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03-04. 後悔

 


 旧データ管理室を出て、二人はエナと別れた。

 特三のオフィスに戻る途中、ストライクはいつになく静かだった。


 彼女はずっと考え込んでいた。エナやクロトの言っていたとおり────データ改竄の目的が、《レイジング・アウト》事件の究明を妨害することだったら、とてもじゃないが許せるものではない。犯人を何発殴っても足りない、と思う。


 暴走し、凶暴化したヴァリエント達の姿が脳裏に浮かぶ。生捕りに出来たヴァリエントもいたが、やむなく殺した者もいた。


 《レイジング・アウト》の影響は大きい。今、ヴァリエント達はみんな完全変化して人を襲うかもしれない、という不安を抱えていた。

 暴走していないヴァリエント達も白い目で見られはじめており、職を失ったり、学校に行けなくなったヴァリエントも増加の一途を辿っている。

 ヴァリエント達を隔離しろ、という主張も《起源者(オリジン)》の間で日増しに強くなっている。

 《レイジング・アウト》はヴァリエントにとって非常に深刻な問題だった。


 その原因究明を妨害するなど、ストライクには到底許せなかった。しかも、そんな卑怯者が警察内部にいるかもしれない、というのだ。


 それだけではない。データ改竄が公になれば、警察の信用は失墜するだろう。

 隠蔽が身内によるものなら、重大な背信でもある。危険な暴走ヴァリエントと対峙する特三や、事件を捜査した現場警察官への侮辱に等しい。

 何重にも腹が立つ案件だった。


 この件を有耶無耶にしてはならない。

 その為にも、ストライクは全面的にエナに協力するつもりだった。でも──


 《二系統遷移者(ダブルヴァリエント)》の女は、隣の男をチラリと見た。

 深く考えずに彼を巻きこんでしまったのは間違いだったかもしれない。彼女はその事を少し後悔していた。



 …………相棒が大人しい。隣を歩く女を彼は横目で見下ろした。

 ストライクの真っ白な三角耳は、へにょりと力なく萎れている。まるで枯れかけた観葉植物のようだ。

 クロトは他人の感情に疎い。それでも彼女が落ちこんでるのは見て取れた。


 ストライクの反応は、彼が予想していたものとは随分異なっていた。

 隠蔽に怒りだす、とか、《レイジング・アウト》の原因が判明しそうだと喜ぶ、とか。

 そういう反応が来ると思っていたのに、この落ちこみようは理解不能だった。落ちこむ理由も見当がつかない。


 ストライクが大人しいと調子が狂う。

 否、半機械の自分に調子も何もないのだが、何故か胸のあたりが不快だ。これは一体何なのか。循環器系に問題があるのだろうか。


 近々メンテナンスに行かねば。

 そんな事を思いながら、彼は口を開いた。


「やけに静かだな、ストライク」

「まーねえ」

「《レイジング・アウト》事件の共通点が判明したら、原因が分かるかもしれないんだろう。嬉しくないのか」

「それはそーなんだけど。なんつか、クロトには悪いことしちゃったなって思ってたとこ」


 女はしょんぼりと肩を落とす。意外な返事に男は目を瞬かせた。


「どういう意味だ」

「んー。この件でクロトに声かけた時は深く考えてなかったけど、これ、絶対大がかりな事件になるじゃん?」

「その可能性は高いだろうな」

「あたしはヴァリエントだし、《レイジング・アウト》は他人事じゃないから、何があってもエナに協力するけどさ。

 でもあんたは違う。これで失職とかしたら……申し訳ないなーって」

「…………場合によっては、失職どころではすまないかもな」


 そう答えると、ストライクの耳はますます萎れた。それを見ながら、意外だな、と思う。ストライクは筋金入りの脳筋だが、脳筋なりに色々考えているらしい。


 彼女の懸念も、あながち間違いではなかった。

 警察のデータベースに手を加えるなど、誰にでも出来るような犯罪ではない。彼らの予想どおり、黒幕が権力者なら、下手を打てば追い詰められるのはこちら側だ。


「クロトがまた無職になったら申し訳ない……」


 情けない顔でそんなことを言い出すストライクに、半機械の男は軽く眉を上げた。


「無職とか言うな。というか、今さらだ。最初に話が来た時点で、とっくに承知していたリスクだしな」


 ストライクはパッと顔を上げた。耳もピンと立つ。どことなくショックを受けた顔で、彼女は呆然と呟いた。


「クロトって頭いいんだね……!」


 一体、自分はどんなバカだと思われていたのだろう。特三随一の脳筋と一緒にしないで貰いたい。


「……お前はもうちょっと色々考えた方がいいぞ」

「そうだね。これからはそうする……でも、クロトはリスクがあるの知ってたんでしょ。なんで協力を引き受けたの?」

「それは…………」

「それは?」

「お前が…………ヴァリエントの子供の死体を見て、泣いていたからだ。ああいう事が無くなるなら、俺が無職になるくらい別に構わない」

「…………」


「お前はああいう事案を少しでも減らす為に、毎回誰より早く現場に到着し、ヴァリエント達を生かして捕まえようとしてたんじゃないのか」


 ストライクは唖然として男を見上げた。

 気づかれてるとは思わなかった。いつも冷淡で小言ばかり言う相棒の不意打ちに、うっかり泣きそうになる。

 だが、ストライクは、こみ上げる感情をどうにか捩じ伏せた。自分の弱さなんて誰にも見せたくなかった。


 ダブルヴァリエントの女は、そっぽを向いて口をぐっと曲げた。


「…………そんなんじゃないよ」

「じゃあどんなんだよ」


 クロトは隣の女をチラッと見下ろした。彼女の白い尻尾が、目の端でゆらゆら揺れている。


 単純そうに見えるが、ストライクの内面は、実に複雑で難解だ。だから、クロトの感情も乱されるのかもしれない。

 こいつのせいでイライラしたり、何かしてやりたいと思ったり。

 それは、体の大部分が機械に置き換わって以来、長く戦場に立ち続けた彼が、久しく失っていた感情だった。しかし、その感情の奥底にある何か──それについて深く考えたら負けな気がした。


 いや、そうじゃないな、と彼は考え直して自嘲する。

 元より自分に誰かを想う資格はない。彼女に協力したのも、殺戮者の罪滅ぼしに過ぎない。


 彼女の隣は居心地がいい。

 それはクロトにとって紛れもない事実で、それだけで十分だった。


 これ以上、望んではいけない。

 自分に言い聞かせながら、半機械の男はただ前を見て足を動かす。


 話は途切れ、二人は無言になった。だが、互いの気配にすっかり慣れたせいか、それはけして居心地の悪い沈黙ではなかった。




 こうしてデータ改竄の糸口を掴んだ矢先──

 二人の元に、情報捜査一課エナ・ユヅキが失踪したという知らせがもたらされたのだった。



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