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02-06. 友人

 


 警察庁に到着したクロトとストライクは、上司の待つ机に直行した。アラタとヨゼフは既にそこで待っていた。


「──今日も無事に任務を終えたようで何より。みんなご苦労さん」


 椅子に座っていた中年男性が、火のついていない煙草を片手に立ち上がった。

 ヤタヒコ・リュウガハラ課長。特殊警務部第三課を率いる、ストライク達の直属の上司である。

 鋭い鈎爪と、暗灰色をした長いふさふさの尻尾、同色の楕円形の耳。彼はアリクイのヴァリエント・アニマだ。

 水色の髪には僅かに白髪が交じる。細い銀縁の眼鏡をかけた、ヘビースモーカーだった。


 ふさふさの尻尾に惚れこんだ奥さんと大恋愛の末に結婚したと本人は公言しているが、本体の評価はどうなのか。部下達は非常に気になりつつも、誰も聞けていない。


「…………というわけで、引継ぎまでしっかり終わらせて参りました。以上です!」


 全員で報告を終え、最後をアラタが締めると、リュウガハラ課長は目を細めて頷いた。


「了解。では解散だな。みんな帰っていいぞ」

「やたー!!ラーーーメーーーンッ!!」

「あ、ストライク、君は残ってね」

「えっ」

「君、クロトの制止を聞かなかったでしょ。罰として反省文、三千字ね」

「あっ……あれは、攻撃されたから仕方なかったんです!!」

「言い訳はいいから。ちゃんと書いてね、三千字」

「ああぁー!課長の鬼!!!」

「悪いなぁ。先に上がらせてもらうで~」

「…………頑張れ」

「ラーメン屋が閉まる前に終われよ」


 ガックリと項垂れるストライクの肩を、アラタ、ヨゼフ、クロトがそれぞれ叩いて去っていく。彼らを恨みがましく見送って、ストライクはすごすごと自分のデスクに戻っていった。




 反省文と格闘する事、約一時間。ようやく上司のお許しが出て、ストライクはダッシュで警察庁近くのラーメン屋に向かった。


 小さな路地に面した、こじんまりとしたその店は、創業から五代目を迎える老舗。《大災厄》後の激動の時代をも乗り越えた偉大なラーメン屋だ。今も庶民に優しい価格設定なのも嬉しい。

 ストライクはこのラーメン屋の常連で、五代目店主の親父さんとも気軽に会話を交わす仲である。


 まるで蜂か蜻蛉のように、夜の街を一直線に飛んでいく。角を曲がって、目に飛びこんだ看板には、「むさしや」という立体文字が浮かび上がっていた。

 店先にシュタッと降り立つと、レトロな引戸をガラッと開ける。


「親父さん、まだ大丈夫!?」

「おっ、ラストオーダー三分前だぞ。嬢ちゃん、よく間に合ったなァ!」

「セーーーーフ!親父さん、チャーシュー麺大盛りでお願いね!」

「あいよー!」


 閉店ギリギリに滑りこめた。ラッキー。


「はいお待ちどう!……おや嬢ちゃん、今日はいつにも増して傷だらけじゃねえか。大丈夫かい?」

「へーきですよ。心配してくれてありがとね、親父さん。んじゃいっただきまーすっ!」


 眉を曇らせた親父さんに、へらっと笑顔を返す。

 箸を手にとって、まずは麺を一口。うまい。やっぱりこの店は最高だ。夢中になって麺やチャーシューをかきこんでいく。

 お腹がペコペコだったストライクは、この夜、チャーシュー麺完食の自己最速をマークした。



 ◇◇◇



 翌日は久々の休みだった。

 孤児院時代の友人達と会う約束をしていたストライクは、その辺にあった服を適当に着て、高層アパートの狭い部屋から外に出た。


 今日の服は、背中が空いた白のタンクトップに、ラフなカナリアイエローのパーカー。それと、ジャージ素材のベージュのパンツ。

 翅はタンクトップから出し、大きめパーカーの内側に仕舞う形だ。暑い季節になると、パーカー無しでタンクトップ一枚を着る。その場合、翅は出しっぱなしにする。


 服にこだわりのない彼女は十代の頃から、タンクトップにパーカー有る無しのどちらかで過ごしてきた。お洒落より実用性。昔から体を動かすのが好きだったので、動きやすさ重視だ。


 安い高層アパートの古びたエレベーターが地上階に到着する。錆びたドアが開き、彼女は表に出た。初秋の日差しが眩しい。

 どんな世の中になっても季節は巡っていく。


 すれ違った顔見知りのおばちゃんに会釈して、ストライクはトラムの乗車駅に向かった。

 アパートから駅まで歩いて五分。コンクリートが道路より一段高くなってるだけの、こじんまりとした駅は人影もまばら。

 暫く待っていると、自動運転のトラムがやってきて、ストライクはそれに乗りこむ。



 ──のんびりトラムに揺られる事、一時間。三回乗り換えてようやく約束の場所に着いた。

 メタリックなドアをくぐると、中は派手な立体映像の装飾で溢れたカフェだった。

 席は七割ほどが埋まっていた。混んだ店内を見回していると、奥の方で友人達が手を振ってるのが見えた。手を振り返し、そちらに歩いていく。


「わー、センジュ、ルル、ひっさしぶりー!二人とも元気そー!」

「ストライクは全然変わんないね」

「俺達が集まるのは一年ぶりか?……つうかお前、手とか傷だらけじゃねーか」

「あぁ、これはね、任務でちょっとヘマしただけ!」

「だけって、お前、《レイジング・アウト》対応やってんだろ?大丈夫かよ」

「全然、問題ナシだよ」


 へらりと笑ったストライクを見て心配そうに眉を寄せたのは、《鳥獣系遷移者(ヴァリエント・アニマ)》のセンジュ・アカツキだ。赤い髪に長身の青年で、豹のヴァリエントである。

 実は、ストライクに返り討ちにされた孤児院の元ボスでもある。


「センジュ、この子が心配なのは分かるけど、なるべく仕事の話はなしにしようよ」


 明るく笑ったのは、水色の髪に、ぐるりと円を描く角と白く伏せた耳を持つ羊の《遷移者(ヴァリエント)》、ルル・ミナセ。


「はは、あたしもその方がいいかなぁー」


 ストライクも笑って同意した。

 正直、任務の話は気が重い。特に、彼らのようなヴァリエントの友人に対しては。


 ストライクが担当する任務──《レイジング・アウト》の影響で、ヴァリエントを取り巻く状況は、日に日に悪化している、と思う。

 ここに来るまでに乗ったトラムでは、近くにいた人が車両を移ったり、ひそひそ話をしながら冷たい目で見られたりした。

 ルルやセンジュもピリピリした空気を肌で感じてるはずだ。


 だが、《レイジング・アウト》の原因が分からない以上、当のヴァリエント達にもどうしようもなかった。

 我を忘れて凶暴化したい者などいる筈がない。だが、暴走するヴァリエントの映像が撮影され、メディアに乗れば、恐怖は伝染するように瞬時に広がっていく。それが世間という怪物だ。


 《レイジング・アウト》が増え続ければ、ヴァリエントの未来は暗澹たるものになるのは間違いない。しかし仮に《レイジング・アウト》が多数派のオリジンに起こった現象であったなら。


 ──人々は恐怖は感じたとしても、隔離などという発想には至らない気がする。

 歴史上、多数派の隔離がないわけではないが、僅かな例しかない。ストライクはやるせないため息を押し殺して、友人二人に笑顔を向けた。



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