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第十四波「雪下船上の十干理」

 ――さながら閨で男を待つ花嫁の顔だった。


 島津が唖然としたのは一瞬。だが、すぐにその表情は今まで見たことのない歓喜の表情に変わる。

 だが伸ばされた両手は男を抱きしめるためにあるわけではなさそうだった。

 両腕に渦巻きたぎる鬼火は、その待ち人を屠るためにある。

 ジワジワと、押し隠しきれない獰猛さが、その喜びの中、毒のように入り交じる。


「Mixing……No.1×No.9!」


 鎚と拳が交叉する。

 互いに弾き返される。だがそのきりもみに巻き込むようにして、天佳を抱き、奪い返す。


「Mixing No.4×No.9!」


 構え直して振り下ろした『ソロモン』は、スウェーでたやすくかわされる。

 ……それで、良い。

 穿った穴は地に穴を開けない。

 No.4『ハルファス』。

 切絵の王国へと続く、そこへと繋がる入り口を作り出す。


 切絵は天佳を抱えたままに、その穴に飛び込んだ。


 ~~~


 石畳の上に落ちて、転がって落下の衝撃を受け流す。

 見た感じ、地下層の倉庫のような場所にたどり着いたらしい。

 どうしてそんな場所があるのか? どうしてそんな場所に行き着くのか。

 自分の本能か、無意識のすることなのか。

 それすらも、切絵には分からなかった。

 ただ、あるなら使うだけだ。

 天佳を救い、守るために。


 ――これでひとまず、第一目標は達成か。

 だが『保管庫』の扉は、もう開いてしまった。

 それを封印……いや、中の『トライバル』を滅し尽くさない限り、鈴目天佳の、筆島の、世界の、真の平穏は訪れない。


「悪い、天佳。少し、ここにいて……ッ!」


 雷がすぐ耳元に降ってきたような音だった。

 確か自分が『セエレ』に封じられていた時も、そんな音をさせながら、脱出を図った記憶があった。


 そういうものだろうか?


 ――空間の壁を、破壊するという衝撃音は。


 『キャラバン』副長、

 『マルコキアス』

 島津新野。


 彼女は現世と隔てられたその世界、その石壁に、爪痕のような亀裂が数本、斜めがけに入る。その傷口を蹴破るようにして、表情一つ変えずに彼女は進入した。

 うっすらと青みがかった、無数の氷片をまき散らしながら。


「入り口が見えたのなら、その中へ肉体を押し通す術など、無数にある」


 めちゃくちゃな理屈を、さも平然と独り呟く。火球が手の表から吐き出され、切絵たちを狙った。

「……あっちの方がバケモノに見えるわ」

 切絵は顔を強ばらせる天佳を腕の中に入れながら、切絵は考える。


 ――やはり危険すぎる。置いていって――否――この人相手には置くヒマすら作れない。

第一、この人は俺を知っている。……天佳が俺に対して人質として有効なことを、知っている。……だがこのまま船から離れれば、それは……


 飛び退きながら、ぐるぐると思考を巡らせる。

 そんな切絵に、


「飛びなさいよ。『アヴァロン』に」


 事も無げに、天佳は言った。


 猛攻は止まない。

 間断尽かせず、二の火箭、三の火箭は飛んでくる。手の塞がれた切絵は、片足でそれをさばいていく。


「……良いのか?」

「『良いのか』じゃないの。この戦いを始めたのは私だし、結局開けたのは私なのよ。しっかりケジメつける義務があるのよ。私には」

「……っ! あぁ……」

 この無鉄砲なまでの一本気が、目の前の理不尽の塊と対峙する勇気をくれる。

 ――少女が世界一と信じる自身の肉体と魂を、自分に委ねてくれている。だから俺は……この時だけは……世界一強くなくちゃならないっ!


「……Mixing No.4×No.X『セエレ』!」


 再び人馬一対の刻印をくぐり抜け、切絵たちは現世の戦場へと身を返す。


~~~


 追撃し、切絵たちがくぐった刻印が閉じきる前に、島津は自身もそれを使用し、現実世界へと躍り出た。


 抜けた先は、空だった。

 目測にして、上空百メートル程度。

 黒々とした夜の帳。曇って濁った、吐息さえ凍り付くような空気。

 ビョオビョオと吹き荒れる白い雪はどこかよそよそしく、彼女と、落ちていく異形の少年たちと、その下にある船舶を通り過ぎていった。


 『爪』が、空気中の水分を凝固し、凍結し、それを一気に爆発させる。それを推進力に、島津は切絵を追った。

 『牙』が、熱を呼び、足に怪炎が宿り繰り出される跳び蹴り。


「Mixing No.1×No.3!」


 対する切絵、天佳を片腕に収めたまま、腕から、鎖から、槍を伸ばして迎撃する。

 対する島津、突き出た足でそのまま槍の穂先を弾き返す。


 切絵は避けられた槍を手繰るようにして、鎖を操り、船から伸びたアンテナを、そのまま絡め取った。

 その鉄の命綱を頼りに、甲板へと降り立った。

 島津もまた、槍を蹴飛ばした反動と『マルコキアス』の力を利用し、そのまま管制室の窓ガラスを突き破り、艦内へと戻った。

 お互い、軽傷ですらない。

 ガラス片を払いつつ立ち上がった島津の傍らで、


「よくもまぁノコノコと戻ってこられたもんだな、口だけ女」

 黒米の舌打ちと、悪態が出迎えてくれた。

 その横顔には、生々しく足跡が残されていた。


 電灯がついているということは、『アリアンロッド』の停止命令は解除されたらしい。

 これで、もう鈴目天佳の突きつけた要求を呑み、彼女らを生かしておく必要はないということだ。

 もっとも、向こうも切絵の無事が確認できたのだから、むざむざ殺されることもなくなったというわけだが。


「まぁ良い。面白いお祭りが見られるぞ」


 順を追い、艦内の機能は回復していく。

 そして甲板の上の、本来は離陸のために使われる照明も、点灯を始めていった。

 照らし出されたのは、切絵と天佳、そして……自分たちや操船者を除く『キャラバン』の戦闘員たちだった。

 数にして九十名近く。

 離脱者を除くほぼ全ての戦力が、切絵たちを取り囲んでいた。


「正義の戦士たち諸君!」

 黒米お得意の、大音声の大演説が、マイクを通して始まった。


「見たか、あのおぞましい姿を!? 見たか、そのおぞましい生物にすがってまで生きようとする生き汚さを!? あれが自分を犠牲にすることなく意志もなければ正義もない者の末路だっ! あれこそが、諸君らの敵だっ! いや敵とすら呼べようか!? 考えても見たまえ! 諸君らには何物をも顧みず、自らの使命を行う勇気があるっ! その胸に宿る正義の魂がある! あのような輩に、我らが敗れる道理がないっ! 確かに今までは敗北を喫してきた! だが敗れた彼らには正義を信じる心が足りなかったのだ! それだけが敗因だ! だが諸君らはどうだ!? 諸君らは生きて、その場に立っている! 揺るぎない勝利を目前にして! 『正義は最後に、必ず勝つ』! 今こそがその時だ! いかな戦い方をしようとも、諸君らの正当性は私が保証しようではないか! 隣の友人を欺いても良い、踏み台にしても良い! その小娘を人質にとっても良い! 寄ってたかってリンチにしても良い! 見せしめとして処刑することさえ許される! 例え汚れようとも泥をかぶろうとも、悪をくじくために戦う! それこそが正義のヒーローだからだっ! 正義のためなら……すべての悪事は……許されるッ!」


 沸き立つ喝采のようなものはなかった。

 だが、こんな長広舌でも、眼下に展開する少年少女たちの、憎むべき敵へと向ける熱意と戦意と殺意は、より一層の厳しさを増していた。


「……口だけ達者なのはどっちなんだか」


 呆れる島津の声など、この静かな熱狂の中では誰にも届かない。

「やれっ!」

 短く発せられた命令に、

「一番槍、もらったぁ!」

 まず刻印から作り出した十文字槍を携えた赤いジャケット姿の青年が、熱く叫んでしごいて突き出す。


「Mixing No.1×No.X『バール』!」


 切絵は、槍の軌道上を軽々と飛び越えた。

 入り違いになるように繰り出された跳び蹴りは、無数の刃となって、青年の全身に無数の裂傷をつけた。


 そこからは、怒濤だった。


「Mixing No.2『カイム』×No.X『フルフル』!」


 右手で紫電を帯びた剣をかざし、甲板を蹴った。

 曲がることなく、直線の上の、面食らった様子の『保管者』たちを、一、二、三……と鎧袖一触に屠っていく。


「Mixing No.3『フラウロス』×No.X『アリアンロッド』……」


 現れた大槍を船上に突き立てると、再び動力は停止する。


 ――やはり『アリアンロッド』まで抽出していたか。


 黒米の怒号がうるさい暗闇の中、島津だけは、心の中の声を弾ませる。

「舐めるな! 夜襲不意打ちは我らの本領! 壬生狼、参るぞ!」


 浅黄色のだんだら模様で着飾った男が、最後方から刀をひっさげ、駆けていく。

 その腕の中で赤く獣の『トライバル』が輝き、彼の姿を真似た、『トライバル』の人型が幾重にも分身する。


 そして彼と、彼の使役する影の刃はほぼ同時に、少女を抱きかかえた怪物の影を取り囲み、

「草攻剣を仕掛けるぞ!」

 体当たり気味に、三本の剣は突き立てられた。


 ――とまぁ、アレには見えているのだろうが……


「No.4『ハルファス』×No.X『セエレ』……」


 コピーの『アリアンロッド』が解除され、電力が回復する。

 照明の中、包囲から突出した彼と彼の『トライバル』が刃を突き立てていたのは、盾。

 三頭の猛犬の首が前面から生えた、人の身長ほどもある、巨大で方形の板だった。

 その上に、本当の切絵と天佳は立っている。


「No.6『ケルベロス』×No.X『ベリアル』」

 暗所と敵の単純さが、その盾を、全然形の違う切絵たちの姿に見せたらしい。


「く、うぅ……!」

 捨て身の覚悟で突き立てた刃が仇となる。

 なかなか抜けずに苦心する彼の前に、腕組みした天佳が降り立ち、

「邪魔!」

 と、本体の顔面を無慈悲に蹴り飛ばした。

 顔にめり込むほどの一撃は、男から意識を奪い取り、その幻影たちや、結局は引き抜かれることなく残された刀も、光の泡になって消滅した。


「っ! 何やってる! 囲め! 味方に当たっても構わん! 殺せ、殺せ!」


 掴んだマイクにかじりつくようにして、黒米はがなり立てる。

 その光景が滑稽ながら、そのハウリング音は耳にこたえる。

 笑いたいような、痛々しいような、そんな複雑な表情を作りながら、品格を失った彼を島津は見つめていた。


 そんな指揮官に、熱狂する捨て駒たちは何ら疑問も抱かないらしい。

 すぐさま陣形を組み直し、純白のローブを羽織った少女達数人は、自分たちの目の前に『トライバル』の刻印を重ねる。

 以前天佳を襲撃した際にも出された、砲撃タイプ。

 挫けそうになった心を支えるために必要なのか、必要もない呪文のようなものを、手を握り合いながらブツブツと繰り返していた。


 だがそんな隙を待つほど出来た人間ではないからこそ、『怪人』なのだ。


「No.6『ケルベロス』×No.X……『霹靂(へきれき)』」


 盾に備わった犬の口が伸びて、舌……いや、人の腕ほどの太さはある大矢が一本ずつ、計三本突き出て少女たちに狙いを定めた。

 恐怖で表情を歪ませる哀れな標的に、ためらいのない狙撃が行われ、同じく発射するところだった『刻印』の砲は、その寸前で止められたどころか、彼女たちを巻き込む暴発を起こした。


 ――だが、あの弓。

 形状も、個体名も、筆島に潜伏して調べていた島津の記憶にはないものだった。


 ――いや。あれの源流は『トライバル』ではない。


 彼は破壊したものを『トライバル』として再生し、コピーする。オリジナルが『トライバル』以外の異能であったとしても、構わないのだ。


「あれは、射場の小娘の……っ!」


 だが、黒米の言葉からあえて見当をつけるとすれば、『キャラバン』と協力していた射場家が開発したという、特殊な術式。あるいは自分の認可していない部分で、黒米か、あるいは射場家が独断で『トライバル・X』を捕獲しようと、派遣していたのではないだろうか。

 それがかえって、自分たちを苦しませることとなるとは、その時点では思いもしなかっただろうが。


 ――しかしまぁこの数の多さだ。

 実質切絵一人、少女の身を庇いながらの奮戦だ。

 少なからず、黒米の指示通りに数で押せば、必ず隙は生まれる。


 そう島津が思考した矢先に、その見立て通りの事態が起こった。


「捕ったァ!」

 切絵が包囲網を狭めた敵の対処に追われている中に、僧形のような屈強な男が、天佳の首を掴んで締め上げる。

 その全身を覆う刻印が、男の屈強な肉体を増強させていることを示している。それに捕らえられた天佳にとっては、万力でねじ切られる痛みにも匹敵するはずだった。


「っ!」

 切絵が慌ててそちらを駆け寄ろうとするが、その目の前を、空飛ぶ人間がよぎる。

 蝶、鳥、あるいは天使か、悪魔か、ドラゴンか、

 様々な形をした『刻印』の羽を打って、上空に『保管者』の空戦部隊が展開している。


 天佳は震えるその手を伸ばす。

 だが彼女の手には、すがる様子も媚びる弱さもない。

「立ち向かえるものを、よこせ」

 遠目からでも、衰えることのない覇気のようなものが見えた。


「Mixing No.8『フェニックス』×No.3『フラウロス』ッ!」

 『トライバル・X』のその背にも、実体を持った翼のようなものが二枚、生え、展開する。

 羽を打ち、一度宙に高く飛び上がると、大きくその身を旋回させ、まとわりつく空の戦士たちを、一度拡散させる。

 そして左手には、鎖によって腕と繋がれた槍。僧兵に向けて、それを投げつける。

「おっと! ヘヘッ、あーぶね」

 と、その坊主は得意げだったが、

「ふがっ!?」

 油断したその表情に、天佳の肘鉄が入る。

 その男の掛けた圧力が弱まったのは、ダメージを受けたからというより、驚きが原因だろう。

 精神と反射までは、『刻印』による肉体強化の恩恵を受けきることができなかったようだ。

 解放された天佳は、すかさずその鎖を掴んだ。

 甲板に突き刺さった穂先は引き抜かれ、天佳を牽引して主の下へとたぐり寄せられていく。


「けぇぇぇぇっ!?」


 出っ歯で背の低い男が、宙に浮かぶ波の刻印を、まるでトランポリンのように跳ね回り、天佳が切絵と合流しようとするのを巧みに阻止する。

 その度に鎖は大きく揺れ、天佳は振り回される。

「……っ!」

 だが天佳は何を思ったか、

 手放した。

 自らの命綱を。

 落下すればひとたまりもない高度に達しつつあるところで。


「へっ!?」


 驚愕に歪む顔に、天佳の靴底が叩きつけられた。

 落下していくネズミ男とは対照に、蹴った天佳はその反動で再び鎖に飛びついた。


 ――だがその突拍子もない行動に打ち合わせなどあったわけがない。切絵の胸中はいかばかりか。

 今は敵ながら、島津は同情した。


 だがその切絵もまた、敵の追撃を振り切り、天佳を伴い急上昇を続ける中で、前触れもなく、天佳を高々と、槍ごと放り投げた。

 転身し、上空で空戦部隊を迎撃する構えをとると、


「Mixing No.5『レラジェ』×No.8『フェニックス』!」


 大きく羽ばたくその翼から、黒々とした旋風が巻き起こる。

 その風に煽られて、彼らを空へと舞わせていた『トライバル』は腐食を起こし、大半は海へと向かってバラバラと墜落していった。

 落ちてきた天佳を抱き留めた切絵は、そのままゆっくりと彼女と共に甲板へと降り立った。



 ――見事なものだ。

 と島津は思う。

 切絵にしろ、天佳にしろ、それぞれ出来ることをしていると思う。敵ながら、彼らのがんばりを再評価したくなった。

 本当は自分もすぐさまあの場に飛び込み、戦闘に参加したかった。

 だが、状況がそれを許さない。

 うかつに手を出して、切絵の持つ『切り札』、『保管庫』を打倒しうる唯一の、あの攻撃に巻き込まれては、元も子もない。


 そしてこの展開に、誰よりも腹を立てていたのは他ならぬ黒米だった。


「……っ! 二人相手に何を手こずってる!? もう良いオレがやるっ!」


 黒米はそう言って、ようやく自らの本領を発揮する。

 弓矢の『刻印』が刻まれたその手を、壁に向けて叩きつける。

 その『トライバル』……『バルバトス』に浸食された戦艦は、小刻みに揺れ始めた。

 やがてその揺れは大きくなり、今目の前で戦艦は劇的な変化を遂げようとしていた。その途中、揺れに振り落とされた船員がいたとしても、まるで止まる気配はなかった。


 金属は隆起し、融解し、融合し、あるいは分離し、バリエーションに富んだ物体を形成していく。

 機銃が五十、砲台は固定のものが二基、移動するものが四基、そしてむき出しのミサイル、伸縮ロボットアームに、アサルトライフルや軽機関銃や火炎放射器らしきものが取り付けられている。

本来これがミサイル巡洋艦であることを考えれば、ありえないほどの過積載だ。


 これが、『トライバル・バルバトス』の能力。

 能力の及ぶ範囲でありとあらゆるものを武装させてしまう、というものである。

 空気中、あるいは動物の血液内の鉄分を使用し、無数の弾丸さえ精製してしまう。

 彼にかかれば、粗大ゴミですら一個師団のそれに相当する兵装を、瞬く間に作り上げてしまうだろう。

 まさしく、『死の商人』にお似合いの能力ではある。


 そしてこの規格外の能力を黒米が出し惜しみしていたのは、その威力ゆえに外で使えばいやでも波風が立つ、そして『ベリアル』こと、曲輪行人の動向を警戒し、この艦を離れるわけにはいかなかったからだ。


「二人ともがんばった。いや健闘した、健闘したんだ! クソムカつくほどになぁ! だがもう良いだろう! これ以上オレの損をさせないでくれよっ!」


 キンキンと、その雑音がハウリングする中、未だ五十名以上いる『キャラバン』の構成員が、少年たちを取り囲む。空にいた奴らも秩序を取り戻し、陣形を組み直している。それを突破するのは、難しそうだった。

 切絵は抱き留めていた天佳を従者のようにうやうやしく下ろし、「天佳」と短く彼女の名を呼ぶ。

 

「ほんの少しだけで良い。ほんの少し……身を隠してもらえないか?」

「なんでよ?」

 嘆願するような『トライバル・X』の言葉にも、絶体絶命な危機を前にしても、鈴目天佳はいつもの傲岸不遜な態度を貫いていた。


「これから俺は、『保管庫』を打ち砕く」

 と、少年はごく普通に言った。


 黒米ならばゲラゲラと笑い飛ばしているところだろうが、彼の脳はこの突拍子もないセリフに対し、理解を拒んでいるようだった。

 だが島津は違った。

 ――ようやく来るか。

 切絵の本領が、本気が、全力、真価が、

 その予感に、思わず拳にも力が籠もる。


 そしてごく普通に、少女は

「良いよ」

 と返した。


「その代わり、それ終わったらちゃんと呼びなさいよね」

 それは、本来ならば何事もなく、彼らが今日この日を平穏に過ごしていれば、

「少し寝てるから、年が変わりそうだったら教えてね」

 とでも言うかのような、年末の日常のような気軽さだった。


「……Mixing No.1×No.4」

 切絵は異界の扉に、少女を送る。

 流れるような動作に隙はなく、彼女が隠されるのに一発の銃弾も飛ばなかった。


「なんだ? 今度はお前が一人、命乞いでもするか?」

 単騎、徒手で居残った切絵に対し、優越感たっぷりに黒米がマイクで呼びかける。

 だが切絵はそれを無視し、虚空に半開きの手をかざした。


 ――あぁそう言えば。

 と島津は笑う。

 ここに来てから、いやここに来る前も一度も、少年は、敵であるはずの『キャラバン』リーダーに一切の感想を示していない。

 事の始めから、彼にとってコレは、『どうでも良い存在』なのだろう。

 ……男のかつての主と、姿は違えと、態度が似ていた。


「Mixing No.X……」


 その前口上は、弛緩し始めた空気を一変させた。

 次は、何が来る?

 来る前に、殺す。

 そんな殺意と恐怖がないまぜになって、冬の潮風は彼らの身を張り詰めさせる。


「『盤古』『霹靂』『王道』『雷公』『アリアンロッド』『フルフル』『ベリアル』『バール』『マルコキアス』『セエレ』……」

 それは、今まで彼が飲み喰らい、島津が意図的に捧げ続けた供物の名だった。


 ――やっと。やっとだ。

 この読み上げる低い声を聞くだけで、全てが報われた気がした。


「×No.0」

 そこで切絵は一度、天を仰いだ。

 風が少し穏やかになり、横殴りの雪は、ちらちらとした粉雪に変わりつつあった。






「甲」

 それは、まるで言葉を覚えたての子どもが字を書きなぞるよう、






「乙・丙・丁・戊・己」

 聖歌隊の少年たちが楽譜どおりに歌を詠み上げるよう、

 たどたどしくも、つまづきながらも、一言一句、全神経と誠心誠意を傾けるように、切絵は言葉を紡いでいく。

 その度に、かざしたその手の中、『トライバル』の塊から何かを作り上げていく。

 水のように踊り、火のように沸き立ち、木のように萌え育み、土のようにこね上げ、金のように光り輝く。


「庚・辛・壬・癸」

 瞬間、黒米は目を剥き、攻撃することを忘れたようだった。

 

「ば、バカな……そんなバカなっ!? やめろッ、止めさせろ!」

 自分たちのリーダーの尋常ならざる怯えように、眼下の少年少女は戸惑いを隠せないでいた。

 だが、手遅れだった。

 『トライバル・X』の手の中に、杭があった。

 六方形の底の、黒ずんだ杭。

 手に余る程度の小さなそれに、凝り固められた力のみなぎりを感じる。


封神(ほうしん)十干(じゅっかん)……!? ありえないっ! その術を使える人間は……あいつは、死んだはずだッ!」

 亡霊でも見たような心地だったろう。黒米金充は、青ざめ、紫に変色した唇をわななかせていた。

 そこでようやく切絵は、男に対して初めて返答をした。

「そう。この祝詞は人あらざる力を天へと返す儀式の歌。同時に、十の神魔を戒め縛る未完の音曲。……あんたの言うとおり、あの男は結局、この術を完成させないままに死んでいった。それを受け継ぐ俺に出来るのは、せいぜい己に溜め込まれた毒を、天へと返すだけのことだ」


「は、ははは……そうか。お前……」

 そこでようやく黒米も、少年の正体、来栖切絵、『トライバル・X』以外の真の名前に、たどり着いたようだった。

 だけ、という言葉。

 それがこの衰えていた男に勇気を与えた。コンソールに手を叩きつけ、身を乗り出し、

「ただの自滅行為に何の意味がある!?」

 吠え立てる。


「……そう、未完成」


 切絵は気のない独り言と共に、べたりと地面に腰を下ろした。

 諦めた、とは違う。

 まるで礼賛でもするかのように、濡れた甲板の上、楚々と跪く。

 杭を振り上げる。


 しかし、


「その余波がコントロールできずに、周囲一帯を巻き込むんだからな」


 黒米にはその言葉は、神罰に聞こえたろうか、悪魔の嘲笑に聞こえたろうか。


「Mixing No.0『封神十干』」


 次の瞬間、

 聖域は、その小さな傷口からあふれ出た無数の『X』の中に沈んだ。

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