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15. 街道の蹂躙

 北のダンジョン『清めの霊廟』を攻略し、目的の『聖女の鉄甲』を手に入れた俺たちは、意気揚々とアークライト領への帰路についていた。


「ふふふ……。見てくださいヴェルト様。このミスリルの輝き、素晴らしいです。これならオークの頭蓋骨も豆腐のように……」


 馬車の荷台で、ニーナが新しい装備である白銀のナックルを頬ずりせんばかりに見つめている。その瞳は完全に『力』に魅入られていた。当初は虫も殺せない顔をしていたのが嘘のようだ。教育とは恐ろしいものである。


「ニーナ様。あまり金属を顔に近づけると、鉄の臭いが移りますよ。ヴェルト様は無臭を好みますので」


「ひっ!?す、すみません!」


 マリアが御者台から顔だけ出して釘を刺す。その一言でニーナが直立不動になるのも、もはや様式美だ。俺そんなこと言ったことあったっけ?と思っていた矢先だった。


 キィィィィンッ!  ドォォォン!!


 前方の街道から、金属がぶつかり合う音と、重い衝撃音が響いてきた。


「……戦闘音か?」


 俺は即座に御者台へ移動し、前方を凝視した。この主要街道は俺の屋敷へも繋がっており、あまり利用はされていないながらも憲兵の巡回ルートでもある。そのため強力な魔物は出ないはずだが、視界に入ってきた光景は異常だった。


 豪華な装飾が施された漆黒の馬車。それを囲むように、十数人の薄汚い男たちと、街道には生息しないはずの『オーガ』が三体も暴れまわっている。


「オーガだと?山奥の魔物がなぜこんな所に」


 オーガはダンジョンでは珍しくもないが、基本的に人里付近には姿を現さない。普段は森の奥に生息している。この状況は街中に熊が現れるようなものだ。 


「ヴェルト様、あそこを」


 マリアが短剣で指し示す先。集団の後方に、奇妙な笛を吹く男が立っていた。男の指示に合わせてオーガが咆哮を上げ、馬車を守る騎士たちに棍棒を振り下ろしている。


「なるほど。『魔物使い(テイマー)』か」


 俺は目を細め、さらに襲撃者たちを観察した。


「……妙だな」


 一見すると身なりの汚い盗賊団に見える。だが、その動きはあまりに統率が取れすぎていた。騎士たちの防衛ラインを崩すための的確な連携、無駄のない剣筋、そして逃げ道を塞ぐ完璧な包囲網。


(こいつら、盗賊に偽装しているが……中身は手練れの傭兵、あるいはどこかの国の正規兵か)


 ただの金目当ての追い剥ぎじゃない。明確な意図を持って、馬車の主を消そうとしている『暗殺部隊』だ。


(待てよ。こんなイベント、ゲームにあったか?)


 俺の記憶にある『ドラグーン・ファンタジア』のシナリオに、序盤で「街道で襲われる要人を助ける」なんてありきたりなイベントは存在しない。ましてや、これほどの手練れとオーガを使った組織的な襲撃など、後半のサブクエスト級の難易度だ。俺が領主として振る舞いを変えたことで、バタフライエフェクトが起きているのか?


 馬車を守る騎士は六名。だが、既に三名が血まみれで倒れ、残る三名も防戦一方だ。全滅は時間の問題だ。


「ヴェルト様、いかがなさいますか?捨て置きますか?」


「いや、助ける。あんな豪華な馬車だ。恩を売れば、後々アークライト家の利益になるはずだ」


 俺は即断した。それに、ちょうどいい実験台だ。


「ニーナ!実戦テストだ!あのデカブツどもを蹴散らせ!」


「は、はいっ!……えっ、あの大きい鬼をですか!?」


「ナックルの性能を試すチャンスだ。いけ!」


 俺はニーナの背中を蹴り飛ばした。


「あだっ!?も、もうヤケクソですぅぅぅ!」


 ニーナが涙目で駆け出し、オーガへと突撃していく。その姿を見届けた俺は、隣のマリアにも指示を出そうとした。


「マリア、お前は……」


「行ってまいります」


 言うが早いか、マリアの姿がブレて消えた。


 次の瞬間。


「ぎゃっ!」 「な、何も見えな……」


 盗賊たちの間を黒い疾風が駆け抜け、五人の男たちが同時に首から血を噴き出して崩れ落ちた。


「な……?」


 俺は思わず目を見開いた。今の動き、ただのメイドのそれじゃない。足音を完全に消す歩法、急所を一撃で断つ正確無比なナイフ捌き。あれは一流の暗殺者か、王宮騎士クラスの体術だ。


(おいおい、冗談だろ?ゲームの中のマリアは、戦闘力皆無の「村娘C」程度のステータスだったはずだぞ?)


 俺が知るデータと違いすぎる。俺のために強くなろうとしていたのは知っているが、独学で到達できるレベルを超えている。いつの間にこんな技術を身につけたんだ?

 

 思わず、マリアに鑑定をかけた


【名前】マリア

【職業】メイド

【レベル】45

【HP】580

【MP】45

【筋力】100

【防御】85

【敏捷】150

【知力】100

【運】50

【スキル】<家事全般 Lv.9><隠密 Lv.5><暗殺術 Lv.5><狂信 Lv.9><嫉妬 Lv.9>


(…セバスと遜色が無いレベルの強さだ、それに狂信と嫉妬?このスキルはゲームで見たことないな。狂信は教会関係でありそうだが...まさか)


 対象のスキルに対してさらに鑑定をかける


<狂信 Lv.9>

【分類】特殊精神スキル(パッシブ)

【対象】ヴェルト・フォン・アークライト


【説明】

特定対象ヴェルトを神格視し、存在意義の全てを捧げる精神領域。

常人の理解を超えた信仰により、痛覚・恐怖・倫理観などの制限が希薄化している。


【効果】

・精神汚染無効:対象以外からの精神干渉(魅了/恐怖/洗脳/混乱)を完全無効化

・リミッター解除:対象の命令 or 危機時、肉体限界を超えた力を強制的に解放

・神の加護(擬似):対象が視界内にいる場合、全ステータス +50%補正


<嫉妬 Lv.9>

【分類】特殊探知・攻撃スキル(パッシブ/アクティブ)

【対象】ヴェルトへの好意を持つ人物(主に女性)


【説明】

「対象への所有欲」から生じるどす黒い情念。

恋敵・不純物・害虫と認定した相手を排除するため、異常な感知精度と殺傷能力を示す。


【効果】

・泥棒猫レーダー:半径1km以内で対象に好意を向ける存在を視界外から感知

・排除特攻:恋敵判定時、クリティカル率 極大上昇 + 防御力一部無視

・殺気の波動:敵対者に恐怖スタン付与判定。レベル差を一定割合で無視


 ........うん、教会は関係ないな。

俺はそっとステータスを閉じ、今後はなるべくマリアを怒らせないようにしようと固く心に誓った。


 と、そんなこんなをしていると

 

「バカな!我々の剣技が見切られているだと!?」


「ええ。所詮は型通りの軍隊剣術。殺し合いのなんたるかも知らない素人芸ですね」


 マリアが冷たく言い放ち、返り血一滴浴びずに次の獲物を仕留める。その姿に、俺は頼もしさよりも背筋が寒くなるものを感じた。俺の知らないところで、マリアは何に覚醒したんだろうか。それに殺し合いのなんたるかって…セバスは一体何をマリアに教えたんだ?


 マリアのあまりの豹変ぶりに本来は序盤のイベントで勇者を屋敷に招き入れ、恨んでいる俺と父上を殺害するマリアを思い出す。


(.........これ、勇者に俺を殺させる必要なんてなかったのでは?)


 そんなことせずともマリアがまっとうに修行してたら親子共々、なすすべもなく殺されていただろう。 


 一方、ニーナの方も異常事態になっていた。


「ひぃっ!こ、こないで!『フィジカル・ブースト』ぉぉぉッ!!」


 ガギィィィンッ!


 ニーナの拳とオーガの剛腕が激突し――『聖女の鉄甲』の過剰回復効果オーバーヒールによって、オーガの腕が内側から破裂した。


「うそ……私のパンチ、強すぎ……?」


 呆然とするニーナ。戦場は、覚醒した撲殺聖女と、謎の戦闘力を得たヤンデレメイドによって蹂躙されつつあった。


「ちっ、なんなんだコイツら!化け物が!」


 魔物使いが顔を引きつらせ、逃げようと背を向けた。だが、俺がそれを許すはずがない。


「逃がすかよ」


 ドンッ!!


 俺は地面を強く踏み込んだ。スキルではない、単なる【筋力】1800オーバーによる全力疾走。だが、その速度は音速に迫り、周囲の景色を置き去りにした。


「え……?」


 魔物使いが瞬きをした次の瞬間、俺は既に男の眼前に立っていた。


「よお。随分といい装備をした盗賊団だな。どこの国の差し金だ?」


「ひっ!?ま、待て!俺は雇われただけで……!」


 ズドン。


 俺は問答無用で男の顔面を地面に叩きつけた。指揮官を失い、統率を失った残りのオーガと偽盗賊たちは、瞬く間に殲滅された。


 戦闘終了まで、わずか三分。あたりには静寂が戻っていた。


「た、助かった……のか?」


 生き残った騎士たちが、信じられないものを見る目で俺たちを見ている。特に、素手でオーガを爆散させた少女と、微笑みながらナイフの血を拭うメイドを見る目は、恐怖に彩られていた。


 ガチャリ。


 その時、馬車の扉が開いた。


「……見事な手際でした。危ないところを、感謝いたします」


 降りてきたのは、一人の女性だった。月光を織り込んだような銀色の髪。宝石のような蒼い瞳。身につけているドレスは、一目で最高級品と分かる生地で仕立てられている。その凛とした佇まいは、ただの貴族令嬢ではない気品――いや、覇気すら感じさせた。


「姫様!外に出ては危険です!」


 慌てて従僕らしき初老の男が後を追って降りてくる。


「よいのです、グラン。命の恩人に顔も見せないのは、礼儀に反します」


 女性は従僕を制すると、俺の前に進み出て、優雅にスカートの裾を摘んで一礼した。


「わたくしの名は、シャルロット。……貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 シャルロット。その名を聞いた瞬間、俺の思考が凍りついた。シャルロット・ヴァン・ドラグーン。この国の第三王女であり、本来なら学園編の中盤で初めて登場するはずの超重要キャラだ。


(なんで王女がこんな辺境に?しかも命を狙われている?命を狙われるのは学園編のはず……。勇者が行方不明とはいえ、俺が襲撃されたのは数週間前だ。学園編は少なくとも1年後だったはず)


 本来のシナリオでは、シャルロット王女は王都の学園に入学してから、王位継承権争いに巻き込まれて命を狙われる。それがこの世界の「正史」だ。だが、今はまだ入学前の時期。場所も王都ではなく、こんな辺境の街道。時系列も、場所も、状況も。全てが俺の知る情報と食い違っている。


 この世界はもう、俺の知る『ゲーム』の枠組みを超えて動き始めている。


 俺は内心の動揺を必死に押し殺し、貴族としての礼をとった。


「……名乗るほどの者ではありませんが。アークライト子爵家が嫡男、ヴェルト・フォン・アークライトと申します」


 俺の言葉に、シャルロットと名乗った女性の瞳が、興味深げに細められた。

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