それでも世界は廻り続ける
話は突如として中断される。乱暴に、唐突に、不自然なやり取りが全てを置き去りにするように過ぎ去っていく。
「異議を申し立てます……アポストル殿、この決定は些か横暴では有りませんか?」
アシンリエは震える声をなんとか制御しながらも、必死に声を張り上げる。
「お聞きになりませんでしたか?」
「一字一句違えず伝わっております。だからこそ理由の説明を……」
「はあ〜〜」
シスイが放った大きなため息に、その言葉は遮断される。顔を手の甲に乗せ、気怠そうにアシンリエを見る様はどこか軽蔑に近い感情すら見え隠れする。
「アシンリエちゃんさぁ……死んだのって平民でしょ? 証拠も提出できないのに、これ以上騒げばヤバイのはアンタだよ?」
ーーその酷く冷たい言葉に、アシンリエは力が抜けたように椅子に寄りかかる。その顔は酷く疲れ、沈み切っていた。
「分かったろ? 優しさと甘さは違う、こうならないように対処しなければならなかったんだよ」
アースラは何故か、ソレを俺にのみ伝わる程度の声で呟く。無表情ではあるものの、そのトーンは1段階低いものだった。
「その程度の事で感情的になっては、王として二流の謗りは免れないーーと私から助言させて頂きますわ」
「ヴィーナス様……それ以上はお控え下さい」
「申し訳ありません。少しばかり口が過ぎてしまいましたわ」
口を片手で押さえ、妖しい笑みを浮かべる。煽り立てる姿にアポストルが宥めるも、効果は見受けられない。
……やがて話題は落ち着き、周りの口数も少なくなったきた。
「ふむ、そろそろ終了ですかね。皆さんこれより神前試合をーー」
「少しいいかな?」
アポストルに割り込み、アースラが声を上げる。意図は読めないが、ルナの方を見ても首を横に振り、その行動を知らないと言う。
「構いませんよ? お好きに申して下さい」
アポストルが承認すると、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。嫌な予感がする……一体何を?
「暴露するけど、私は魔王だ。質問があれば、今だけ受け付けるよ」
アースラはメガネを取り替え、その赤い瞳を晒す。それに対し冗談と考えていた者や、疑っていたものの意識が集中した。
ーー本当に何を考えている。
「貴様……良くも抜け抜けと申すことができるな」
火焔帝国皇帝は不快感を露わにし、それに続くように木弓も眉を寄せる。しかし、聖王は落ち着いていて、話は通じるようにも思える。
「それなら私から良いかな?」
やはり先に声を上げたのは聖王だった。安定感のあるトーンで柔らかく、そこには不快感は感じられない。
「良いよ、なんでも聞いてくれたまえ……貴殿なら実り有る会話が成り立つと確信している」
「ありがとう……じゃあ聞くけど、どうして明かす気になったのかな?」
聖王いや、このオベロンを言う男かなりのやり手か? 隠していた事実よりも、その心境に興味を持った? アースラを否定するのでは無く、受け入れているのか?
「そうだね……導きの双星への信頼と解釈してくれて構わない」
オベロンは少しだけ目を丸くする。顎に手を当て、珍しいものを見るような目をしていた。
「私の知る限り、知識の信託を持つものは、代を重ねる毎に用心深くなっていたと記憶している。その認識は今でも変わらない」
視線がこちらに向く、その瞳は何を写し何を思っているのか……。
「今は特に変化と言うものを感じる……私が聞きたかったのはそれだけさ」
少しだけの問答で、オベロンは引き下がった。木弓はそれに納得していない様子だったが、宥められている。
「終わったか……じゃあ僕の番で良いよな?」
待ちくたびれたと言わんばかりに、シスイが手を叩く。
「誰でも良いけど早く済ませてほしいな」
嬉々とするシスイに対し、疲れたようなアースラが答える。苦手意識があるのか、あまり歓迎はしていないように思える。
「水城共和国は正式にガイア王国と同盟を結びたい……良いよな?」
この場での同盟宣言……言うまでもなく場は荒れた。
しかし驚いているのは、アースラ自身だ。このタイミングでそんな切り返し、考えられるわけがない。
「良いだろう……私はその案に乗る。後日正式な書面と、細かな決め事を送るから目を通して承諾したら送り返してくれたまえ」
アースラの怒涛の切り返しに、シスイは一瞬だけたじろぐ。考える前に承諾したようにも見えた。
「ん? ……分かった。こっちも色々用意しとく」
同盟が成立したと言うのに、淡々と事が流れていく。
普通ではないのだろうが、この同盟は有意義なものにも思える。少なくとも、俺にはそう思えた。ある程度の話題も終わり、アースラへの質問も無くなってきた。
「アポストルくん……私も神前試合に参加しても良いだろう?」
終わりかけたその時、アースラの問いが投げかけられる。
確かに権利は有している。問題は誰と戦うかだが、戦いたい相手はいるのか?
「構いませんよ。決まりですので、ダメと言っても戦うことになりますが」
アースラは既に決めていたかのように、一人の人物に視線を向ける。
「表へ出たまえよ、蒼海の勇者カイトーー私は君に神前試合を申し込む」
アシンリエが不安そうにカイトを見つめる中……カイトは椅子を引き、立ち上がる。
「俺は女が相手だろうと容赦はしない」
緊迫する空気の中、両者が睨み合う。闘気のぶつかり合いが、この後の戦いの激しさを予感しているようだった。




