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vol.84 最終話~またいつか会える日まで~

「ど、どういうこと?」



 荒唐無稽な話だ。全く見えなかった目が、ある日突然治ってしまうだなんて聞いたことがない。



「それが、分からないのよねぇ。とりあえず行かなきゃいけない気がして学校にも来てみたけれど、なんだか今日はずっと違和感が拭い切れなくて……」


「あ、私も同じです」



 黙って話を聞いていたアンズが、ここでひょいと手をあげてようやく発言をした。



「なんだか、おかしいんですよね。いつも私をいじめてくる人達も、妙に歯切れが悪かったというか。……あの人達って、あんなに威張り散らしてましたっけ。なんかいつもはもう少し……」


「ヘコヘコしてた?」



 言葉を選ぼうとしているアンズに私が指摘すると、彼女は迷ってからためらいがちに頷く。



「あそこまでは目立っていなかった気がするんですよね。なんだか、“何かが足りない”みたいです」



 アンズの話を聞いて、私は何かピンと来たような気がした。いつものあいつらの決まり文句。私達の上には、ええと……ああ駄目だ、思い出せない。



「ねぇ。私達のクラス人数って全部で何人だっけ?」



 唐突に、マリンが私に質問をした。



「はぁ? そんなの、三十人に決まってるじゃない。五人の列が六行。キリが良くて覚えやすいし、間違えようがないわ」


「おかしいわね。私が今朝登校して教室を見回した時、机は二十九個しか無かったわよ」



 な、なんだって? そんなハズはない。だって、先生の点呼でも全員が返事をしていたし……。



「ねぇ、思うんだけど。……私達、誰かのことを忘れてるんじゃないかしら」


「だ、誰かって?」


「それがわかれば苦労しないわよ。でも……とっても大切な誰かだった気がするの」



 食べ終わったお弁当箱を片付けながらマリンが言った。それを聞いたアンズもどうやら思い当たる節があるのか、頭をひねっている。



「それって、私をイジメてるグループの人と関わりがあるんですかね?」


「あら、どうして?」


「だって、あの人達も誰かを思い出せないようでしたから。……なんとなく覚えてるのは、彼女らはいつも私達の上には誰々がいるんだぞ! って脅してきたことですけど。私、その“上の人”とやらにイジメられたことは無い気がするんですよね」



 う、うーん。ますます訳が分からなくなってきたわ。いや、考えれば考えるほど、今日は昨日までと何もかもが違う気がするんだけど。マリンとアンズと私、普段なら集まるはずもない三人がこうして顔を並べてご飯を食べている時点でね。



「とにかく、教室に戻って考えましょうか。午後の授業が始まっちゃうわよ」



 マリンに促されて時計を見ると、もう昼休みの終了を告げるチャイムがあと5分ほどで鳴ってしまうところだった。慌ててお弁当箱を片付けると、私達は立ち上がってスカートの裾を整える。



「おい」



 そして屋上から出ようとした時、待ち伏せでもしていたのか。クラスの男子がいつの間にか屋上の入り口に立っていた。……あれは縁安ふちやすくんだったかしら。アンズがイジメられる前のターゲットだったハズだけど。その証拠に、アンズは気まずそうに顔を伏せていた。



「な、何?」


「今日学校が終わったら、これを起動しろよ。……お前ら三人で」



 突き出された、小汚い包み。押し付けられるように突き出されたので、私は思わずそれを受け取ってしまう。それは、見た目よりズシリと重かった。

 


「ちょ、ちょっと。気味が悪いわね、何よこれ?」


「開けたら分かる。良いか、絶対だぞ! 確かに伝えたからな」



 そのまま、彼は逃げるように立ち去ってしまう。目を点にして立ち尽くす私達だったが、チャイムが鳴るのを聞いて訳も分からないまま走り出すことになってしまった。







 放課後。律儀にも、私達は教室で三人集まって例の包みを前にしていた。開ければ分かるということだったが、なんだか緊張してしまって中々手が伸びない。



「……ええい!」



 埒が明かないと、私は思い切ってその包み紙をビリビリと破いてやった。中から出てきたのは……ゲーム機? どうやら携帯ゲームらしく、電池式のようだった。見たことのないハードだったけど、コンセントを探さなくて良いのは助かる。スマホを充電してるだけで怒られちゃうからね、ウチの学校。



「起動しろ、って言ってましたけど」


「ここまで来たらやってみましょうよ。何もなかったら、縁安ふちやすくんに返してあげれば良いんだし」



 う、うーん。まぁ確かにそうね。マリンとアンズに促されるようにスイッチを入れる私。ブウン、という起動音がしたあと、画面に出た文字。



『―記憶伝説― メモリーズレジェンド』



「な、なにこれ」


「今のところは普通のゲームみたいね?」



 なにこれ、このままプレイしろってこと? ……だけど、おかしいわね。普通のゲームなら音楽とかオープニングムービーが流れたりするところでしょうに。相変わらず、画面は真っ暗なままだ。



「壊れちゃってるんでしょうか」


「やたら汚い紙に包まれていたから……何だったのかしらね、これ」


「うーん。気味が悪いけど、もう帰りましょうか」



 何も起きないことに少々落胆し、私は電源を落とそうとする。



「ッ! ちょっとまって!」



 その時だった。真っ黒の画面に、何かが表示されている。



『あー。あー。テスト、テスト。


見えてる? 見えてるかなー。あーあー。


なんか緊張感なくてごめんねー。しかもそっちの声は聞こえないもんだから。


一方通行になっちゃうねー。』



 な、なにかしらこれは。随分間抜けな話しかけ方をしてくるというか。



「斬新な始まり方ですね……」



 アンズが精一杯の褒め言葉を投げかけている。斬新というか、妙というか。私は切りかけた電源ボタンから手を離した。



『あー。何から言えばいいかなー。まずは、謝らないといけないねー。


みんな本当にごめん! って言っても覚えてないだろうけどねー。


これが起動してるってことは、メッセンジャーの彼は無事に役割遂行してくれたんだねー。


良かった良かった。危うく彼だけまたこっちに招待するところだったよー』



 話が読めない。チラリと他の二人の様子を見ると、アンズは首を傾げ、マリンは何か考え込んでいる様子だ。私は画面に目を戻した。



『さて。一から説明してしまうと、みんながこの世界から去った後。


私は神もとい魔王と交渉して、この世界を作り直す権利を得ることになりました。


でもって、私の中に記憶の力として溜まっていたみんなの魂を、元の世界に戻したってわけー。


人類滅亡なんて笑えないからねー、勝手な判断だったかもしれないけど上手くいって良かったよー』



「……魔王とか神とか、話が読めないわ」


「なんだか……殺伐としたお話なんでしょうか?」


「……」



 私とアンズは思い思いに感想をこぼすが、相変わらずマリンは何かを考えている様子だ。



『さて、こっちの状況だけど。


縁安ふちやすくん、および魔王が作った世界はバランスがメチャクチャだったからねー。


結局ほとんど作り直すことになっちゃって、えらく時間がかかっちゃった。


……あっ、みんなにとっては時間は経ってないのか? まぁいいや。


とにかく、キキョウもアリッサムもルピナスも、他のみんなも元気にやってるよー。


ついでにエスタロッテとか世界のバランスを崩しそうな人は、記憶を抜き取っちゃった』



「えっ」


「……ほとんどの名前はわからないけど。なんで縁安ふちやすくんの名前が出てくるのかしら?」



 全くもって意味が分からない。分からないハズなのに、何で私はホッとしているんだろうか? アンズやマリンに関しても、同様の感情が湧いているらしい。この気持ちは何なんだろう?



『あっ、その神さまもとい魔王のことだけど。なんだかねー、思ったよりこっちの世界に夢中みたいでー。


今はレベル上げで忙しいみたいだねー。


私の作った世界にどっぷりハマっているうちは、そっちに影響が出ることは当分無いんじゃないかなー。


いずれ神自身の情報も書き換えてやるつもりだけどねー。えへへ。


とにかく! 元の世界に戻ったみんなは、何も心配することはないってことー』



 頭では話を理解しようと必死なんだけど、ある情報が無いことでそれが拒まれているような感覚。なんだか物凄くもどかしい。信じられないけど、私達は別の世界にいたってことなの?



『マリン。目はちゃんと見えるようになったかなー? そっちの世界に魂を戻す時に、ちょちょいと


情報をいじってあげたからきっと治ってるハズなんだけどー。


アンズもクレハも危なっかしいから、お姉さん役として面倒みてあげてねー。


マリン自身も、私なんかがいなくてもきっと大丈夫! むしろ私が助けられてばっかりだったね!』



 ……な、なにこれ。私達の名前まで……?



『アンズ。魂の情報を元に戻してる時に気がついたんだけど、私の取り巻きがアンズを


イジメていたんだねー。私ったら全然気が付かなくって本当にごめん!


後ろ盾のないあいつらなんて何も怖くないから、これからはちゃんと抵抗するんだよー。


何かあればマリンやクレハが助けてくれるし、それに。


アンズは、アンズが自分自身で思ってるよりずっと強い子だから!』



 ど、どうして? 何が起こっているの?



『クレハ。まとめ役のクレハがいないと、なんとなく締まらないグループだからねー。


ちょっと空回りしちゃうところは心配だけど、クレハが誰よりも頑張りやさんで優しいってこと。


私達はちゃんと分かってるからね。


責任感が強すぎて、潰されないようにね。マリンやアンズがガス抜きのための良い相手になってくれるよー。


あ、そうそう。デコっぱち! なんて呼ばれても堂々とね! 私はその髪型かわいくて好きだよー』


「んなっ! 何よそれ!!」



 グイッ、と私は溢れ出す涙を拭って画面にツッコミを入れた。これは、ただのゲーム画面だ。なのに、それなのに、言葉の一つ一つが無視できない。……何で、私泣いてるの? 気がつけば、アンズもマリンも大粒の涙をポロポロとこぼしているようだった。



「ちょっと……アンタらまで何で泣いてんのよ。訳解んない……」


「グスッ、分からない、わからないんです! でも……とっても暖かい言葉で……」


「どうしてかしらね。みんな、目が真っ赤よ……?」



 画面が涙で滲んで読みにくくなってきた。拭っても拭っても、涙が止まらない。



『あ、あー。今回は時間切れみたい。


まだあんまりそっちには干渉できないかー。


まぁ、色々試して。次はもっと長い時間干渉できるようになるといいなー』



「ま、待って! まだ。まだ聞きたいことが!」



 マリンが画面に向かって叫ぶ。しかし、最初にゲーム画面で言っていたようにこちらの声は届いていないんだろう。ゲーム画面は、無情にもつらつらと文字を書き綴っていく。



『とにかく、最低限でも伝えたいことが言えて良かったよー。


私もみんなともう一回会いたかったなー。……。


ごめん、嘘。もう一回なんてことなかったや。


何回でも、ずっと一緒にいたい。


みんなで、もっと楽しく過ごしたい。また色々なものを見て歩きたい。


強がってるけど、本当は転げ回りたいほどみんなのことが羨ましい。


今の自分の立場は自分で選んだ道だけど。やっぱり……寂しいや。


……あはは。なーんて、自分勝手だよね。


じゃあ、文字数制限が迫ってるから。最後に一言。


みんな、本当にありがとう。


またいつか会える日まで。



コユキより』



「……!!!」



 全員で目を見開いて、その名前を頭の中で繰り返す。


 コユキ。コユキ。コユキ。何で忘れていた!?



「コユキちゃん!!!」



 しかし、マリンがゲーム画面に飛びついても。その画面は、二度と起動することはなかった。スイッチをカチカチといじっても、結果は同じ。



「どうしてよ……こんなの勝手すぎるじゃない……」



 そしてがっくりと、マリンは膝から崩れ落ちた。アンズがマリンに寄り添い、背中を擦ってあげている。



「マリンさん、コユキさんは言っていたじゃないですか」


「え?」



 マリンが涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげる。綺麗な顔が台無しだ。



「ふふ。いつも冷静なアンタがらしくないわね? あいつ、“また会える日まで”って言ってたわ」



 私も私で、無理やり笑顔を浮かべて見せた。ぐちゃぐちゃで不器用かもしれないが、精一杯に。



「コユキさんは、まだ諦めてないってことです。それなら、私達ができることは一つですよ」


「……そうね」



 マリンも、私達に向かって微笑み返す。いずれ、もしも奇跡が起きてコユキが帰ってくるなら。私達は、彼女のことを出迎えてあげる準備をしておかないといけない。



 いつの間にか、太陽は落ちかけて夕方になっていた。オレンジ色の光が教室の窓を照らす。自分たち以外がいなくなった寂しい教室。私達は三人で、ぼんやりと窓から夕日を眺める。



「ありがとう、コユキちゃん。また必ず、会いましょう。ぜったい、約束よ」



 マリンが、夕日に向かって小指を立てる。夕日に照らされた小指が幻想的に光り、とても綺麗だった。

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