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「ここ、テストに出るからなー」
昼礼のベルと共に数学教師が黒板を叩くと、生徒たちの間から悲鳴が漏れた。
ダンは部活の朝練に出そびれたことに加え、昼前の空腹で目を回しそうになりながら、机の横にかけた通学バッグから大型の弁当箱と惣菜パンを三つ取り出すと、直飲みタイプの水筒も出す。
同じクラスの女子は固まってグループを作り、話しやすいよう机を動かしながらきゃっきゃと騒いでいる。
「ダン! 今日の放課後は部活来るよな?」
同じクラスで同じ男子バレー部に属している、カミュランが萎れているダンの肩に陽気に組みついた。
「カミュラン……おれが行かない訳あるかー!」
元気を出したダンも同じノリで肩を組み返す。カミュランは、制服こそダンと同じものを着ているが、彼の姿形は地球で言うアルマジロによく似ており、体格も大きい、二足歩行の獣人だった。
他の男子も、俺も僕もとその輪に混ざり合い、それを一部の女子が白けた目で眺める。
「まーたやってるよ、仲良し男バレ軍団」
「受験生もあるのに元気だよねー」
彼女たちの姿も多種多様で、人間・宇宙人・異人と、人間が過去に空想した様々な亜人たちが揃いの制服を着て学園生活を謳歌していた。
「今度の歴史のテストやばくない? 歴史の小城先生から範囲聞いた?」
「聞いた。異界史と宇宙史は共通テストでもマストだけど、範囲広すぎる……」
「大体、全部暦が違うから覚えらんない」
「日本史取るか世界史取るかでも覚えるとこ変わってくるしなー。ダン、お前はどっちだっけ?」
「おれは日本史。近代からややこしくなるけど、百鬼夜行まで来たら、後は宇宙史も異界史も一緒だしさー」
「あー! オレも日本史にしとけばよかった! 地球のこと以外で覚えること多すぎる!!」
他にも古典である日本語や英語に加え、共通語のヴァン語や数学、理科に保健体育と、試験範囲は多岐に渡る。
大学や専門学校、公務員試験や就職などの希望する卒業後の進路を前に、高校三年生としての話題で盛り上がりながらも、ダンたちはわいわいと昼食を続ける。
そう言えばさー、とダンと同じクラスの水クラゲの男子がダンに話しかける。
「ダン、今日は珍しく朝礼間に合ってたじゃん。いっつも朝練出ててギリギリに飛び込んでくるのに」
「うん」
弁当を食べ終わり、惣菜パンの二つ目を齧りながら、ダンは少し動揺すると言いにくそうに返事をした。
始めた成り行きがあったとはいえ、資格絡みのアルバイトは本来校則で固く禁止されており、ダンの表向きのバイトは中華料理店のホール兼配達員だった。
「ちょっと、シフト入れないかって電話があって……バイトの店長から」
「電話って。朝から?」
他の男子が、早朝から電話をかけてきたという店長の非常識さに鼻白んだ。
「うん。今日の五時にかかってきた」
適当な嘘で誤魔化そうとしたのに、ダンはうっかり正直に口を滑らせてしまった。
途端に周りが静かになるが、ぽつぽつと衝撃から立ち直ったクラスメイトたちが確認するように口を開き始める。
「えっ、朝の五時……?」
「前から言ってるけど、ヤバいよねダンのバイト先……」
「よく続いてるよな。時給良くても、ぼくは無理かも」
ネガティブな言葉が続く中、男子の一人がやや目を輝かせてダンに向き合う。
「でも、そこはさ、麻子さんのチカラが強いだろ。どうなったんだよ麻子さん! 女子大生だっけ? もう告った?」
「て、手ぇ繋いだ?」
「チューした?」
「だーっ!!! うるせえ!!! バイトと麻子さんは関係ねぇ!!!」
ダンは真っ赤になりながら力強く机を叩いて身を乗り出し、その音に、ちょっと藤代うるさい、とクラスのボス女子に苦言を呈され、しゅんと小さくなった。