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4. 最初の獲物と、バグった成長曲線

それから、一ヶ月が経過した。

 俺の朝は早い。

 太陽が昇る前に起き出し、まだ薄暗い庭をひたすら走る。

 以前は20メートルで酸欠になっていた豚(俺)だったが、今は違う。

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

 リズミカルな足音が、朝の冷気の中に響く。

 屋敷の外周、一周約1キロ。それをノンストップで走り切れるようになっていた。


「ふぅーっ……、ふぅーっ……!」


 もちろん、楽ではない。肺は熱いし、足は重い。

 だが、あの日、庭で見た巨大カマキリの残像が、俺の背中を蹴り飛ばし続けている。

 『止まったら死ぬぞ』と。

 一ヶ月の成果は、鏡を見れば明らかだった。

 パンパンに膨れ上がっていたクリームパンのような手足は、まだ肉付きは良いものの、人間の手足の形を取り戻しつつある。

 三段腹は二段腹になり、埋もれていた首が出現した。

 体重は推定60キロから、50キロ台前半へ。

 子供のダイエットとしては劇的すぎる変化だ。

 それもこれも、全ては『成長率10倍』のおかげである。


名前】ヴェルト・フォン・アークライト

【職業】領主の息子(悪)

【レベル】1

【HP】120

【MP】20

【筋力】25

【防御】22

【敏捷】18

【知力】15

【運】5

【スキル】<忍耐 Lv.3><剣術 Lv.2><解体 Lv.1>


 ステータスウィンドウを確認し、俺は口元を緩めた。

 『筋力25』。

 これは、この世界の一般的な成人男性の平均値に近い。

 わずか一ヶ月のトレーニングで、10歳児が、大人の力を手に入れたのだ。

 そして<解体>スキル。

 これは厨房の料理長に頼み込んで、鶏の解体を手伝わせてもらった結果だ。

 貴族の息子が血まみれになって鶏を捌く姿に、料理長は泡を吹いて気絶しかけたが、なんとか説得した。

 モンスターを倒しても、素材を剥ぎ取れなければ金にならないからな。


「ヴェルト様、お疲れ様でございます」


 ゴール地点である裏口で、マリアがタオルを持って待っていた。

 最初はおっかなびっくりだった彼女も、最近は俺の顔を見ても悲鳴を上げなくなった。


「おう、サンキュ。……っと、ありがとう」


 前世の口調が出そうになるのを慌てて修正し、タオルを受け取る。

 マリアは少しだけ頬を赤らめ、小さく会釈した。


「あの……最近のヴェルト様は、その……凄いです」


「凄い?」


「はい。以前のように癇癪も起こされませんし、毎日泥だらけになって……。その、見直しました……なんて、使用人が生意気ですね、申し訳ありません!」


 慌てて口を押さえるマリア。

 俺は苦笑して首を振った。


「いいや、嬉しいよ。俺はまだ変わろうとしている途中だからな。……これからも頼むよ、マリア」


「は、はいっ!」


 よし、攻略順調。

 少なくとも、俺を恨んで殺害するために勇者に屋敷の鍵を渡したりしないだろう…たぶん。以前の扱いはめちゃくちゃだったからまだ可能性が0ではないかもしれないが、少なくとも今はよい方向に進んでいるはずだ。

 うん、人間関係のリスクヘッジは順調に進んでいる。

 問題は、物理的なリスクヘッジの方だ。

 

       ◆

 

 その日の午後。

 俺はセバスチャンを呼び出し、あるお願いをした。


「実戦がしたい」


 セバスチャンは、予想通り難色を示した。


「早すぎます。基礎体力はつきましたが、まだ子供の身体。万が一怪我でもされたら、旦那様(父親である領主)になんと申し開きをすればよいか」


「父上は領都に行ったきり帰ってこないじゃないか。俺に興味なんてないさ」


 これも設定通りだ。

 父親もまた典型的な悪徳領主で、領地経営は代官に丸投げし、自分は都会で愛人と遊び呆けている。

 だからこそ、息子の俺が好き勝手できていたわけだが。


「それに、俺はレベルを上げたいんだ。トレーニングだけじゃ、これ以上の伸びは期待できない」


 『行動によるステータス上昇』には限界がある。ある一定まで育つと、そこからは牛歩のような成長速度になるのだ。

 壁を突破するには、『経験値』を得てレベルアップするしかない。


「……セバス。俺はこの領地を守れる男になりたいんだ。あの日、庭で見たカマキリ。あんなのが領民を襲ったらどうなる?俺は、指をくわえて見ているだけなのか?」


 俺はセバスチャンの目を見て、熱く(演技で)語った。

 元騎士のセバスチャンには、「ノブレス・オブ・リージュ(高貴なる者の義務)」という言葉が一番効くはずだ。

 案の定、セバスチャンは目を丸くし、それから深く感嘆のため息をついた。


「……ヴェルト様。いつの間に、そのようなご立派な考えを……。分かりました。私が付き添い、最も弱い魔物を選定しましょう」


「恩に着る!」

 

       ◆

 

 屋敷から少し離れた、森の入り口。

 ここが、俺の初陣ういじんの舞台だ。

 俺は革の胸当てと小手を装着し、手には刃を潰していないショートソードを握っている。

 セバスチャンは背後に控え、いざという時のために手を剣の柄にかけている。


「いいですか、ヴェルト様。狙うのは『フォレスト・スライム』。この辺りでは最弱の魔物です」


「スライムか。RPGの基本だな」


 俺は少し拍子抜けした。

 スライムと言えば、ぽよぽよした可愛いやつだ。最初の敵としては物足りないくらいかもしれない。

 ガサッ。

 草むらが揺れ、そいつが現れた。

 ……撤回する。

 全然可愛くない。

 直径50センチほどの、半透明な緑色の粘液の塊。

 その中心には、消化されかけた小動物の骨が浮いている。

 そして、身体の表面からは、シューシューと音を立てて酸性のガスが噴き出していた。


 【名前】フォレスト・スライム

 【レベル】2

 【HP】30


「……強酸性の溶解液を持っています。触れれば皮膚がただれますよ」


 セバスチャンが涼しい顔で解説する。

 モンハンかよ。なんで一番弱い敵が『毒属性』持ちなんだよ。


「ひっ……!」


 本能的な恐怖で足がすくむ。

 画面越しならワンパンの雑魚だ。だが、目の前にいるのは「生き物を溶かして殺す怪物」だ。

 あの骨になりたくない。


「ヴェルト様、落ち着いて。核を狙うのです」


 セバスチャンの声で我に返る。

 そうだ。俺には力がある。一ヶ月、死ぬ気で鍛えた力がある。

 ステータスを見ろ。俺の筋力は25。スライムごときに負ける数値じゃない。


「……ふぅーっ」


 俺は深く息を吐き、剣を構えた。

 スライムが、ボヨンと跳ねて飛びかかってくる。

 遅い。

 毎日1キロ走った俺の目には、止まっているように見える。

 俺は半歩横に避け、スライムが空中にいる隙だらけの瞬間に、剣を横に薙いだ。

 ズプッ!

 嫌な手応え。

 だが、刃はスライムの体を切り裂き、中心にある赤い核を砕いた。

 ビシャァァッ!!

 スライムが弾け飛び、緑色の液体を撒き散らす。

 俺の頬に一滴付着し、ジューッという音と共に焼けるような痛みが走った。


「ぐっ……!」


 痛い。熱い。

 だが、俺は勝った。

 自分の力で、この世界の魔物を殺したんだ。

 その瞬間。

 全身を、電流が走るような高揚感が貫いた。

 パパパパーン♪

 脳内で、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。

 きたッ! これだ!

 俺が待ち望んでいた瞬間!

 俺は震える手で、ステータス画面を開いた。

 さあ、見せてみろ。開発者の手抜きが生み出した、奇跡の数字を!


【レベル】1 → 2

【HP】120 → 220(+100)

【MP】20 → 70(+50)

【筋力】25 → 45(+20)

【防御】22 → 42(+20)

【敏捷】18 → 38(+20)

【知力】15 → 35(+20)

【運】5 → 15(+10)


「…………は?」


 俺は言葉を失った。

 通常、レベルアップ時のステータス上昇値は、各項目「1~3」程度だ。

 勇者ですら「5」上がれば御の字。

 なのに、なんだこれ。

 +20? HPに至っては+100?

 レベルが1つ上がっただけで、レベル10分の成長をしている。


「……く、くくく」


 笑いが止まらない。

 頬の痛みなどどうでもいい。

 この上昇率。このバグ性能。

 レベル2にして、ステータスは既に一般的な兵士を超えている。

 いける。

 これなら、どんな過酷な運命もねじ伏せられる。


「ヴェルト様? お怪我は……」


「大丈夫だ、セバス」


 俺は剣を振って粘液を払い、ニヤリと笑った。

 その顔は、間違いなく「悪役」のそれだったと思う。


「次の獲物を探そう。今日は、日が暮れるまで帰らないぞ」


 俺の異世界生活レベリングは、ここから加速する。

 待ってろよ勇者アレク。

 お前が来る頃には、魔王すら裸足で逃げ出す怪物になって迎えてやるからな。

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