表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
103/103

エピローグその3 狂乱の聖女は、担任教師との恋を叶えた後も人生が終わらない~元聖女、今度は同人誌のモデルにされそうです~

 ――袈裟懸村襲撃事件から半年。


 世界は、ようやく平穏を取り戻していた。


 ……少なくとも、表面上は。


 黒い球体。


 外界から完全に隔絶された空間。


 そこは、人の世界ではない。


 神でも、悪魔でも、魔王でもない。


 ただ観測する者。


 超越者たちの領域。


 その中心。


 巨大な黒い机の前に、一人の少女が立っていた。


 蒼い髪。


 聖女の力を宿した瞳。


 かつて「狂乱の聖女」と呼ばれた少女。


 月戸律子。


 そして、その向かい側。


 椅子に座っている存在。


 ――生首。


 猿の頭。


 五本の腕。


 上半身は裸。


 腰には簡素な布。


 裸足で足を組みながら、彼は静かに一冊の本を読んでいた。


 その背後。


 棚には無数の首。


 老人。


 青年。


 女性。


 子供。


 様々な顔が並んでいる。


 普通なら悲鳴を上げる光景。


 しかし律子は、もう慣れていた。


 ……慣れてしまった。


「……」


 生首はページをめくる。


 そして。


 満足そうに頷いた。


「うん」


「最高だよ」


「やっぱり、こたつ猫之助先生の同人誌は素晴らしい」


 律子は首を傾げる。


「……ありがとうございます?」


 なぜ褒められているのか分からない。


 すると生首は、本を机に置いた。


「で」


「で?」


 律子が聞き返す。


「いや、その……」


 生首は真剣な顔になる。


「三冊だよね?」


「……はい?」


「普通、コレクターなら三冊買うでしょ」


「なんで三冊!?」


 思わずツッコむ律子。


 すると生首は呆れたようにため息を吐いた。


「あー……そこから説明が必要か」


「いいかい?」


「こういう限定品はね」


 一本目。


 指を立てる。


「読む用」


 二本目。


「保存用」


 三本目。


「サイン本」


「これ常識」


「常識じゃありません!!」


 律子の叫びが黒い空間に響いた。


「というわけで」


「サイン本と保存用」


「用意して」


「いや……」


 律子の顔が引きつる。


「それは……」


 脳裏に蘇る。





 半年前。


 コミックマーケット。


 巨大イベント会場。


 長机。


 その前に並ぶ長蛇の列。


 そして――。


 聖女の法衣を着た自分。


「こたつ猫之助先生の新刊はこちらでーす!」


 律子は乾いた笑顔で叫んでいた。


「すごい!」


「本物の聖女様みたい!」


「写真お願いします!」


「握手してください!」


「え?」


「いや、私、売り子なんですが……」


 完全に目的が変わっていた。


 和人。


 ペンネーム――こたつ猫之助。


 日常系漫画家。


 その新刊を買いに来たはずの人々が。


 半分以上。


 律子目当てだった。


「先生、久しぶりの新刊ですね!」


「いつもの癒やし系ですね!」


「……ありがとうございます」


 苦笑する和人。


 そして。


 300部。


 完売。





「……」


 現実へ戻る律子。


「……あれは、もういい思い出です」


「そう?」


 生首は首を傾げる。


「でもさ」


「こたつ猫之助先生って」


「日常系だけじゃないよね?」


 空気が変わる。


「……」


 嫌な予感。


「別ジャンルも描いていた」


「別ジャンル?」


 律子の額に汗。


 生首はニヤリと笑った。


「紳士向け」


「……」


「紳士向け?」


 律子は確認する。


「うん」


「タイトルは――」


 生首が本を取り出す。


 そこに書かれていた文字。


『聖女リリアの禁断の祈祷書』


 律子。


 停止。


「……」


「……」


「……」


「え?」


「ちょっと待ってください」


「それ……」


 生首は楽しそうに続ける。


「安心して」


「寝取られとか」


「触手とか」


「そういう方向じゃない」


「猫之助先生はね」


「過激な設定なのに、根っこは純愛なんだよ」


「そこがいい」


「ギャップ萌え」


「最高」


 律子。


 顔が青ざめる。


「ま、まさか……」


「うん」


「エロ同人」


「描いてたね」


「和人さん……」


 遠い目になる律子。


「そんな才能まで……」


 生首は両手を広げる。


「いいかい?」


「創作とは素晴らしいものだ」


「人間の想像力の結晶だよ」


「そして――」


「次回作」


「期待してる」


「……」


「え?」


 律子の動きが止まる。


「次回作?」


 生首は笑顔。


「もちろん」


「聖女リリアシリーズ」


「続編」


「君をモデルに――」


「しませんよね?」


 律子の声が震える。


 生首。


 沈黙。


「……」


「……」


「……」


「します」


「いやーーーーーーーーーー!!」


 黒い空間に悲鳴が響いた。


「だって」


「みんな想像するでしょ?」


「本人がいるんだから」


「しません!!」


「絶対しません!!」


 律子は頭を抱える。


 しかし。


 生首は優しく笑った。


「まあ」


「それはさておき」


「約束の報酬」


 一本の眼鏡を取り出す。


 薄い銀縁。


 知的なデザイン。


「これは?」


「前に渡した眼鏡の強化版」


「君の力を抑えるだけじゃない」


「人の悪意も遮断できる」


「これで」


「少しだけ普通の女の子に近づけるよ」


 律子は眼鏡を見る。


 そして。


 小さく笑った。


「……本当に」


「あなたは変な人ですね」


「超越者なのに」


「漫画を読んで」


「同人誌を集めて」


「約束を守る」


 生首は笑う。


「僕は観測者だからね」


「でも」


「面白い物語は好きなんだ」


 律子は眼鏡を受け取る。


 その瞬間。


 長かった戦いが終わった気がした。


 悪魔。


 魔王。


 異星人。


 呪い。


 全部乗り越えた。


 そして最後に待っていた敵は――。


「……自分の黒歴史ですか」


 律子はため息を吐く。


 その日。


 狂乱の聖女は。


 世界を救った英雄ではなく。


 一人の少女として。


 新しい人生を歩き始めた。


 ただし。


 その隣には。


 日常系漫画家。


 こたつ猫之助こと成川和人。


 そして。


 次回作のモデル候補として狙われる未来が待っていた。




 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ