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重なり合う翼

 城の中庭で、木製品特有の乾いた音が小刻みに響く。お互いに一歩も引かず、少女が木剣を振り下ろすと、男がそれを横から木剣で弾く。


「動きが直線的過ぎる……それじゃ読まれるぞ?才能だけで戦うのは限界がある」


「それならこれでどうかしら、先生でも難しいと思うわよ?」


 ロッカは左足を突き出し地を踏み締め、足を軸とした力の流れを右手の木剣へと伝える。勢いをつけた木剣に集約された力の流れは、一気に解放され放たれる。


 それ対しビレトは左下からの右上に弾き上げる。弾き飛ばされた木剣は円運動を繰り返し、数秒ののちに地で跳ね返る。


「う、嘘……木剣は」


「……何も変わってない」


 木剣を頭の上で横にし、腹の部分を振り下ろす。頭蓋を叩く音が演習の終了を告げた。


「だから頭はやめてよ先生ーー!!」


 抗議の言葉をサラリと流し、木に掛けてあったタオルで顔を拭く。水泡を蓄えた瞳は未だに非難の態度を示し、見つめ続けていた。


「まずは斜めに剣を振ることも覚えろ……それだけでも大きく違う」


「それだけかしら、何かが変わるようには思えないのだけれど?」

 

 頭をさすりながら、納得が行かないような疑問を投げかける。それに軽くため息をし、数秒の間の後口を開く。


「人ってのは同じ速度でも角度によって見え方がだいぶ変わるんだ……体感速度とでも言えばいいか。俺も詳しい話は知らないが、現にロッカは対応できなかったはずだ」


 指摘を受け、手を顎に当て考え込む。


 目を細めるように、最後の風景を一コマ一コマ脳内で再生しているのだろう。


「確かに最後のは見え辛かったと思うけど、よくわからないわ」


「ロッカはずっと我流で剣を振ってきたと聞く、武才能でここまで来たのだろうが強い奴は少僅かでも剣を傾けて振る」


 ビレトの顔を見つめ、何かを考える。それをどう捉えたのか珍妙(ちんみょう)な表情で見返す。


「なんて顔してるのよ……そう言えば先生って何してたのかしら?小さい頃の身の上話とか聞かせてくれる?」


 少し眉間にシワを寄せ嫌そうな態度を示すも、含みのある期待の眼差しに折れたのか、ため息と共に口を開く。


「俺は元々傭兵だったんだ……物心ついた頃には血生臭い戦場にいた」


 一度瞳を閉じるとピクリと眉を動かし、開くと同時に空を見上げる。


「跳ねた首の数なんて数えていない、雇い主に従い言われるままに仕事をこなす。出来ない奴から死んでいく……汚い仕事もあって、嫌で盗賊に堕ちた顔見知りを何人も殺した」


 その表情に何かを感じ取ったのか、拳を握り結んだ唇を解く。


「辛くはなかったの……その、元とは言っても仲間だったのでしょう?」


「言ったろ……()()()()()()()()()()()()、同情じゃ飯は食えないんだ」


 重くなった雰囲気に不味いと思ったのか、慌てるように言葉を付け足す。


「それでも今は違うし、勇者になってからは仕事にも困らなくなった。こう言ってはなんだが、金銭面も問題ないし今は充実してる」


「後悔はないの……今の道を選んだことに対して」


 どうしても確認がしたかったのだろう、例え藪蛇(やぶへび)になろうと知りたい答えを聞かずにはいられない。


 顔を向けたビレトの表情は、ここではない何処かを見ているようで、少し寂しそうだった。


「無いよ……この道は俺の誓いに続いているから」


「要点を得ないわね、それってどう言う意味かしら?」


 ロッカが疑問を浮かべるように問うも、それを無視するように木剣を手渡す。


「もう十分休んだ」


 ビレトは体を180度回転させ、そのまま蹴り上げるように走り出す。その信仰方向の先には、ロッカが落とした木剣があった。


 数秒の後に状況を把握……それを阻止しようと後を追う。


「今気付いたか……それじゃあ戦場では間に合わないぞ」


 柄の下に足を差し込み木剣を救い上げ、体を反転し、振り返ると同時に柄を掴む。その光景に目を丸くし、ロッカは慌ててスピードを落とし、木剣を構える。


 鍔迫り合いをし、打ち合い、稽古は毎日続けられた……そんな時だった。


「え……族の討伐? それって勇者の仕事なのかしら?」


 いつもの稽古の後。よく分からないと言った様子で、その問題を問いかける。


「いや、普通はそんな事はない。だが今回の賊は訳が違う……正しくは反乱分子だな」


「もしかして……最近良くない噂を聞く公爵だったかしら?」


 心当たりがあるらしく、その表情は明るく無い。それに気付いたのか、付け足すように口を開く。


「今回はロッカの同伴を希望すると皇帝から勅命(ちょくめい)を受けた。勿論来た方がいいが、嫌なら俺の方から誤魔化しておく」


「何……それって私が足手まといって事かしら?」


 思わぬところで気が触れたらしく、その表情に怒りの色が含まれる。それに対し、罰が悪そうに口を開く。


「そうじゃない……だって今回の相手は王妃の極刑を強く推奨した奴だぞ?」


 ロッカは目を見開く。その目には憎しみの炎がふつふつと燃え上がり始めた。


「まさか……聞かされて無かったのか?」


「今はそんな事どうでもいいわ……私も連れて行きなさい」


 瞳の奥に蓄えられた怨嗟の炎に気付いたのか、僅かな躊躇いの色を見せる。しかし考えが変わったのか、小さく頷く。


「分かった……だが現場では俺の指示に従ってもらう。その代わり仇はお前が打つといい」


「構わないわ、私が欲しいのはソイツの首だけだもの」


 その日は稽古を早めに切り上げ、後日の出陣に備える事となった。


 ーーそして作戦当日……2人は驚くべき光景を目撃する。


「なんなのよコレ……一体何があったと言うの?」


 おびただしい死の匂い……100を軽く超える貼り付の屍の山。少なくとも俺はコレを地獄と呼ぶ以外その表現を知らない。


「公爵はかなりの兵力を集めていたはずだ」


 動揺と焦りの中……城の入り口から、人影が現れる。


「注意しろ……何か来る」


 2人は武器を構え、闘気を最大限に高めていく。


「おや? まだ生き残りがいましたか……早々に退場を願いますね」


 純白のローブを見に纏い、それらには星を連想するような装飾が多く散りばめられている。声の低さから、男で間違いはないようだ。


 足を踏み込むと瞬時に背中に手をかける。武器らしきものを引き抜き、たった一歩でロッカの眼前に飛び込む。


「意外と呆気ない……これならすぐに終わりそうですね」


 その刹那高い金属音が鳴り、目の前でビレトとの鍔迫り合いが起こる。ロッカは驚き、力量差を理解し後方へと下がる。

 

「こいつは俺の生徒なんだ……約束もあるし、お前に退場を願おう」


「困りましたね、これほどの手合いと出会すとは……これも天啓(てんけい)でしょうか」


 音が反響したかと思うと、剣を弾き合い、何度も何度も打ち合い始める。ローブが放つ横の一撃を下から救い上げ、ビレトがそのまま振り下ろす。


 それを手で乱暴に掴み、ローブが剣を振り下ろす剣の腹をパキンと手首を鳴らし、勢いをつけた手の甲で弾き飛ばす。


 お互いに後方へと間合いを取り、両者は睨み合う。想定外の出来事と、苛烈を極める戦いが、何かの始まりを告げているようだった。


 



 


 

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