第42話 二人の時間(最終話)
怒濤の皇帝位の宣言の時間が終わり、香凛と瑛然は密かに皇城を抜け出し華都に降りてきていた。
徐々に夕暮れの迫る街を、二人は静かな店内から見渡す。
「今頃、風俊殿と啓俊殿は、怒ってるだろうねぇ」
「大丈夫だ。徐福商会に行ってくる、と書き残してきたからな」
「……それ、ちょっとすぐには見つからない場所に置いてたでしょ」
徐福商会の三階で、瑛然は窓の欄干に肘を置き笑った。
「落ち着いたら、天都山に一度戻るか?」
「そうね。あの家をたたまないと」
(皆にも別の薬師を紹介して、あとは)
やらないといけないことを頭の中で数えていると、瑛然が香凛を引き寄せる。
「そのときは俺も行くから」
「は? 無理でしょ」
「無理じゃないさ。ちょっと啓俊に身代わりをさせれば」
「さすがに啓俊殿が身代わりは、ばれるわよ」
「具合が悪いことにして」
「それじゃ、星薬師の腕が疑われるわ」
「それもそうか」
くつくつと笑い合う。
「――天都山の少し先に、いい温泉があるの」
(とても良い温泉地だけど、華都からは遠く過疎地になってしまってるのよね)
「香凛は俺に付いてきて欲しいのか、そうじゃないのかわからんな」
「ふふ。皇帝の行幸で、あの地を盛り上げて欲しいな」
「なるほど。それは俺じゃないとできない仕事だ」
瑛然の片腕が香凛を抱き込む。
香凛は彼の胸元に頭を寄せ、街に目を向ける。
「華都は賑わっていていいね」
「ああ。また祭にも行こう」
二人で出掛けた魂流祭を思い出す。
空へと昇る天空灯が、まるで人々の命の煌めきのようだった。
「後悔してないか?」
不意に、瑛然が口にする。
「さぁ。後悔するのは、もっとあとかも」
「する可能性が?」
「それは瑛然と私次第じゃない?」
ニヤリと笑い、香凛は自分の腹あたりにあった瑛然の手を持ち上げて、口吻けをした。
彼の指はそのまま香凛の頬を撫で、二人の頭が重なる影を夕日が伸ばす。
離れた唇に瑛然が再び軽く触れ、香凛の髪を撫でる。
「香凛のその胆力、やっぱり皇后向きなんだよなぁ」
「だったら、せいぜい人の役に立たないとね」
平民として、ここまで生きてきた。
皇城など一生関わりのない場所だと思っていたのに、こんなところまで来てしまった。
星薬師は、自身のことは占えない。
「祖父ちゃんは、私の人生の転換に気付いてたのかな」
「前に香凛が言ってただろ」
瑛然を見上げると、彼は愛おしそうな表情を浮かべて香凛を見つめた。
「人の星の定めたる状況は行動次第で変わる、と」
そう言えば、初めて会ったときに皇帝のことを星図盤で見たときに、そういう話をしたと思い出す。
あのときの皇帝星は、すでに瑛然を指していた。
自分を庇ったことにより、命が危険に晒されたのか。それとも香凛がいなくとも、同じようなことが起きていたのか。
「香凛がいてくれなかったら、俺は死んでたよ」
真っ直ぐに香凛を見つめる。
暗い紫の瞳に、金色の虹彩が輝く。
「俺も、父上も。それに充容だって。全部、香凛がその手で救ってくれたんだ」
天都山のふもとで患者を診ていたときには、悪意で毒に晒される人を間近でみることはなかった。
自分の知識が、技術が、こうして人の助けになること。
そしてそれを広く後進に伝えられること。
香凛の星薬師としての矜持が、胸を熱くさせた。
「香凛。これからは星薬師の仕事だけじゃなく忙しくなる」
瑛然は片腕に入っていた香凛を窓の下の街並みがよく見える位置へと引き寄せ、笑う。
「俺たちの仕事はこの街だけじゃなく、この国全ての民が、幸いになる機会を渡すことだ」
夕日に照らされた瑛然の横顔に。
美しく輝く、その瞳に。
まるで吸い込まれるように、香凛は頷いた。
「忙しくなるわね」
香凛は瑛然の頬に自分の頬を寄せて、そうして笑った。
了
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