リバース・ザ・ネメシス 記憶のカケラ
ーー最近よく夢を見る。
眠ると言う行為をして来なかった私は、不思議な感覚になる。見るには昔の夢……まだ神格としての力が膨大に残っていた。
とても懐かしい、思い出の記憶、その1ページ。
ーー世界はモノクロ。全てが塵芥。白いキャンパスにぶち撒けられた黒い墨が我が物顔で暴れ回る歪な世界。取るに足りぬものが、勝手に生まれ、また滅びていく。
神界の門さえ開けば、このような場所にいる理由はカケラもない。だが門は閉ざされた。何者かの手により意図的に……。
「おーーいネメシス! お前もこっちに来いよ!」
私の思考を邪魔する者。日影の勇者ユウセイ……偶然にアナザーを見つけ、神託を与えたことで勇者に覚醒した。私の姿が見え無かった為、死にかけた時に力を与えた。
それが原因かは知らないが、私に纏わり付く。
何が楽しいのか、笑いながら私に反応を求める。私としては空気とでも扱って欲しいのだが、それを許してくれない。空が暗くなり、野営の準備をしているのだから、そんなことより手を動かして欲しい。
「無駄だって、それより向こうにボアファングがいたんだ。狩りに行こうぜ!!」
この必要以上に私に構って来ないのが、月光の勇者カグラ……顔はいいが、所詮は記号の羅列。私にとって意味など存在しない。
この者たちが他の英雄を見つけ、天門さえ開けば用もないし、どうなろうと関係ない。
「そんなに食い切れないって、スープが冷めないうちに飲めよ」
呆れたようにユウセイは容器に注ぎ、スプーンと一緒に差し出す。
「助けてくれええーーユウセエエエエーー!!」
どうやら先程追いかけていた子供のボアファングを追い込み過ぎて、親に見つかったらしい。随分とマヌケな光景である。脱兎の如くコチラに走ってくる。
「何やってんだお前!? こっち来んなよ!!」
ユウセイは慌てながら、剣へと手を伸ばす。二本を手にし、一本をカグラ向かって投げつける。
「無理いいいい! アレいくぞ!」
「ぶふぉおおおお!」
叫ぶカグラにボアファングは怒りを露わにする。カグラを吹き飛ばそうと、執拗に仕掛ける。
2人は抜刀し、闘気を込める。次の瞬間カグラは振り返り、ユウセイは地面にめり込むほどの踏み込みで、カグラの隣まで一気に踏み進む。
「演舞月ノ舞……月光閃!」
「演舞日ノ舞……日影円!」
丸い斬撃と、横なぎの斬撃が飛び、ボアファングに命中する。
「ぶふぉ……おお」
ボアファングは絶命し、そこにはピクピクと怒りを堪えるユウセイと、右手を握りしめ拳を掲げるカグラの姿があった。
「しゃあ!! 肉だーー!」
「自分で焼け馬鹿野郎!」
このように飽きずに下らないやり取りを繰り返す。そんなに怒るくらいなら、パーティーなど解散して仕舞えばいい、それで丸く収まる。疑問しか生まれない、合理生に欠いた歪な関係。
「ほら、ネメシスも飲め」
ーーまただ。
私はスープを眺める。何の変哲もないど素人が作った即席の食事。そもそも、私に食事は必要ない、何度も説明した。にもかかわらず、この男は何度拒絶しようと私に差し出す。
視線を僅かに上げ、ユウセイの顔を見る。私が渋っても、嫌な顔一つせず、差し出し続ける。
「分かりました。それで満足するなら、手を打ちましょう」
このまま続けられても面倒極まりない。素直に受け取り捨てればいい。美味しかったどと適当なことを言えばいい。重要なのは現実。真実に価値など無いのだからーー。
「どうした?」
何故かユウセイは離れない。じっと動かず私が食べるのを待ち続ける。私は痺れを切らし、一口だけそれをすする。
「……美味しい」
私はユウセイの顔を見る。特別な事をした様子は無い、ただのスープ。それなのに自然と食指が進んだ。ここ数年緩まなかった口元が、少しだけ上向く。
「だろ? 美味しいものって、笑顔になるんだぜ?」
そう言うとユウセイも食べ始める。食事中ユウセイが私を見てくることは無かったが、私は気が付いたらスープを完食していた。
「ああああ! 火が強過ぎた! 焦げる焦げる!」
私たちはカグラの1人漫才を無視し食事を済ませると、ユウセイに誘われて、ある場所に連れて行かれる。断っても良かったが、自然とその足は吸い込まれるように後を追った。
少しだけ高くなっている傾斜にたどり着く。川のせせらぎか聞こえ始め、向こう側には川があることが推測される。
「ネメシスに星を見せてやる」
星と言っても、空は雲に覆われて、とても見えるとは思えない。
「そんなモノ見えないじゃ無いですか」
私は少しだけ落胆した。この男はもしかしたら、有象無象では無いと思い始めていたからかもしれない。しかし、私の過大評価に過ぎなかった。
「へーーじゃあ賭けるか?」
意地の悪い顔を浮かべ、挑戦的な態度を取る。よほどの自信があるらしく、そこまで言うならと、私も挑発に乗ることにする。
「良いでしょう。何を賭けるか、それは終わった後に好きに決めて下さい」
私はユウセイに手を引かれ、一気に傾斜を駆け上る。あと少し、一歩を踏み出し、頂上までたどり着いた。
「コレが地上の星ってね?どうだ?」
そこに広がるのは緩やかな川の流れに集まる。膨大な数の発光昆虫の群れだった。川辺に群生する植物に、止まるモノ。飛び回りモノ。川に流されるモノ。捕食されるその瞬間にさえ、地上に散りばめられた星達は、力強く輝き、命の光を放つ。
「綺麗ですね」
ユウセイの顔を見ると、空を見上げていた。思わず私も釣られ、視線の先を追う。
やがて雲の間から、大きく丸い月が姿を表す。月明かりに照らされ、吹き抜ける風が、頬を撫で、スープで上昇した体温をゆっくりと覚ましてくれる。やがて鈴を鳴らすような虫の鳴き声がコダマし、その青い月明かりが奏でる幻想の調べ。
私は目を瞑り、月明かりを浴びるように、その場の空気を肌で感じ取る。
モノクロが音を立てて崩れていく。白いキャンパスに色彩の異なる絵具が、虹のアーチを描く。この瞬間が、世界が輝いて見えた。
「私の負けでいいですよ」
ゆっくりと目を開きながらユウセイを見ると、固まったように硬直していた。私は不思議に思い、首を傾げる。
「どうされました?」
「あーー、さっきの話なんだが、ルナって名乗るのはどうだ?」
何やら気恥ずかしそうに頬をかきながら答える。問題はない、ただそれに何の意味があるのか?
「はい?構いませんが、そんな事でよろしいのですか?」
コレが一度目の記憶の最後の夜。
ーー私の長い旅の始まりの夜だった。




