表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

エピローグ:晴天青海の交差点

 冬は過ぎ、雪は晴れた。

 そして空には雲一つなく晴れやかで、際限なく広がっていた。

 地に限りはあるが、先に海が続いている。

 そのたゆたう波の傍に、来栖切絵はいた。


「なーに、真っ昼間から黄昏れてんの」

「お、天佳」


 振り返ると、港町の住宅地を背景に制服姿の鈴目天佳が立っていた。

 白いセーラー服が、午後の太陽を照り返し、腕組み、仁王立ちして、いつものようにつまらなさそうな顔をしている。


「制服姿、似合ってんな。入学おめっとさん」

「正確には、編入、ね」


 いつものように分厚い衣をまとっていないので、組んだ腕に支えられる胸のラインは、いつものように鮮明だった。

 その部位に注視していることを気取られないよう、切絵は慎重に視線を調整する。

 そして切絵本人も詰め襟姿だが、それに対するコメントは、ゼロだった。


「んじゃまぁ、始業式も終わったことだし、そろそろ行きますか」

 と、うながす。

 軽くアゴを引いた天佳は、同意らしい同意はせず、ただ頷くだけだった。

 だが一人、切絵の横を通り過ぎて、砂浜を歩いて行く。

「こっちから行くよ。そういう気分」

「お、おい、新品の靴に砂入っちゃうって」

「砂が入ろうと入るまいと、私の美貌に変わりもなけりゃ代わりもないのよ」

「……はいはい……」

 切絵は声で呆れ、顔で笑う。


「本当に、変わらねーな、お前は」


 去年の冬の暮れ、十二月二十三日、彼と彼女はこの浜で出会った。


~~~


 海岸沿いの花屋で、仏花ともなるカーネーションの束を買った。

 それを肩に担ぐようにして、切絵は半歩前を行く天佳を追って、海岸沿いに目的地を目指す。


「しっかし、お前のヘリも『アヴァロン』も、すっかり片付いちまったなぁ」

 真っ平らな水平線にそれとなく目を送り、切絵は微苦笑した。

 そんな切絵につかず離れず、先行する天佳が肩をすくめた。

「『キャラバン』の生き残りも、どこぞの専門の病院で、洗脳が解かれつつあるみたいね」

「それもこれも、あの人のおかげかねぇ」


 しみじみと言った切絵に、天佳が足を止めて振り返った。その表情の厳しさが、彼女の言わんとしていること、考えていることをありのまま伝わってくる。少年は一歩引いて「そー怖い顔すんな」となだめに回る。


「お前さんの編入手続きだって、あのオッサンが手配してくれたんだぜ? 腹蹴ったことに負い目感じてるんだろ? あの人も今どっかの高校で教師やるってハナシだし」

「あいつが? 青少年に暴力を振るうあのクズに、同じ世代を教え導く資格があるっての?」

「だからこそ思うところもあるんじゃねーの? ……あとそれ、本人の前で言うなよ。……いい歳してアレ、結構メンタル弱いんだから」

「そーゆーあんたは、どうなのよ? あいつのこと、許せるの?」

「やー、あの人の教え子が、俺たちの仲を取り持ってくれたんだけど……めっちゃおっかなくてさ。俺、最初の戦いでそのオンナノコに正面からやり合って……負けたし」

 気まずさを隠さず言うと、世にも珍しい、天佳の驚愕の表情を見ることができた。

「今でもあの『先生』をディスると、どっかから矢が飛んできそうで」

 その場にいない相手に聞かれないよう、自然と声量は抑えられたものになっていく。


 船月場が見えた。

 鳶が円を描いている先で、フェリーが近づいていた。

 肩に寄り添わせた花束をチラリと見て、切絵は少し控えめの声量で、


「思えば島津センセは、こだわり過ぎたんだろうな」


 と呟き、それが再び天佳の足を止めた。

 切絵はそのまま立ち止まらずに、彼女を追い抜いた。


「どれ一つとして、誰一人として切り捨てられなくて、それが好きだとか憎いとか関係なく、ひたすら向き合わなければならないと考えた。そして一度死ななきゃ、今まで欺いていた俺たちと向き合えなかった。まだ納得できてないし、自分でもよく分かってないけど、多分そういうことだと思う」


 天佳は切絵の口が止まる時を待っているように、じっと見つめたまま、終始無言だった。

「……悪いことしたかな」

 ぽつりと、こぼれ落ちた呟きに、天佳の口が反応した。

「後悔してんの?」

 咎めるような口調に、切絵は少しだけ思考する。

 ……首を振る。自然、口元がほころぶ。

 答えの決まったことを、考えるまでもなかった。


「いや、困ったことにな。悪いと思ってるのに、それ以上に嬉しいんだ。それに、昔言われた。『生きてしまった以上、好きに生きるがいい』。だから、それを言った人にはどうしても、死んで欲しくなかった」


 そして少年は柔らかな砂の浜を進む。

 確かならない道だったが、先は見えている。

 傍らでは果てなく全て受け入れるような海と、ひたすらに高らかな蒼天が自分を見守ってくれているようだった。


「父さん、センセ、俺は誰かの望むような誰かにはなれなかったけど、それでも俺がしたことは、俺が望む俺に近づくための、一歩かな」


 波止場にフェリーが接近した。

 天佳が隣に並び立ち、ようやく頑なな腕組みを解いた。

「……それでも、恨まれても仕方のないことをした」


「そりゃ」

 と、




「死のうとしてたところを爆発から切り離されて『ハルファス』と『セエレ』に他の残党もろとも放り込まれたら、恨み言の一つでもぶつけたくなるでしょうよ」




 天佳はあっけらかんとした、実に彼女らしい口調で、ばっさりと切り捨てた。

 悲喜ないまぜになった表情で、細めた眼を正面に投げる切絵を、「それでも」と天佳が付け加えた言葉が、彼をそちらへと向かせた。


「正しくても、正しくなくても。手が伸ばしたのがあんただからこそ、救われた人間もいるんじゃないの」


 振り向いた切絵を驚かせたのは、天佳の、年相応の少女らしい満面の笑みだった。

 目の前で花開くその光景は何にも代え難いものだった。

 できる限り目に焼き付けておきたいが、着港を報せる音声に、思わず正面を向いてしまう。

 次に横目で見たときには、既にいつもの仏頂面に戻っていた。

 幻であったかのように。


 ――けど、この胸にこみ上げる喜びは、嘘じゃない。


 船から乗客が降りてくる。

 二百人以上はいるかという人波の中、一際目を惹く影がある。

 誰よりも、見覚えがある彼女の姿があった。


 喜びを口角に残したままに、切絵は彼女へ歩み寄り、彼女は切絵に近づいてくる。


 ――第一声はどうしようか?


 数ヶ月に及ぶ本土の査問会を経て、そのまま去ることなく自分たちの下へ帰ってきてくれた、この恩師に向けて、放つ一言。

 出迎えのために花ばかり用意して、それを考えてくるのを忘れていた。

 いや、考えるまでもないことだった。

 花よりも先に、まずこの右手を。

 ありったけの感謝を込めて、




「おかえり」


 


 混じりけのない、彼の心から生まれた純粋な笑顔と共に。




「ただいま」




 そして彼女は少年の手を掴む。

 二年前と変わらない、確かな力強さと優しさで。


 四月一日。

 空は青かった。

 海も青くて、濃くて、豊かで美しい。

 青い波が砂浜にたどり着けば、白く砕けて泡となる。

  

その交錯の中で、少年と、少女と彼女は、確かに生きていた。

はい。また遅れて申し訳ありません(第一声)


別にゲームにハマってたとかそんなわけ(だけ)じゃなく、今の今まで結末が決まっていなかったのが現状です。


彼女を、生かすべきか、殺すべきか。


しかしまぁ、三流でもハッピーエンドの方が私は好きで、好きに書けるうちは好きに書こうと思い、こんな結末にしました。


自分で考える今作の反省点は書くペースと、内容の粗さ、あと、多大な説教くささとテンポの悪さ、キャラのブレ……まぁいつもどおりですね。


元々は短編を予定していたのですが、グダグダ書いてたせいでこんな期間の話数の長さに。


それでもなんとか本年度中に終わらせられました。

外伝はこっそり追加する予定ですが、まぁ例の如くひとまずこれで完結扱いとします。


しかし、ネタとしては点在していますが、それをストーリーとしてまとめることは今後ないかと思いますので、どこぞのと違い第二部等は予定していません。


百地シリーズは三部を予定していますが、時系列的にはこれが第二部です。

次回作は……順列おかしいですけど第一部を予定しています。


……第三部の方、気づいたら一ヶ月放置してますけど……


とにもかくにも、ここまでのお読みいただき、ありがとうございます。

感想等も引き続きお受けしますので、なにとぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ