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02-05. 同僚

 


「げっ、まーたお前らが全部終わらしとるやんけ!」

「…………遅れた、悪い」


 ヴン……という軽いモーター音と共に、二台のエアモービルが降下し、ストライク達のすぐ側に着地した。

 乗っていたのは、特三のメンバーで狐のヴァリエントである、アラタ・イズチ。そして、虫のヴァリエントであるヨゼフ・ヒルトマンだった。


 アラタはピーコックグリーンの髪と、金茶の狐の耳と尻尾を持つ《鳥獣系》。ヨゼフは紫の髪と四本腕の《虫蟲系》、寡黙な大男である。

 彼らはストライクとクロトの同僚で、先輩だ。


「お前ら、到着すんの早すぎ!てか、なんで勝手に終わらせてんのや。俺ら減給されてまうやろ」


 アラタが西方訛りで文句を言う。

 四人チームで出動したはずが、ストライクが全力で先行し、それをクロトが全力で追いかけ、事件は既に決着を見せていた。


 警察用のエアモービルは、普通の機体より機動性に優れている。

 だが、ストライクの飛行能力はそれを遥かに凌ぐ。そのため彼女はエアモービルを使わず、自力飛行で現場に向かう事が多い。ストライクの迅速な現場急行は利点もある反面、勝手な単独行動になりがちな原因でもあった。


 暫く待っていると、サイレンを鳴らして別部隊が到着した。

 諸々の事後処理は、彼らの仕事だ。そちらに慌ただしく引き継ぎを済ませ、特三の任務は完了。

 意識のない大熊のヴァリエントがトラックに運び込まれるの見送って、現場を立ち去る運びとなった。


「ふぁー疲れた。あ、誰か本庁まで乗っけてくんない?もう自分で帰る気力ない」


 ストライクは男三人を振り返る。

 巨大熊との格闘を終え、すっかりヘロヘロだ。エアモービルの後部座席に乗せて貰えたらありがたい。すると、


「クロト、頼むわ」


 アラタがなぜかいい笑顔になった。彼が新人の肩を叩くと、ヨゼフも無言で頷く。


「何で俺が」

「お前らパートナーやん、助け合えよ」

「…………」


 クロトを軽く小突くアラタ。再度、無言で頷くヨゼフ。


「別に誰でもいーよ。早く帰ってラーメン食いたーーーい!」


 ゴネはじめたストライク。

 クロトはため息をついて、「仕方ないな」と応じる。アラタとヨゼフはエアモービルに股がると、「お先に~」「……」と手を振ってビルの間を上昇していく。

 二人はそれを見送った。


「あっちに停めた」

「あーい!」


 エアモービルを停めた場所を指差し、相棒と連れだって歩きだす。途中、彼女はうーんと伸びをして、彼に話しかけてきた。


「そーいえば、ヴァリエントの収容所ってどんなとこなんだろねー。熊さん、ちゃんとご飯食べさせて貰えんのかなぁ」


 《レイジング・アウト》事件のヴァリエントが生きたまま捕縛されたら、専用の収容所に送られる。だが、実際の待遇に関しては、プライバシー等を理由に非公開とされていた。

 酷い目にあってなければいいけど、とストライクは胸のうちで呟く。


「刑務所みたいなものじゃないか。国際条約では、刑務所や捕虜収容所でも食事をちゃんと出す決まりになってる…………戦時中はなかなか難しかったが」

「そっか……ヴァリエントの収容所はどうなのかなぁ。ひどい場所だったらかわいそうだね」


 ストライクの声が沈んだ。落ち込んだ気配を察し、クロトは励ますように別の事を口にした。


「今、遷移特性を喪失させる薬が開発中だそうだ。それが出来たら、暴走したヴァリエントも元に戻せるかもしれんな」

「それ知ってる!早く完成してほしい!」


 パアッと輝くような笑顔を浮かべたストライクの頭の上で、白い耳がピコンと立つ。

 何を考えてるかわからないと言われがちなクロトに比べて、彼女は感情が豊かだ。特に表情や耳、尻尾に出やすい。


「ほら、乗れ」

「へーい!」


 停車した所までやって来た。

 男が運転席に股がると、相棒のヴァリエントは機嫌よく後部座席に乗って、彼の腰に腕を回す。


 クロトは声紋認証でロックを外した。

 エンジンを点火しながら、相棒に言えなかった事について思考を巡らせる。


 ヴァリエントにとって気持ちのいい話題ではないだろうと、あえて触れなかった事。

 現代では、ヴァリエントの特徴は個性の一つだと見なされている。よって遷移の喪失──ディヴァリエンテーションは倫理的な問題を孕んでいるとされ、薬で《遷移喪失》が可能になったとしても、その問題をクリアする必要があった。


 一方、《レイジング・アウト》事件の増加に伴い、「ヴァリエント全員を隔離すべきだ」という排斥論も目立つようになった。

 どのヴァリエントが、いつ完全変化して、暴走を始めるか誰にも分からないから、というのが排斥論者の主張である。


 多数派の《起源者(オリジン)》がそれに同調するようになれば、枯れ野に火が燃え広がるように、排斥論が世間を覆うだろう。

 《レイジング・アウト》が増えれば増えるほど、オリジンに押し切られて、「ヴァリエントの収容所隔離」が現実になりかねない。


 そんな状況だからこそ、《遷移喪失薬》の開発は世間の注目を集めていた。


 渦中の開発を牽引するのは、最近勢いのあるマギ製薬。今、この会社には、巨額の投資が流れ込んでいるという。開発が成功した暁には、相当な売上が見込めるからだ。

 誰かの不幸が商機になる。それが人間社会の常だとしたら、皮肉というほかない。


 開発が先か、隔離が先か。

 どう転がるか、先は読めない。




 ────そこで、クロトの意識は現実に引き戻された。後部座席に座ったストライクが、「ふぁーあ」とのんびり欠伸したからだ。

 彼は、ふと思った。

 もし《遷移喪失》が可能になれば、《二系統遷移者》の彼女はどんな選択をするのだろう、と。


 そこまで考えて何となく──ストライクの耳や翅が失くなってしまうのは惜しい気がした。

 だが聞くのはやめた。何を選択しようと、それは本人次第だ。


 夜も更ける中、二人を乗せた車体が静かに上昇していく。そして特三の本拠地、中央警察庁を目指し帰路についたのだった。



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