『雲の彼方へ:始まり』
こんにちは、グスタフと申します。ブラジルの若手作者として自分の至らない点は自覚していますが、幼い頃から日本の文化や物語が大好きで、いつか自分でも作ってみたいと思っていました。読者の皆さんに最高の読書体験を届けられるよう、精一杯全力を尽くして執筆しました。
満月が街を照らし、行き交う車や人々の話し声が遠くで響いていた。
黒いフードをかぶった一人の少年が、ビルの屋上に腰掛け、見下ろすように街を眺めていた。
「どうして……全部こんな風に終わらなきゃいけなかったんだ?」
少年は静かに月を見上げた。
「ただ……もし、もう一度やり直せるなら……?」
「今度こそ、意味のあるものにしなきゃな」
少年は手を掲げ、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、彼の周囲の景色が急速に歪み始めた――。
◆ ◆ ◆
部屋の中で、一人の少年がPCに向かってゲームに没頭していた。部屋は足の踏み場もないほど散らかっている。
その時、彼の名を呼ぶ大声が響いた。
「ユリ!」
一人の女性がドアを開け、スーツケースを引きずりながら部屋へと押し入ってきた。
「ちょっと、ユリ! サプライズがあるんだけど!」
「何だよ?」
ユリはPCの画面から目を離さず、素っ気なく答えた。
「見て見て、誰だと思う? 私、婚約したの!」
彼女は誇らしげに手を掲げ、薬指の指輪を見せつけた。
そこでようやく振り返ったユリは、淡々と姉を祝福した。
「……おめでとう、姉さん」
「まったく、相変わらず部屋が散らかり放題じゃない」
「後で片付けるよ。それより……そのスーツケースは何?」
「ふふん、彼と同棲することになったの! すごくない?」
「は? 同棲? ……あいつがここに引っ越してくるってこと?」
「まさか! 意味わかんないんだけど? 私が出て行くのに決まってるでしょ」
思いがけない言葉に、ユリは数秒間言葉を失った。
やがて、抑えきれない怒りがこみ上げてくる。
「なっ……なんでだよ姉さん!? 約束を破るつもりか!? 俺たちの、あの誓いはどうなるんだよ!?」
「わかってるわよユリ、でもね……」
「もういいよ、オリヴィア姉さん」
ユリは冷たく言い放ち、再びPC画面へと向き直った。
「え?」
「行っていいよ」
「ちょっとユリ、あなたもう十分大きいでしょ。もう十八歳なのよ!」
彼女はため息をついてドアに手をかけ、出ていく間際に振り返らず告げた。
「体に気をつけてね。何かあったら連絡していいから」
ドアが閉まり、静まり返った部屋でユリは黙々とゲームを続けた。
ドアの向こう側で、オリヴィアは苛立ちを隠さずに呟く。
「クソみたいな国……あの後で、よくも私達を捨ててくれたわね」
「最悪……」
彼女は小さく息を吐き、静かにアパートを後にした。
数時間後――。
ユリは相変わらずゲームに没頭していたが、ついにキーボードを叩く手が止まった。
「クソッ!」
「よりによってこんな所で負けるかよ!?」
ふと、強烈な空腹感に襲われていることに気づく。
(最後に食べたのっていつだ……? 二十三時間前くらいか。何か腹に入れないと)
彼は重い腰を上げ、部屋を出た。
◆ ◆ ◆
凍えるような夜の街をユリは歩いていた。車の通りもほとんどない。
歩を進めるたび、孤立感が静かにまとわりついてくる。
やがて一軒のコンビニの前に到着し、自動ドアをくぐった。
「ユリ!」
ピンクの髪に紫色の瞳をした少女――この店の店員であるミナが、彼に声をかけてきた。
ユリは返事もせず、そのまま通り過ぎた。
「ちょっと! ユリ、無視しないでよ!?」
「話す体力も残ってないんだよ、ミナ……」
「そう言いながらしっかり喋ってるじゃない!」
「あー……はいはい、こんばんはミナ」
ユリはカップ麺とスナック菓子、清涼飲料水をごそっとレジのカウンターに置いた。
「前より一段と愛想がなくなったわねー。……もしかして、全然寝てないの?」
「長期休みに入ってから、まともに寝た記憶がないな」
「ユリ! 少しは寝なさいよ! 目が『休ませてくれ』って悲鳴あげてるわよ!」
「あと数日は持つ」
「はぁ、小さい頃からずっとそうなんだから……」
ミナは呆れながら商品をスキャンしていく。
「三百円になりますー」
「……十二時まで待ってくれたら、一緒にゲームできる?」
「努力はするけど、約束はしない」
◆ ◆ ◆
家に帰り着いたユリは、買ってきたものをテーブルにまとめて置き、キッチンへ向かう足を止めた。
(考えてみれば……もう終盤だしな。数時間くらい遅れても問題ないか)
彼は自室へ向かい、椅子に身を投げ出すと再びPCを起動した。
九時間後――。
限界を迎えていた。いつ倒れてもおかしくないほどの強烈な眠気。
ついに力尽き、顔面からキーボードへと倒れ込む。
意識が遠のいていくなかでもゲームを続けたい気持ちはあったが、猛烈な眠気には勝てなかった。
完全に意識を失う直前、画面の隅に通知が浮かび上がるのが見えた。
――ミナがサーバーに参加しました――
それを最後に、彼の意識は完全に途切れた。
ちゅんちゅん、と鳥のさえずりが耳に届く。
(鳥……? なんでこんな所で……?)
ゆっくりと目を開けると、巨大な大樹に背を預けて座っていた。
周囲には美しい庭園が広がり、花々が咲き乱れ、鳥たちが空を舞っている。
(ここはどこだ……?)
(確か、寝落ちしたはずだけど……まさか夢か?)
(夢にしては庭とか木とか妙なチョイスだけど、とりあえず探索してみるか)
立ち上がり、周囲を歩き始める。一本の大樹のそばを通り過ぎると、左右に木々が立ち並ぶ一本の長い道が現れた。
その道へ足を踏み入れ、先へと進む。だが、何かがおかしい。
どこまでも続いて見えるその道を歩くたび、足元から周囲の景色が色を失っていくのだ。
やがて世界の色彩が完全に消え去り、すべてが純白の空間へと変貌した。
振り返っても、歩いてきた道も、鳥も、森も跡形もなく消えている。
ユリが再び前方へ視線を戻すと――。
少し離れた場所に、何十人もの人だかりができていた。
その全員が、見上げるほど巨大な門の前に立っていた。
(なんなんだあの巨大な物体は……? なんであんなに人が集まってんだ?)
混乱する彼の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「ユリ!?」
群衆の隙間を縫って、ミナがこちらへ駆け寄ってくる。
「ミナ!?」
「ユリ!」
「なんでここにいるんだ? お前も寝落ちしたのか?」
「私の夢にユリが出てくるなんて思わなかったわ! 確かにちょっと気にはなってたけど、夢にまで出てくるなんて新しい体験ね!」
「何言ってんだよ! 本物の俺だよ!」
「ねえ、私飛べたりしないかな? 飛べたらすっごく面白そう!」
そう言うや否や、彼女はパッと跳び上がったが、そのまま勢いよく顔面から地面に激突した。
その瞬間、地響きのような激しい揺れが襲う。
ユリが固まっている群衆の方へ目を向けると、巨大な門が開き、中から神聖な光を纏った天の存在――天使のような異形が舞い降りてきた。
周囲の人々が一斉にひれ伏し始める。だが、ユリはその光景に強い胸騒ぎを覚えた。
顔を上げたミナの手を咄嗟に掴むと、彼はその場から走り出した。
「どうしたの、ユリ!?」
「ここから離れるぞ!」
――ガンッ!
目に見えない壁に衝突し、ユリは弾き飛ばされた。
目の前の空間を確かめるように手を伸ばした。
(壁……???)
突如、上空から天使の咆哮が響き渡った。
『戻れ!』
次の瞬間、ユリとミナの視界が歪み、強制的に転移させられた。
互いの手を握りしめたまま、二人は膝をついた姿勢で固定され、指一本動かすことすら許されない。
頭上に、異様な圧迫感がのしかかっていた。
『全員揃ったようですね。では、説明を始めましょう』
『第一に:貴方方は祝福されました。上位存在たる御方々が創造されしゲームへ参加する権利を得たのです。拒否権など存在しませんので、無駄な質問は控えなさい』
『第二に:ルールは極めて単純です。勝者はただ一人。故に、ライバルに対し慈悲など無用。どれほど汚い手段を使おうと一向に構いません』
『質問は手短にお願いします』
群衆の中から、酒に酔った中年男性が大声を張り上げた。
「ふざけるなッ! なんだよそのゲームってのは! 俺を家に返せ、このクソ野郎が!」
天使は答えなかった。
ただ静かに――その男の頭部が、前触れもなく破裂した。
「ッ――ぁぁぁあああッ!?」
阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、集団は一瞬でパニックに陥った。
逃げ惑う者、隠れようとする者、地面に這いつくばって頭を抱える者。
ユリとミナは、何が起きたのか直接見ることすらできず、恐怖に身を凍らせていた。体に力が入らず、首すら動かせない姿勢で固定されていたため、ただその場に留まるしかなかった。
ユリは目を見開き、心臓が破裂しそうなほど速く拍動するのを感じていた。
周囲の惨状も、ミナの表情も見えない。だが、彼の全身を支配していたのは――圧倒的な『恐怖』だった。
『チッ……戻れ!』
天使が苛立ちを露わに叫ぶと、逃げ惑っていた全員が再び元の場所へ転移させられ、その場にひれ伏した。
『誰も動かない方が身のためですよ』
天使は急に独り言を呟き始め、時間がないからすぐに試練を始めると告げた。
『まあ……聞き及ぶところによれば、もうすぐ刻限のようです。早々に始めましょう。あの方々も、そろそろ祝福を授ける頃でしょうから……』
その直後、空から金色の光を帯びた白い閃光が舞い降り、群衆の一人を貫いた。
続いて、無数の色とりどりの光の束が豪雨のように降り注ぎ、人々の体に突き刺さった。至る所から激痛に悶える悲鳴が上がった。
ミナの体にも一筋の光が直撃し、彼女はユリの手を振り払うようにして絶叫した。
ユリは狂乱し、背後にいる彼女の元へ向かおうと全身の力を振り絞ったが、指一本動かない。
やがて光の雨が止むと、天使は淡々と告げた。
『終わりですね。では、始めましょうか』
だが、天使は再び宙で動きを止め、誰かと会話するように呟き始めた。
『……一人残っている? 祝福を受けていない者が? 処分しますか? 排除? ……承知しました』
『ふむ……どうやら一人だけ漏れてしまったようですね。まさか計算違いが起こるとは、ハハハ』
ユリの全身に激しい戦慄が走った。自分には何も起きていない。残された一人とは、間違いなく自分のことだ。
心臓の鼓動がさらに跳ね上がる。
天使がユリを消滅させようと手を掲げたその時、再び何者かの声を聞いたように動きを止めた。
『……上位存在の御方が、彼を望んでおられる? ……承知いたしました』
天使はユリを見下ろし、嘲笑を込めて言った。
『どうやら命拾いしたようですね……ユリ・クナミ』
◆ ◆ ◆
漆黒の空間。
唯一の光が差し込む中央に、ひとつの手が掲げられていた。人差し指が静かに天を指している。
その指先へ、深く禍々しい青と黒の光が凝縮されていく――。
◆ ◆ ◆
空から降り注いだ青黒い閃光が、ユリを貫いた。
一瞬にして全身の血液が沸騰するかのような、言語を絶する激痛が襲った。
「ガ、ぁぁッ……!!」
地面に転がり、狂ったように悶絶したが、すでに立ち上がる力も、あらがう術も残されていなかった。
『これで全員に祝福が行き渡りました。それでは、最初の試練を始めましょう――『カルマの奉納』』
巨大な門が再び重々しい音を立てて開いた。
『誰も信用してはなりません。仲間も、同盟者も存在しない。忘れないことです……生き残る者は、ただ一人』
空間が歪み、巨大な門が恐ろしい吸引力で人々を呑み込み始めた。
力を奪われ、身動きの取れないユリもまた、抗う術なく暗黒の渦の中へと引きずり込まれていった――。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
この物語を楽しんでいただけたでしょうか?
感想やご意見、改善点などがあれば、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。
皆さんに満足していただける作品を目指して、これからも頑張っていきます!
それでは、次の章でお会いしましょう!




