第六話
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昼は日差しの中で物乞いの道具として地べたに転がされ、夜は冷たく暗い地下の牢屋へ投げ込まれる。そんな泥のような日常の中で、あの獣人の子供との牢での共同生活は始まった。
言葉を交わした記憶はほとんどない。体調が悪い時ぐらいだった気がする。
この世界の言葉を聞き取れはするが、上手く喋れなかったし、あいつは人間に対して強い警戒心を抱いていたからだ。
だが、夜の牢屋という閉ざされた暗闇の中で、俺たちは静かに肩を並べていた。
ある凍えるように寒い夜、俺が寒さと飢えでガタガタと震え、いよいよ命の灯火が消えかけていた時のことだ。 無言で近寄ってきた獣人が、俺の背中に自身の背中をピタリと合わせ、丸まるようにして座った。獣人特有の高い体温と微かな毛皮の温もりが、冷え切った俺の体をゆっくりと溶かしていった。
次の日には、あいつがどこからか掠め取ってきた硬いパンの切れ端を、俺の口に無造作にねじ込んできた。
昼間の街頭で受ける無関心や蔑みの視線、夜の牢屋での暴力。そんな過酷な日常の中で、その不器用な温もりと施しだけが、擦り切れて消えかけていた俺の胸に人間らしい「何か」を呼び戻してくれた。
しかし、そんなささやかな平穏も長くは続かない。 俺が三歳半を迎えた頃、ゴロツキの元締めが突然やってきて、俺の首根っこを掴み上げた。
「こいつはもう商品価値が落ちる。奴隷市場に流すぞ」
抵抗する間もなかった。獣人が鎖を鳴らして立ち上がり、牙を剥いて威嚇したが、大人の男数人に棒で打ち据えられた。 牢屋から引きずり出される直前、血を流しながら這いつくばる獣人と視線が合った。
黄金色の瞳が『死ぬなよ』と訴えかけているように見えた。
俺もまた心の中で『お前もな』と呟き、薄暗い牢屋をあとにした。
連れて行かれたのは、地下の奴隷競り市だった。 そこで待っていたのは、決定的な「モノ」としての烙印。
屈強な男に地面へ押さえつけられ、赤々と燃える炭火の中から取り出された鉄の焼き印が、俺の背中に押し当てられる。
「――っ!!??」
ジューッという肉の焦げる音と、激痛。 あまりの痛みに視界が白濁し、赤ん坊の声にならない絶叫が迸る。背中に刻まれた奴隷の紋章は、俺が人間ではなく家畜や物品に成り下がったことを示す消えない呪いだった。
競り市が始まっても、俺は檻の中で死んだように丸まっていた。 痩せこけて傷だらけの三歳児に価値などない。客たちは一瞥して通り過ぎる。もうどうでもよかった。
「……この子を」
不意に、静かな声が降ってきた。 濁った目を上げると、そこに立っていたのは大貴族ではなく、質素だが品のある服を着た中流貴族の夫婦だった。 妻はポロポロと涙を流しながら俺を見つめている。
「あなた、この子……うちの子と同じくらいの歳よ。こんなに傷ついて……」
「ああ……」
買い取られ、連れて行かれた先は、予想していた拷問部屋ではなく、清潔で暖かな屋敷だった。
しかし、どこか古く、貴族とは言いきれないような豪華さだった。しかし、そんなの関係ないぐらい、暖かく優しい。
温かいお湯で三年分の泥と汚れが優しく拭き取られ、背中の火傷には高価な薬が塗られた。
差し出された湯気の立つスープを一口すすると、涙が出るほど温かかった。
食事が終わると、夫が俺の頭に大きな手を優しく乗せた。
「辛かったね。でも、もう大丈夫だ」 「今日からお前は、私たちの子供よ。誰も傷つけさせない」
妻が俺を強く抱きしめる。その温もりに、亡き母の姿が重なった。 泥に塗れた物乞いと牢屋での屈辱も、今はすべてこの温かい腕の中に溶けていくようだった。
「お前の名前は……『レザン』。今日からあなたはレザンよ」
レザン。それが、俺の新しい名前。 俺は三歳半にして初めて、子供のように声を上げて泣いた。
失っていた家族の温もりと、新しい名前を、小さな胸に深く刻み込みながら。
一言:推しは剣聖、推し活しよう
読んでくださりありがとうございます!
なるべく週末の朝7時に更新をしていく所存です…
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