第五十七話 優劣
——グルラージ家 大広間——
「フィーアもフィローラも凄いぞ! 私は君達の父親として誇りに思う!」
「・・・お褒めに預かり光栄です、お父様」
「当然のことですわ、お父様」
現在彼女達は十二歳で、丁度成人の儀を終えた時であった。
成人の儀は十二歳から受けることが許され、その内容は各家庭の規則によって判別される。
グルラージ家ではロステルラッテの南にあるユワック湿原でEランクの魔物、「グルラージフロッグ」を討伐することであった。
グルラージフロッグは初代当主であるフロー=グルラージが名付けたことが由来とされていて、口から泥を吐き出す魔物として有名である。
だが泥自体は何も効力が無く、当たりさえしなければ普通に倒せる魔物であった。
「それにしても本当にフィーアは魯鈍よね。あんな攻撃を避けられないなんて惨めだわ」
「それは言い過ぎだよフィローラ」
「いいえ、あの攻撃が致命傷となるものだったらどうするの。今回は偶然何の変哲もない泥だったかもしれない。でもそれが猛毒だったら? 灼熱の業火だったら? 結局の所フィーアは甘いのよ」
「・・・・・・」
フィローラの台詞は的を射ていた。
確かに今回は上手くいったかもしれない。
しかしそれは雑魚に過ぎないグルラージフロッグだからだ。
それが猛毒を吐く大蛇や灼炎を放つ竜と対峙した時に通用するとは思えなかった。
ここで彼女達の父親であるウィグルが助け舟を出す。
「だがフィローラ。今回出したお題は〝協力してグルラージフロッグを一体討伐する〟だっただろ? 君達は似ていて異なる存在だ。お互いの欠点を埋め合い、助け合って倒せればそれで良かったはずだろ?」
「はぁ・・・、お父様は考えが甘すぎます。この世の中は強くなければ生き残れない。つまり助け合うことは非生産的なんです。どうしてそれが分からないんですか? 強さこそ全てなのです。今回フィーアが泥を被ったのもフィーアの責任です。私は一切関係ありません」
フィローラの信念は強さであった。
弱肉強食、自己責任、自己完結、それで彼女を形成していた。
弱いものは淘汰される運命だとずっと思っているのだ。
だから今回フィーアが攻撃されたのは彼女自身の弱さが招いたことであり、フィローラは一切関係無いと心の底から感じていた。
そしてそれを聞いたウィグルは冷酷な言葉をフィローラにぶつけた。
「・・・フィローラ、それだから君は幼いんだ。何故今回二人一緒行動させたか分かるかい?」
「・・・分かりませんわ」
「私は協力する大切さを知って欲しかったんだ。自分一人の力では対処出来ない時が必ず来る。一人で何かを成し遂げようとするなど傲慢だ。そんな考え方は今すぐに棄却したほうがいい」
「私はそうは思いません。弱いものが悪いのです。今回ミスをしたフィーアに関してはお題達成を見直すべきだと思いますわ」
「まだそんなことを言うのか・・・、残念だが決めたよ。今回の成人の儀はフィーアのみ通過とする。異論は認めない。以上」
「「ッ!?」」
今回の成人の儀を通過したのはフィーアのみとなった。
それはフィローラの考えが余りにも稚拙であり、高慢ちきであるからであった。
それを聞いたフィーアとフィローラは驚愕の表情を浮かべる。
特にフィローラは納得出来ない相形であった。
それもそのはずで今回グルラージフロッグにとどめを刺したのは彼女であったからだ。
「納得いきませんわ! 何故私が通過出来ないのですか!?」
「フィローラの思想は酷く危険で不憫だ。そんな状態で大人とは認められない」
「だからってフィーアは通過出来るのはおかしいです! グルラージフロッグにとどめを刺したのは紛れもなく私だったのですよ!」
「とどめを刺したのなんて関係無い。そこまでの経過が大切なんだ。フィーアは本当に何もしなかったのかい?」
「・・・私は身体強化魔法を使ってサポートしていました」
「そんなこと必要ないのに・・・!」
「ほらフィーアはしっかりと戦っていたじゃないか。ましてや君をフォローしていた。君がとどめを刺せたのはフィーアのお陰かもしれないよ」
その言葉を聞いた時、フィローラの中で何かが切れた。
フィーアのお陰。
それは自分がやった行為がフィーアの助けがあって成功したと言われたのだ。
実際フィローラは身体強化魔法など無くともグルラージフロッグ如き余裕綽々で倒せただろう。
だがそれを否定された。
自分の手柄では無くフィーアの手柄であると。
この時ウィグルの見方も変わり始めた。
言うはずの無かった言葉も自然と口から発してしまう。
「・・・お母様が死んだのもお母様が弱かったからよ」
「おいフィローラ!何をいきなり言い出すんだ。今すぐ謝りなさい!」
「お父様もお父様よ。よくあんな魔王に頭を下げるわ。私には考えられない。人間と共存を望む魔王なんて余りにも浅慮だわ。全て虚偽妄言よ!」
「フィローラ!!」
パチンッ!
フィローラは頬を打たれた。
それをしたのは彼女の師匠、ポロッソであった。
フィローラの暴走を止めるために平手打ちをしたのだ。
お陰で熱された頭は少し冷めたようであった。
「ポロッソさん・・・」
「フィローラ、少し頭を冷やしなさい」
「ですが倒したのは私で!」
「今その話と母君の死は関係無いわ。魔王様の政策もそうよ」
「それは・・・皆弱いから・・・」
「貴方は自分の力を過信しすぎている。それは酷く稚拙なことよ。そういう人はいざと言う時に何も出来ないで死んでしまうの。今の貴方はフィーアに比べて数段劣る未熟者ね」
「未熟者・・・、フィーアより・・・」
フィローラはショックであった。
尊敬する師は自分を未熟者と判断した。
さらにフィーアの方が格上であると。
今まで散々弱いと詰ってきたフィーアが、自分より優れていると言われたのはフィローラの自尊心を酷く傷つけた。
「そしてフィローラ、貴方は年上に敬意を示すべきよ。私や父君だけでなくフィーアにもね」
「・・・・・・」
フィローラは今までフィーアを呼び捨てで呼んでいた。
それは彼女達が同等であるとずっと思っていたからである。
だが大人になるなら話は別である。
親しき仲にも礼儀あり、といった風に格式あるグルラージ家では姉妹関係でも礼儀を示すのは作法のひとつであった。
ただフィローラは強さこそ全てだと思っていたので、フィーアに敬意を示すことに抵抗を覚えていた。
そして遂に限界であった。
「・・・良いでしょう。これからはフィーア姉様と呼ばせて頂きます」
「フィローラ!」
「ですがもう師匠からは教えを請いません。『風針』」
「「「ッ!?」」」
フィローラは『風針』を使い二階にある窓ガラスを破壊した。
これには一同驚愕である。
「ちょっとフィローラ! 何をしているか分かっているの!?」
「どうやら私は貴方達と考えが合わないようです。私は自分に合った師を作るとします」
「そんな・・・、そんな勝手なことが許されると思っているのか!?」
「許すも許されるも知りません。私の中では強さこそ全て、止めたければご自由にどうぞ。止められればですけどね」
「フィローラ・・・」
「ではさようなら、「風陣」」
そう言うと宙に浮き、割れた窓ガラスの所から出ていった。
しかし黙ってそれを見ている訳では無い。
「あの子ったら! 『風陣』!」
「ポロッソさん!」
「安心してフィーア。必ずフィローラは連れ戻すから」
ポロッソもそう言うと、同じ箇所からフィローラを追いかけていった。
フィーアは『風陣』を使って空を飛ぶことは出来なかったので、ただ心配するだけであった。
「フィローラ・・・」
「残念だがあれだけのことを言ったんだ、勘当するしかないな・・・」
「ッ!? ダメですッ!!」
「ッ!? どうしたフィーア!?」
「勘当だけはダメです・・・。それは余りにも悲しい・・・」
「だがあの子はフローラを・・・」
フローラとはウィグルの奥方であり、つまりフィーアとフィローラの母親であった。
彼女自身病弱で二人を出産した後に亡くなってしまった。
そのことをフィローラは弱かったからと決めつけてしまったのである。
それはウィグルにとって到底許される発言では無かった。
そこで出された案が勘当である。
関係を断ち切ることこそ彼女にとっても意義あるものだと思ったのだ。
しかしそれをフィーアが許さなかった。
フィーアは今回の流れを客観的に見て全ては自分の弱さが引き起こしたものだと思っていた。
自分が攻撃を食らわなければこんなことにはならなかった、と思っているのである。
そしてこんなことで家族の絆が千切れるのは許容出来ないことであった。
それは死んだフローラの望みでもあった。
彼女は〝家族は仲良く〟をずっと心根に持っていた。
それが今瓦解しようとしている。
それは何としても阻止すべきことであった。
「お母様も家族は一緒にいることを望んでいました。私もフィローラと別れるのは辛抱なりません。どうか一考くださいませ」
「・・・そうだな、フローラはそう言っていたな。すまない、私のせいで家族の絆を破壊する所であった。勘当の件は無しだ。今一度皆で話し合おう」
「はい!」
しかし、フィローラが帰ってくることは無かった。
今回彼女を傷つけたのはフィーアと比較し、劣っていると判断したことが原因である。
そしてポロッソですら彼女を守らなかった。
それが今後悲劇を呼ぶとは誰もが思っていなかった。
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——ロステルラッテ城 大広間——
ここはロステルラッテ城を入ってすぐの大広間である。
現在ここで祝賀会が催されていた。
内容は第4大魔人の就任である。
フィローラが消えてから1年が経過していた。
第4大魔人はフィーアが着任することとなり、少人数だが祝宴が開かれたのである。
参加者はグルラージ家のフィーアとウィグル、そしてメイド長となったポロッソである。
魔王城側には魔王と第2大魔人のツヴァイ、第6、第7大魔人のゼクスとズィーのみであった。
「陛下、今回はお招き頂き感謝致します」
「貴公が今回第4大魔人に着任するフィーアか」
「左様でございます」
「ガハハ、そう畏まるでない!」
「え?」
「お主は成人と言ってもまだ13。我の娘と歳が同じなのだ。今度会う時は仲良くしてやって欲しい」
「も、勿論でございます!」
「ガハハ、感謝する!」
魔王はフィーアを第4大魔人に着任させながら、娘の友達にしようとも考えていた。
魔王の御息女という立場ということもあり独特の雰囲気を醸し出すため、中々親しい友人が作れないと言っている娘を何とかしたいと考えていた矢先、まさにフィーアの存在は僥倖であった。
その後もフィーアは各大魔人に謝辞を述べながら挨拶を行い、宴会は恙無く進行した。
ウィグルも魔王と盃を交わせることを心の底から嬉しく思い、いつもより早く酔いが回ったようであった。
そしてその後に悲劇が起こる。
「本当に呑気ね」
「「「「「ッ!?」」」」」
「さようなら」
グサッ
「え?」
そこにはフィーアを庇い倒れていたポロッソがいた。
そして何より信じ難いのは、赤い液体を纏う短剣を持ったフィローラがそこには立っていたのであった。




