少し近づきたいところだがどうしたものか。
その時、地面に大きな影が映り、頭上を見上げる。翼を羽ばたかせ、飛び回る複数の影が見える。
梟の魔族? 見かけないと思ったが、夜に活動していたなら納得がいく。……いやそれにしては羽に違和感があるような……あれは!
「なあルナ……蝙蝠って、どこの魔族だ」
ルナが目を見開くと同時に、一体がこちらに顔を向け笑う。
「キイイイイイーー!!」
黒板を爪で擦り付けるような、高い音が地区一帯に鳴り響く。不快な音を立て、連鎖するようにそれらは伝っていき、俺たちは耳を押さえる。
「これは……高周波を発して、なにかを伝えようとしています」
「く……いったい誰に、蝙蝠は洞窟に住む動物だ。ここにいるって事は“山”から来たのか」
俺の訴えを無視するように、複数の音が重なり不快感は頭痛へと変わって行く。
「ここに隠れていたぞ!」
どうして奴ら二人は影響を受けていない?
「今は頭よりも、体が先だよな……行くぞ」
ルナに合図すると、俺は姿勢を低くし、力の限り蹴り上げる。
「なんだコイツ……」
言葉を終える前に5メートルの距離を3歩で詰め寄る。左肘を打上げ、顎を打ち抜き意識を飛ばす。右足を垂直に打上げ、顎を鳴らし意識を刈り取った。
手を出す事は悪手にしかなり得ないが、この状況ならいくらでも誤魔化しようはある。
「くそ……上の蝙蝠が騒いでいるせいで、なにも出来ないぞ」
「妙です……動きに規則性はあるものの、攻撃が一切見られない」
やがて蝙蝠たちは一か所に集まるように飛んでいき、次々と建物の屋根に着地して行く。自らの優位性を捨て、何かを目指すようにーー。
音が止んだ? 周囲が静寂に包まれ、冷たい空気が首元を通り過ぎて行く。
「ルナ……手を掴めるか、上に行く」
「はい、ユウセイ注意だけは怠らないようにしてください」
神妙な面持ちで語るルナに俺は頷き、一気に屋根の上に飛び上がる。
見えてきたのは、大きな満月の闇夜に付き従うように、数千は下らない大軍勢が、膝を折り並び立つ。付き従い、王を戴き、畏怖の念を捧げる。
ーーその中心にて赤い瞳と、金の髪が妖艶に輝き、漆黒の翼を広げ、羽ばたかせる少女がいた。
「貴方たちだったのですね……私の邪魔をするなんていけない子ですわ」
なるほど、確かにコレは傘だな……別に世界で例えられる訳だ。
「お前の種族はヴァンパイアだったか……羽は隠していたのかヴィーナス?」
「女は秘密を抱える程魅力が増すものすわ、貴方に答える義理は有りませんのよ?」
舐め回すように視線を這わし、ネットリとした口調で語り、甘味な表情を浮かべる。
「闘気の質が上がっていますわね? あの時も思いましたが、驚くべき成長速度」
「私も戦います……一緒に戦えば負ける事など有りませんから」
チリチリと空気が重くなり、空気が焼き切れるような錯覚の襲われる。ヴィーナスの眼はルナに対し、明らかな敵対意識が向けられ、瞳を細める。
「力を失った愚者風情が、崇高なる戦いに下卑た思考を持ち込むな」
殺気の波動を飛ばし、機嫌を損ねるヴィーナス。俺はルナの前に立つように視線を遮る。俺たちは睨み合い、得物へと手を伸ばして行く。
「安心しろ……戦いに水は差さない、俺とお前の……血湧き肉躍る“星戦”だ」
ルナを下がらせ、俺は気持ちを切り替える。今解放出来るなら、それに越した事はない。
「ユウセイ、それではヴィーナスのーー」
「ふ、ふふふふふふふ……ああ、素晴らしいですわ、そんな眼で見られては疼いてしまう、我慢が効かなくなり、すり潰したくなる」
指の爪を伸ばし、弦を弾き、音の衝撃が周りの建物へ飛散する。鋭い切り口の衝撃は、斬撃を思わせるように鋭利な爪痕を残す。
「勇者と魔王による星の闘争曲……題名、靴を舐める勇者」
闘気を張り巡らし、振り上げた剣の切っ先を突き立てる。
今は何も言わず待っていて欲しい……勇気の日が世界を照らすそんな夢物語を、願わずにはいられない。奇跡を繋ぎ、紡いだ灯火が世界を救うと信じて。




