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17.勇者の行方

 翌朝。まだ空が白み始めたばかりの早朝、俺は自室でセバスチャンからの報告を受けていた。


「……なるほど。やはり、あの石は『白亜の塔』を示すものだったか」


 俺の手の中には、昨晩回収した『月光石』がある。セバスチャンの調査によると、この鉱石の魔力波長は、王都の北西にある聖教会の隔離施設『白亜の塔』周辺のものと完全に一致したらしい。


「はい。そして、ここからが重要です。その塔には、古代魔導具による強力な『物理無効結界』が常時展開されているとの情報があります」


「物理無効……。剣も矢も通じないってことか」


(まぁ知っている情報だが、ここまで調べ上げるのは素直に感心するな。流石だ)


「左様でございます。ニーナ様の拳であっても、魔力による障壁を物理衝撃で割ることは困難でしょう。中和するには、同等以上の出力を持つ『攻撃魔法』をぶつける必要があります」


(そう、あの塔に入るには魔法使いが必須だ。攻撃で破壊するにしても正規の手順を踏むにしても、な)


「……魔法使いが必要だな」


「ええ。それも、生半可な術師では結界は破れません。規格外の火力を持つ者が」


 俺の脳裏に、ある人物の名前が浮かんだ。原作ゲームに登場する、勇者アレクのライバルキャラ。王立魔法学園を追放された『灰色の魔術師』ネロ・アリス。


「よし。次は隣領の『歓楽都市ゾルダン』へ向かう。そこにいる『ネロ』という魔法使いを確保し、戦力に加える」


「ゾルダン、でございますか……。あそこは大陸中の金と欲望が集まる場所。確かに、訳ありの人間が潜伏するにはうってつけですが」


 セバスチャンが少し意外そうに眉を上げる。


「なぜ、そこに目当ての魔法使いがいると?」


「……確信があるんだ」


 俺は窓の外、遠くの空を睨みながら、前世の記憶(ゲーム知識)を反芻した。


(原作ゲームの『学園編』。ネロは一度学園を追放された後、一年後に謎の資金源をバックに復学し、入学した主人公アレクの前に立ちはだかるライバルとなる)


 その際、ネロはこう語っていたはずだ。『カジノで運命を変えた』と。公式ファンブックの設定によれば、ネロは追放された後、カジノ都市へ流れ着き、そこで持ち前の頭脳と魔法を駆使してポーカーやルーレットで大勝ち。莫大な資金(学園への寄付金と裏金)を作り、涼しい顔で学園へ戻ってくるのだ。


(つまり、時系列的に考えて……今は本来アレクが入学する1年前、つまりネロが復学する1年前でもある「今」この時期、ネロは間違いなくゾルダンのカジノに入り浸り、復学資金を稼ごうと必死になっているはずだ)


 もちろん、順調に勝っているとは限らない。むしろ、大勝ちする前の「どん底」でもがいている可能性が高いが……居場所としては間違いないだろう。


「あいつは今、人生の逆転を賭けてギャンブルに没頭しているはずだ。……金に困っているなら、交渉の余地はある」


「なるほど……。ヴェルト様の勘は、予言のように当たりますからね」


 セバスチャンは納得したように頷いた。


「よし。シャルロット王女殿下には、あくまで『領地経営に必要な人材を探しに行く』ということにする。勇者救出なんて大義名分を掲げたら、王室を巻き込んだ大事になるからな」


       ◆


 そして、朝食の時間。ダイニングルームは、優雅な空気と、肌を刺すような殺気が入り混じっていた。


「……アークライト家の食事は、王宮のシェフにも引けを取らない美味しさですわね。特にこのスープ、絶品ですわ」


 上座に座るシャルロット王女が、銀のスプーンを口に運びながら微笑む。


「お褒めにあずかり光栄です。毒見は済ませておりますので、安心してお召し上がりください……『今は』」


 給仕をするマリアが、シャルロットの背後で氷のような声を落とす。


「あら、マリアさん。ヴェルト様のお皿にはお肉が山盛りで、わたくしのお皿には野菜ばかりですのね?」


「ヴェルト様は成長期ですので。王女殿下はスタイルを気にされるかと思い、低カロリーな雑草……いえ、領特産の高原野菜を中心にさせていただきました」


「ふふ、お気遣い痛み入りますわ」


 バチバチと火花が散る。俺は胃が痛くなるのをこらえながら、パンを齧った。ちなみにニーナは「私ごときが王女様と同じテーブルなんて!」と恐縮しきりで、部屋の隅にある観葉植物の陰で小さくなっている。


「……さて。シャルロット殿下。昨夜の襲撃で馬車が壊れてしまったようですが、修理には数日かかるそうです」


 俺が切り出すと、シャルロットはナプキンで口元を拭い、俺を見た。


「そうですか。それは困りましたわね」


「ですので、俺たちはこれから隣領にある『歓楽都市ゾルダン』へ向かいます。そこなら王都への定期便も出ていますし、殿下をお送りすることもできるかと」


 ここまでは俺の計画通りだ。ゾルダンへ連れていき、そこで王都行きの安全な馬車なり船なりに乗せてしまえば、厄介払いは完了する。


「あら、ゾルダンへ?……大陸最大のカジノと、闇市場で有名なあの街へ?」


 シャルロットの目が、探るように細められる。


「王都への定期便であれば、もう少し近くに貿易都市もありますのに?」


「ええ。実は、領地警備のために優秀な魔法使いを雇いたくてですね。そこに候補がいるという情報を掴んだもので、殿下を送りがてらスカウトしてこようと思いまして」


「魔法使い、ですか。ゾルダンのような場所に?」


「はい。ある情報筋から『灰色の魔術師』と呼ばれる天才が、賭場で借金を作って燻っている……という噂を聞きましてね。優秀な人材は、清廉潔白な場所よりも、少し泥のついた場所に転がっているものです」


 嘘ではない。目的の一部を話して、肝心な部分(勇者救出のため)を隠す。


「ふぅん……。わたくしも知らないような情報筋から、ね」


 シャルロットは少しの間、俺の目をじっと見つめ、やがて悪戯っぽく微笑んだ。


「分かりましたわ。では、ご一緒させていただきます」


「ええ、そのつもりです。ゾルダンまで護衛いたしますので、そこから王都へ……」


「いいえ、違いますわヴェルト様。王都へは帰りません」


「……は?」


 俺の思考が停止した。シャルロットは扇子を開き、楽しそうに瞳を輝かせている。


「わたくしもその『人材探し』にお付き合いすると言っているのです。だって、ここで帰っては退屈でしょう? それに、歓楽都市ゾルダン……一度行ってみたかったのです。王族は賭博場への立ち入りを厳しく禁止されていますから、こんな機会でもないと見られませんわ」


 目が輝いている。これ、絶対面白がっているだけだ。俺がカジノで何をするのか、そして『灰色の魔術師』とやらが何者なのか、好奇心で首を突っ込む気満々だ。


「い、いえ、しかし殿下をそのような危険な場所に……。あそこはマフィアやならず者が集まる街ですよ? すぐに王都へお戻りになられた方が……勇者様の件もあるようですし」


「護衛なら、優秀な『英雄様』がいらっしゃいますし?それに……わたくしの護衛騎士たちは昨晩の怪我で動けませんもの。治療のためにこの屋敷に残していく以上、わたくし一人で王都へ帰る方がよほど危険ではありませんこと?」


 シャルロットの後ろに控えていた老従僕、グランが深くため息をついた。


「姫様……騎士たちが動けぬのを良いことに、またそのような無茶を。……ヴェルト殿、申し訳ありませぬ。この方の好奇心は、一度火がつくと誰にも止められんのです」


 グランは諦めの境地といった顔で、深く頭を下げた。どうやら、こういうことは初めてではないらしい。


「……勇者殿の件はわたくしだけではなく、お兄様やお姉さまも関わっておりますので問題ありませんわ。あくまでわたくしの趣味で調査しているだけですし.......それとも、わたくしがいては困るような『秘密』でもありますの?」


 ギクリ。


 俺は冷や汗を隠して、精一杯の愛想笑いを浮かべた。


(おい、騎士たちはともかく、このじいさんは止めなくていいのか?……いや、この様子じゃ無理か)


「滅相もございません。……光栄です、ご案内させていただきます」


 仕方がない。ここで拒否すれば、逆に怪しまれる。俺は心の中で頭を抱えた。ゾルダンに着いたら速やかにお別れするプランが崩壊した。


 こうして、俺たちは予定外のVIPを連れて、欲望の街『ゾルダン』へと向かうことになった。


       ◆


 出発の準備中、マリアが不機嫌そうに俺の荷物を馬車に積み込んでいた。


「……信じられません。あの女狐、図々しくついてくるなんて。いっそ道中の山道で、事故に見せかけて崖から……」


「やめろマリア。王女になんかあったら、俺の首が飛ぶ」


「大丈夫ですヴェルト様。骨も残さず処理すれば、行方不明で処理できます♡」


「お前の『処理』スキルが高すぎるのが怖いんだよなぁ」


 俺はマリアをなだめつつ、馬車に乗り込んだ。


(……胃薬、持ってくればよかったな)


 俺の深いため息と共に、馬車は欲望渦巻く街へと向けて走り出した。勇者の居場所を知っていることは、王女にはまだ秘密のままで。

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