灰色の眼
灰色の眼……まるで燃え尽きたように薄く、どこか儚いながらも力強さも感じる矛盾のような瞳。俺はそのチグハグさに、葛藤のようなものを感じた。
睨み合いでは決着は付かない。俺は先手を取ろうと、右手に力を込める。
「お二方……いったん武器を収めてください」
目の前にアポストルが現れる。
突然の出来事に、反応が追いつかなかった。速過ぎた……気が逸れていたとはいえ、俺は勇者だ。その逐一に警戒しなが動向を見守る。
「貴方のせいよ? コレで戦いはもうお終い……狙いがあったようだけど、残念だったわね」
深いため息と共に警戒を解き、無造作に戦斧を床に突き刺す。闘う意思などもはやないと言わんばかりに突然の終了を告げる。
「アースラは許したのに、どうして止める」
「事情が大きく違います。片眼の貴方とて正式な申請が無ければ同じ事とご理解下さい」
周囲を見渡すと、アースラやルナの表情が険しい。火焔帝国の皇帝も、苦虫を潰したような顔で俺に視線を向けていた。
「コレにて閉幕です。皆さん一度円卓の間に……はい?」
終わりが宣言され皆が戻ろうとしたその時、一瞬だけアポストルの表情が暗くなる。
「どうした……終わりではなかったのか?」
俺を見るその目に、背筋が凍りつく。それは人に対する表情では無い……汚物でも見るかのような、ゴキブリにでも向けられる表情だ。
「いえ……何でもありません。少し驚いただけです」
周りを見ても俺しか見ていなかったのだろう。ルナも不思議そうに俺の元へと近く。
「不都合でも有りましたか?」
「いえ、これより戦いを再開するのでお下がりください」
いつも間にか表情は戻り、何事も無かったかのように笑顔を貼り付ける。この男に何が有ったのかは分からないが、俺に良い印象がないのはよく分かった。
「中止では無かったのですか? 二転三転とは珍しいですね」
横目で俺の方を見るが、俺は何もしていない。むしろ俺が聞きたいぐらいなのに求めれれても困るというものだ。
「では再開で……それでは」
アポストルはそう言うと、瞬時にその場から下がる。ルナも慌てて下がると、その隙に炎鷹いや、ロッカが戦斧を振りかぶる。
「そんなに俺との戦いが楽しみだったか?」
この勢いの戦斧を剣で止めるのは悪手だ。俺は一歩下がり、鼻先を通り抜ける風に冷ややかな汗を流すも、紙一重で避ける。
「貴方何者?普通こんな事にはならないわ……告げ口する暇はなかったわよね?」
「知らん、俺も驚いている。それを言ったらロッカもその眼はなんだ?円卓の間に行けたならなら、勇者の神託があるはずだが?」
「気安く名前で呼ばないで、私と貴方は……な!?」
俺は剣を降るように見せかけ、右足を踏み込み回転しながら左足を胸部に叩き込む。
足がめり込み、鈍い音と共に後方へと勢いよく転がる。
不意打ちで悪いが、お互い様だ。体術の対応の遅さから、実戦慣れはしていないように思える。意地が悪いかもしれないが、突いてみるのも手か?
俺は左足を踏み込もうとした時、違和感を感じた……その刹那痛みが走る。
「普通レディーに対してこんな事しないわ……どんな教育を受けてきたのかしら?」
俺の足に視線を向けるように、その口角を吊り上げる。
「育ちがいいお嬢様にはキツかったか? ……お前こそ華奢な体でいくつの鎧を着込んでるだよ」
あの体格ならそこまでの重さに耐えられるとは思えない。ましてや、あんな戦斧を軽々と振り回すのは不可能だ。魔法による身体強化も限度がある。
俺は後方へと下がろうとした時、瞬きの間に距離を詰め、右手の戦斧で横に薙ぎ払う。
「育ちが良くても、強さは変わらないわ」
これだけはしたく無かった。俺は剣を後方45度に構え、刀身を戦斧が滑って行く。高い金属音と共に攻撃を弾いた。
「それで凌いだつもり? 演舞炎ノ舞…… 旋回ノ炎鳶」
流した攻撃をそのまま回転に加え、左足を踏み込むと、暴力的な力を惜しみ無く乗算する。炎の翼は一層燃え上がり、全てを飲み込もうと飛来する。
「演舞日ノ神楽……薄刃陽炎」
揺らめく陽炎の中、猛禽は全てを喰らい尽くすように炎を燃え上がらせる。幻影を熱風で吹き飛ばし、業火で極薄の刃を焼き尽くす。
「薄刃陽炎が……っく!?」
腹部に攻撃が入り、鮮血が飛び出す。すぐさま傷口から炎が吹き出し、焼け爛れて行く。
「うおおおーー!! 演舞日ノ神楽……烈火旭」
刃を焦がし、何度も刺突し、燃え盛る神速の蓮撃を放つ。それに対し、ロッカも戦斧を空高く振り上げた。
「はあああーー!! 演舞炎ノ舞……翔下ノ炎鷲」
高い声を張り上げ、刀身に炎の翼を宿す。攻撃をぶつけ続け振り下ろした一撃に、閃光の一撃を合わせるも力の濁流により、炸裂する炎が全てを吹き飛ばす。
宙で反転し、流れるままに転がって行く。ふらつきながら立ち上がるも、擦り切れるよな息遣いと、霞む視界に、流れる冷ややかな汗が流れる。
「はあ……はあ、はあ……はあ」
流れる時間が凄くゆっくりになって、前にもこんな感覚があった気がする。あの時は、そうだ……ルナと初めて会った時だ。
戦いの最中にも関わらず、視線が自然とルナへと向かう。傷だらけの俺を見て必死に堪え、拳を強く握りしめている。表情は取り繕っているようだが、口元は僅かに震えていた。
ーーザワつく。
それが何かは分からない……それでも今が間違っていると言うことだけは、はっきりと分かる。でもどうすればいい? 中途半端な攻撃では、かき消されてしまう。何をすれば良い?
『縁が円を成し、円環が輪廻を廻す』
脳内に反響するような声に意識が覚醒する。
「演舞炎ノ舞…… 炎翼ノ飛翔」
ロッカが目の前まで迫り、戦斧に燃え上がる翼を宿す。羽ばたかせ、飛び立つように突き出す。
「演舞日ノ舞……陽炎」
ゆらりと炎に揺れ、流れるようにその場から消える。やがて炎の翼は俺のいた場所を飲み込み、一面が焼け野原になる。
「どう言うつもり? 攻撃する気がなかったでしょう?」
あまりの手応えのなさにか、怪しむような視線でこちらを見る。
「そうだ……今はこれで良い」
今度は攻撃を完全に受け流した。確かな手応えを感じ、俺は再び剣を構える。




