王都へ
《前回のあらすじ》
村人の追跡を振り切ったエミールたち。野営してお互いのことを語り合い、何もない自分たちが目指すべきは王都であることを決める。そして、傷と疲れを癒すために眠りについたのだった。
空は晴れ、雲がそれに模様をつけていた。
そして俺は、アリスと共に森の中の王都に続く道を歩いている。
進み続け、光がより一層強くなると、周囲にあった木々はなくなり、黄緑色の開けた平原が広がっている……。
「見えてきたわ。あれが王都よ!」
アリスが指を差す方向には、王都がくっきりとその姿を現していた……昔のヨーロッパにあったとされる城塞都市のような城壁が印象的なその場所は、もう俺たちの目と鼻の先にある。あと少しだ!
「……なあ、王都に着いたら何がしたいんだ?」
「んー……まあ、とりあえずはこの破れちゃった服を変えたいなぁ……」
その件はすまねえ……あの時は夜だったから気にならなかったが、彼女の服は背中は破れている以外にも、俺が吹っ飛ばしたときについた砂とかで汚れちまっている……。
「そうだ、あと髪も洗ったりしないと。あのまま野宿しちゃったから、ちょっと心配なの」
「となると、宿屋とかを見つけて泊まるのがベストだろうな。ん?待て、それ以前に俺らはこの世界で言うところの「金」を持っているのか?」
「……ご、ごめんなさい、全部置いてきちゃったの……」
「あ……そ、そうか。まあ、あの状況ならしょうがないよな……」
一文無しかぁ……少々気が重いが、どうやって稼ぐかだな……俺は不器用だからモノ作りには向いてねえだろうし……ん?
あれはなんだ……? 道のはずれに、デカい斧を持った牛みたいなモンスターがいる……なんだか物々しい気配がするが……。
「エミール! あれ見て! 人だよ!」
目を細めて見ると、そこには一人の青い髪の青年がいる!
そいつをよく見ると、腰が抜けちまってるみたいでその場から動けないみたいだ……状況的に、あれはまずいぜ!
「く、くるなあ! 来ないでくれぇ!!」
牛は重そうな斧を振り上げ、今にもその人間に渾身の一撃を叩き込もうとしている……! 俺は咄嗟に片手に指鉄砲を作り、親指で牛の目ん玉を狙う……!
ズキュン!
放たれた一発の弾丸は、牛のこめかみの辺りに直撃した……。
それに動揺した牛は本来の的を外して地面を抉っている……!
「やべ、外しちまったか……」
「十分だよ! ほら、そこの君! 早くこっちに!」
その人間……いや、青い髪の少年を救うことはできたが、これじゃあ、致命傷どころかむしろ俺たちの方に注意が向く……!
すぐに第二射の準備だ!
「今度こそ目ん玉を潰すぜ……! アリス、そいつを連れて少し離れてろ!」
「うん!」
牛の矛先は明らかに俺だ……自分の邪魔をされて怒っているのか、ンフーッという荒い鼻息を立てている……!
チャンスは奴が突っ込んできたときだ……ご丁寧に、闘牛の牛見たく突進する予備動作のようなものをしているからな……! ま、外したら俺はタダじゃ済まないが……!
ンフーッッ!!!
来たぜ! 荒っぽい鼻息を合図に突っ込んできやがった! 親指と、見えない《《照準レティクル》》を頼りに、目をロックオンして……!
(今だ!) ズキュウンッ……!
外した……!
と、最初は思ったが、弾丸は次第に吸い込まれていくように奴の目ん玉へ一直線に疾走し、直撃した……その間はほんの一瞬だったが、俺の目には弾丸が軌道を変えているかのようにも見えていた……。
ンモオオオオオオウウウウウッッッ!!!
牛の魔物は、まるで魔王の平手打ちを喰らったかのような痛々しい咆哮を挙げ、猛進していた脚はもつれ、その進路は大きく外れて転倒した……。
ふぅ……あんな巨体でぶつかられたら、少なくとも骨が数本逝ってただろうな……。
「お、おおお!! す、すごい……! ミノタウロスをたった一撃で……!」
誰よりも歓喜していたのは青い少年だった。ま、実質二発なんだが……と言うのはさておき、そのミノタウロスとやらは目を片手で抑えながら立ち上がると、斧を拾って一目散に森の中へ逃げ去っていった……。これにて一件落着か……。
「助かりました……さっきお二人が来なかったら俺は確実に死んでたっす……」
青い髪の少年……そいつは俺よりも二つほど年下に見え、背中には剣が担がれていた。っていうか……
「その剣で戦えばよかったんじゃないか……?」
「そ、そうっすよね……でも、ミノタウロスがいきなり現れて、びっくりして腰を抜かしちまったんですよ……ホントに助かりました……ありがとうございます」
「それは災難だったわね……無事で何よりよ」
不意打ちならしょうがねえか……とはいえ、少年はまだ戦い慣れていないと見える。なら、あの王都に住んでいるんだろうか?
「その通りっす。お二人も、王都に向かうんですか?」
「ええ。村から追い出されちゃってね……ほかに行き場もないし、王都に向かうしかないの」
来た経緯を説明しながら、三人で王都へと歩を進めた。
距離が近くなるにつれて城壁が次第に大きく見え、様々な建物が頭を出す……そこにはどことなく情緒や王都というものの威厳のようなものを感じてくる。
「ところで、自己紹介がまだだったな。俺の名前はエミール・ヴィンテル」
「私がアリス・グロスターよ」
「俺の名前は、ディード・ホーカーっす。ディードって呼んでくれればOKっすよ」
お互いの名前を覚えたところで、王都の玄関に到着した。大きな壁門をくぐると、そこは目に付く場所の全てに人が見える……物を売買する者、靴磨きをする者、剣や槍などの武器を携帯する狩人のような者……まさしく、首都って感じの活気だ。そこに、どことなく懐かしさのようなものも感じる……。
「すごーい……村よりも……いや、比較にならないほどたくさんの人がいる……」
「これぐらい、いつものことっすよ。場合によっちゃ、これよりも大勢の人で賑わってますからね~」
すると、唐突に俺たちの腹がグゥ……と鳴った……。まあ、思い出せば昨日の昼から何も食べてなかったぜ。……と、そこで俺たちは重要なことを思い出した……それは、周りに影響されて温まりつつあった心が、一気に冷めることになるようなことで……
「やべ、俺たち金持ってねえんだ……」
せっかく無事に王都に来たのは良いんだが、泊まれる場所が何処にもないとなると、また野宿する羽目になるのか……。気が重……
「平気っすよ! お二方、俺の家に泊まってください!」
「い、いいの?」
「気にしないでください、アリスさん。俺んち、母さんと二人暮らしで部屋が余ってるんですよ」
え、いや、そうじゃなくて、家族の人に迷惑がかかるんじゃないかって意味でアリスは聞いたと思ったんだが……なんて言う間もなく、ディードは先に進んで行った。
俺たちも大広間から左に伸びる道へ進み、彼の後を追う……周りの建造物は中世や近世のヨーロッパにありそうな、頑丈なレンガで作られているみたいで、重厚感のある物ばかりだ……まるで観光に来てるみたいだ。
「エミールさん! アリスさん! こっちっす!」
ディードに追いつくと、そこはもう町の外れのような住宅地が建ち並ぶ場所だった。そして、彼の後ろにあるのが家らしい。
「お邪魔しまーす……」
「お邪魔するぜ~」
定番の挨拶をするが、返事は帰ってこない……。
「母さーん! ただいまー!」
留守なのだろうか……と思ったその時、奥から猛スピードで走る音が聞こえ、翠色に光る眼と茶色の髪をした人物が迫ってきた!
「ディード……あんたまた何かやらかしたの!? こんな早くに帰ってきて……」
な、なんかヤバい状況……!? この人がディードの母なんだろうけど、今にも怒りを解放しそうな気がする……!
「違うんだ、母さん。この人たちが俺を命の危機から救ってくれたんだ。けど、お金がないから宿に泊まれないんだ。だから、家に泊めてあげようと思って……」
「まあ、そうなの!? そんな大事なことは、もっと早くに言いなさいよ!」
か、感情の起伏が激しい……というか、平気で受け応えできたディードも大した奴だぜ……彼女にはもうさっきの一触即発の空気は無く、柔和な表情をしている……。こわいぜ……!
第10話、王都への到着、新たな登場人物、さあ次はどうなるか?
読んでいただきありがとうございます!
次回もお楽しみ!