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47.敏腕メイドは感知する

 同時刻。王都の市場、食器や生活雑貨が並ぶエリア。


「おい、メイド! 待てってば! 歩くのが速すぎるぞ!」


 灰色の髪の少年(?)魔術師、ネロ・アリスが息を切らしながら文句を垂れていた。彼の両手には、既に調達済みの食材――砂糖の袋や、大量の卵が入ったバスケットが抱えられている。


「口を動かす暇があるなら足を動かしなさい、この駄犬」


 前を歩くマリアは、振り返りもせずに冷たく言い放つ。彼女の歩調は乱れず、人混みを縫うように滑らかに進んでいく。その所作は優雅だが、放たれるオーラは「邪魔をするな」と周囲を威圧していた。


「誰が駄犬だ! 俺は天才魔術師だぞ! なんで俺が荷物持ちなんだよ!」


「ヴェルト様の手を煩わせるわけにはいきませんから。……それに、貴方の貧弱な腕力を鍛えるための、ヴェルト様の慈悲深い配慮かもしれませんよ?」


「絶対ちげーよ! あいつ、俺のこと便利な道具としか思ってねぇし!」


 ネロが喚くが、マリアは意に介さない。彼女の頭の中は、今のミッションで埋め尽くされている。


(ヴェルト様が仰っていた『アイスクリーム』……。第二王女を陥落させるための至高の甘味。なればこそ、それを盛り付ける『器』もまた、至高でなければなりません)


 マリアの視線が、店先に並ぶ食器を鋭く鑑定していく。


 陶器? ダメだ、冷たさが伝わりにくい。木製? 論外、口当たりが悪い。銀食器? 悪くはないが、金属臭が少しでも移ればヴェルト様の料理に対する冒涜になる。


「……あそこの店ですね」


 マリアが足を止めたのは、高級ガラス製品を扱う専門店だった。ショーウィンドウには、涼しげなクリスタルガラスの器が並んでいる。


「いらっしゃいませー! お目が高い! これは東方の職人が……ひっ!?」


 愛想よく近づいてきた店主が、マリアの顔を見た瞬間に悲鳴を上げて後ずさる。マリアは笑顔だった。だが、その笑顔は獲物を品定めする肉食獣のそれだった。


「店主。最も透明度が高く、かつ魔力伝導率の良いガラス器を出しなさい。……三流品を出したら、この店にある全てのガラスを粉々に砕きますわよ?」


「ひ、ひぃぃ! た、ただいまぁ!」


 店主が奥へ走っていく。


「おいおい、買い物に来てんのか強盗に来てんのか分からねぇな……」


 ネロが呆れていると、マリアはふと、王城のある方角――ヴェルトたちがいるであろう方向を見つめた。


「……遅いですね」


「あ? 別れてからまだ数十分だろ?」


「いいえ。私の体内時計では、ヴェルト様と離れて既に32分と15秒が経過しています。……『不足』しています」


「何が?」


「ヴェルト様成分が、です」


 マリアは真顔で言った。禁断症状が出始めている。


「……お前、ほんと重いな。"ヴェルト様"も大変だぜ」


「何を言いますか。ヴェルト様にお仕えできる喜び、貴方のような凡人には理解できないでしょうね」


 マリアが鼻を鳴らした、その時だった。


 ――ゾクリ。


 マリアの背筋に、冷たい電流のようなものが走った。彼女が持つ特殊スキル<嫉妬 Lv.9>。その効果の一つである『泥棒猫レーダー』が、最大感度で反応したのだ。


 それほど遠くない市場の一角。対象は、ヴェルト・フォン・アークライト。そして、その傍らに張り付く不届きな気配――シャルロット・ヴァン・ドラグーン。


「…………ッ!!」


 マリアの動きがピタリと止まる。


 彼女の瞳から、スゥッとハイライトが消えた。


「おい? どうしたマリア、急に黙り込ん……」


 ネロが声をかけようとして、言葉を飲み込んだ。マリアの全身から、視認できるほどのドス黒い瘴気が噴き出していたからだ。


「……聞こえましたわ」


 マリアが低く、地を這うような声で呟く。


「……え? なにが?」


「『魂』の波長が……聞こえました。今、この瞬間……あの泥棒猫シャルロットが……ヴェルト様に……」


 マリアの脳裏に、見ていないはずの光景が、まるでその場にいるかのように鮮明に浮かび上がる。ヴェルトの頼もしい背中。そして、彼から放たれた『所有宣言』。それに頬を染め、胸をときめかせる銀髪の王女。


『……全部「俺のもの」だと言っているんだよ』 『(きゃっ……♡ ヴェルト様……♡)』実際はかなり脚色されているが......


 マリアの優れた(そして歪んだ)直感は、遠く離れた場所で行われたそのやり取り(改変)を、幻覚レベルで正確に受信していた。


「……許せません」


 ギリリ、と歯ぎしりの音が響く。


「私ですら……まだヴェルト様に『俺のもの』と公言されたことはありませんのに……! あくまで方便、建前だと分かっていても……あの女、それを口実にヴェルト様にすり寄って……!」


「お、おい! 落ち着け! 何があったか知らねぇけど、店の商品がカタカタ揺れてるぞ!?」


 マリアから放たれる殺気で、棚のガラス製品が共鳴し、悲鳴のような音を立てている。店主がカウンターの奥で失禁寸前で震えている。


「……ネロ」


 マリアがゆっくりと振り返った。その顔は、般若すら裸足で逃げ出すほどの形相だった。


「わ、わ、わ、私が悪かった! 荷物は持つ! 文句も言わねぇ! だからこっち見んな! 寿命が縮む!」


 ネロが涙目で後ずさる。


「今すぐ買い物を済ませます。……そして、合流地点へ向かいます」


 マリアは無機質に告げると、カウンターに『ドンッ!!』と金貨を叩きつけた。


「店主! あるだけの最高級品を包みなさい! 3秒以内に!」


「ひぃぃぃ! 御意ぃぃぃ!」


 マリアは煮えたぎる嫉妬心を、鋼の理性(とヴェルトへの忠誠心)で無理やり押さえ込んだ。


 だが、その手にはいつの間にか、売り物の銀のスプーンが握られており――。


 グニャリ。


 飴細工のように捻じ曲げられ、千切れ飛んだ。


「……シャルロット殿下。あとで『お話』が必要ですわね」


 マリアは漆黒の瞳で王城の方角を睨みつけた。


「ヴェルト様は、私の神であり、世界であり、生きる意味。……その所有権を侵害する者は、王族だろうと『排除』対象です」


 ゾクリ。


 王都の気温が、局地的に5度ほど下がった気がした。


「……あ、悪徳領主、早く帰ってきてくれ……。こいつを制御できるのはお前しかいねぇよ……」


 ネロは震えながら、心の中でヴェルトに助けを求めた。彼らが最高のガラス器(と、捻じ切れたスプーンの残骸)を手に入れ、ヴェルトたちと合流するのは、それから間もなくのことである。

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