第九話 成長
追記
※第十一話と第十二話を繋げました。
内容に変更はありません。
——ロステルラッテ シュンの自室——
「——こ、ここは・・・そうか、寝っちゃったのか・・・」
シュンが目覚めたのはベッドの上だった。
既に夜になっていたらしい。
あの後シュンは何も考えられないまま寝落ちしたようだ。
周りを見ても誰もいない。
(やっちゃったな・・・)
服は新しい物になっていたが切られた場所は違和感を感じる。
この傷がある限りあの光景は忘れなくなるのだろう。
(魔王様はこのために傷を・・・?)
魔王は弱いシュンのためにわざと厳しくしたのだ。
傷もシュンがこれから生きる戒めとして残したのである。
割り切らなくては行けない。
しかし、そう簡単にはいかない。
その時、ふと思いついた。
(そういえばステータスどうなったのかな)
「ステータス!」
◇◆◇◆◇
アベ シュン 年.16 男
<ステータス>
HP 100/100→100/200
MP 10/10 →10/50
攻撃 3→5
防御 2→3
速度 4→5
的中 2→4
幸運 50→55
<スキル>
『破者の手』
<補助スキル>
『挑みし者』
『痛覚耐性』→new
『不屈の精神・中』→new
<称号>→new
『苦痛に耐えし者』→new
『人殺し』→new
◇◆◇◆◇
(おお、成長してる! でも弱いな・・・。なんだこの〝称号〟、『人殺し』とか不名誉だな・・・)
ステータスを初めて見た日、フンフからさらに詳しく聞いていた。
一般魔族の平均ステータスは、
HPは500
MPは200
攻撃 60
防御40
速度50
的中50
幸運20
といった感じだそうだ。
これと比較するとシュンが、弱いのがよく分かる。
せめて、強運であるくらいだろう。
それでもある程度パラメーターが伸びたのは訓練の賜物だろう。
新しい補助スキルも気になる。
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『痛覚耐性』
痛覚を50%半減させる。
さらに、痛みを感じることで『痛覚無効』が獲得可能。
『不屈の精神・中』
物事に動揺しにくくなる。
『不屈の精神・下』の上位互換。
さらに、精神を鍛えることで、『不屈の精神・上』が獲得可能。
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『痛覚耐性』や『不屈の精神・中』は恐らく決闘の時に獲得したのだろう。
補助スキルはMPを使用しないため、何時でも使えるがあまり日常生活に必要ない。
せめて使うなら『不屈の精神・中』くらいだろう。
(後で使ってみよう。そういえば、〝称号〟もフンフさんに聞いてたな)
称号とはある一定の条件を満たした際、手に入るものらしい。
特に強さには関係なく、その数で今までの経験を確認できるそうだ。
シュンの称号は『苦痛に耐えし者』と『人殺し』だけである。
この世界のことが中心になるため、元の世界の経験は反映されてないようだ。
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『苦痛に耐えし者』
一定の苦痛を味わった者に送られるもの。
さらなる苦痛を求め、明日も奈落へ飛び込む。
『人殺し』
初めて人を殺めた者に送られるもの。
犯してしまった罪は一生背負わなければならない。
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(不穏な文章だな・・・、せっかくだし補助スキル使ってみるか)
ステータスを見て、紛らわせていたものの先程の光景がフラッシュバックする。
あの七転八倒し、もがく囚人の姿を・・・
(よし。『不屈の精神・中』発動!)
補助スキルは声に出しても念じても良い。
使いたいという意思が反映し発動する。
スキルはしっかりと詠唱しないといけないそうだが上級者になれば〝無詠唱〟も可能だそうだ。
しかし今は、その話は割愛しよう。
『不屈の精神・中』を発動した刹那、急に心が軽くなった気がした。
先程まで気持ち悪かった感情が嘘のように清々しい。
(え!? 嘘だろ? なんともない!?)
なんとも感じないのだ。
あれほど思い詰めていた感覚がこそげ落ちたようだ。
(ら、楽だ・・・、結構いいスキルだな、これ)
楽に感じるのも無理はない。
『不屈の精神・中』はかなりのストレスが貯まらないと取得できないのだ。
転移して一週間で手に入ったのはかなりの幸運だろう。
いや、不幸かもしれない。
だが、シュンは腑に落ちない点があった。
〝胸の傷〟である。
いくらスキルで冲融たる気持ちになっても全てが無に帰しているわけではない。
シュンは覚悟した。
この傷は戒めになるだろう。
殺した人間がどれほどのクズかは分からない。
とんでもない下種で、外道で、最底辺の人間だったかもしれない。
しかしそれでも人間だったのだ。
それだけはシュンの胸にストンと落ちることは無かった。
いや、落としてはいけなかった。
(これから僕は背負わなければいけない。それだけは覚悟しよう・・・)
スキルを用いたおかげでいつもより早く意思を固めることができた。
しかし、シュンの決意はまだ甘い。
まだ地獄は終わらない。
シュンのデスマーチはまだ始まったばかりである。
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——ロステルラッテ城——
「シュンよ。お主には決めてもらわねばならぬ」
「何をですか?」
「契約だ」
現在、シュンと魔王とフィーアがこの場にいた。
午前の稽古を終えた後フィーアに連れられて来たからだ。
なんでも話があるらしい。
まさにその話がこれである。
「契約ってどうして?」
「説明しょう」
魔王曰く、これから一ヶ月訓練内容が変わり、かなり辛いものになるらしい。
それから逃げないように契約してもらうそうだ。
「そこまでする必要あるんですか?」
『不屈の精神・中』を使用しているため、以前より物怖じしなくなったシュン。
だが、そんなことは露知らず魔王は口を開く。
「そうだ。訓練の内容は言えぬが、何を鍛えるかは説明できる」
「どうして、内容を教えてくれないんですか?」
「聞いたら逃げるだろ」
(・・・否定出来ない)
言いくるめられてしまったが納得はできなかった。
しかし、魔王はお構い無しに説明する。
「鍛えるのは2つ。それは・・・」
一つは、肉体。
シュンは魔界の一般魔人より数段劣っている。
魔法も使うことが出来ない。
そのため、肉体と剣術を鍛えるらしい。
魔法も当然体力を有するが、精神面も必須なため扱うことは容易ではない。
魔法については様々な種類があるが長くなるのでこの場は割愛しよう。
「そして、一番重要なものは〝精神力〟だ」
「精神力ですか・・・」
「そうだ。昨日の訓練より過酷なものになるとだけ言おう」
「あれよりもですか!?」
「あの程度のことで音をあげられては困るぞ」
「あの程度・・・」
あの程度と魔王は言うが実際、そうは思っていない。シュン程では無いが、多少抵抗はある。
そもそも、魔王も大魔人も今回の訓練にはあまり乗り気ではない。
魔王も大魔人も元は人の子である。
当然、サイコパスでも無いので好き好んで人を殺すことは無いのだ。
だからこそ、〝人を殺す訓練〟は躊躇するのだ。
しかし、彼らも今まで生きてきた中で手を汚してきたのだ。
それは全て魔界のためである。
そこに後悔は無かった。
「そして、精神力を鍛えることで肝要なのはこれだ」
そう言い魔王が空間から取り出したのはミスリル製のグラスだった。
「それは?」
「これは【グリフィルの血】というものだ」
「グリフィル?」
「グリフィルとは初代魔王の名だ。そして、これを飲むことになる」
初代魔王 グリフィル=ロステルラッテ。
彼は大変優れた魔王だった。
1000年前、兵を率いて人間界、獣人界に領地を求め進軍し見事成功を収めたことは、魔界の中で伝説となっている。
人格者でもあり、決断力にも優れていたため、彼を慕うものも多かった。
しかし、いくら素晴らしい盟主だったとしても老いには勝てなかった。
そこで彼は自らの血を後世に託し、いざと言う時のために継承していったのだった。
「この血は莫大な魔力が凝縮されている。これを飲むには飲用する媒体、つまりシュン自体の体が丈夫でなけらばならん。さらに、意識が喰われる」
「意識が・・・?」
「意識が喰われるとは、あまりにも莫大な魔力に大抵の生物は潰されるのだ。だからこそ意識を保つために最初から精神力を鍛えておく必要がある」
「な、なるほど・・・」
膨大な魔力は薬でもあり毒でもある。
初代魔王グリフィルの魔力は、現在の魔王ヌルよりも多いと言われており、その一部をシュンが飲むことになるのだ。
シュンは逡巡する。
言われていることは単純だ。
いや、昨日と変わりないのでは、と思ってしまう。
だがそれは『不屈の精神・中』のおかげであり、これを解除すれば震えは止まらないだろう。
だからこそ思慮深く悩む。
本当に自分ができるのかどうか。
(ナナ・・・)
彼女の前なら二つ返事で快諾するだろう。
いや、内容が不穏なため逡巡するかもしれない。
それでも、シュンは既に決めた。
神を討ち、戦争を止めると。
そのために、昨日自分の手を汚したのだから。
「分かりました。契約します」
「真か!?」
「え?、はい」
魔王の勢いに尻込みをついてしまう。
魔王はもう少しシュンが悩むと思っていたらしく、驚いてしまった。
「わ、分かった。フィーア」
「畏まりました」
フィーアはナイフと洋紙をシュンに渡す
ナイフはただの果物ナイフだが、洋紙は黒い紋様が描かれていた。
「その洋紙は【死神の契約紙】と呼ばれるものだ。シュンよ、そのナイフで親指を切り洋紙の上に垂らせ」
シュンは内心、ナイフで親指を切るのに抵抗を覚えたが、そんな空気ではないので我慢して、親指を切り血を垂らした。
すると、黒い紋様は青白く光出した。
「そしてこう発言せよ。それは——」
「魔神において誓約する。我必ず誇りを持ってこれを誓言す」
その時、その場は暗闇に飲まれた。
「なんだ!?」
いきなり視界が遮られ焦るが、すぐに元の景色を視認できるようになった。
「シュン。右腕を見てみよ。それが契約の証だ」
シュンの右腕には黒い紋様か描かれていた。
「契約を破りし時、その紋様はシュンを死ぬまで苦しめるだろう」
「なるほど・・・」
契約を反故すればシュンは死んでしまう。
つまり、過酷な訓練から逃れることは出来なくなったのだ。
「既に契約はなされた。シュンよ、今日は下がって構わぬ」
「あ、分かりました」
シュンがその場から立ち去るとフィーアは苦い顔をした。
「やはり、逃れませんでしたか・・・」
これで逃げられない。
フィーアは内容を知っているためシュンがどのような反応を見せるか予想できた。
親しい者が苦しむことなど気持ちの良いものでは無い。だからこそフィーアはどのようにサポートするか物思いに沈むのだった。
ステータスの数値よりスキルが主ですね。
少し成長したシュンでした。
面白い、続きが読みたいと思われた方はぜひ評価のほどよろしくお願いします。