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ペガサスという名の馬

「それでは、エリナ大尉、タケル殿とともに指示地点へ向かってほしい」


「分かりました。

それと、局長、馬なのですが、タケル殿に貸せる戦闘用の馬は残っているでしょうか?」


と訊かれたミハイルは、


「戦闘用の馬、用意できないことはないが。

あっ、今、残ってるのは…ペガサスだけだなぁ…」


と少し困惑した表情だった。


「ペガサスですか。あの馬は確かに…」


「エリナさん、その馬、僕が乗るのに不都合があるのでしょうか?」


矢庭(やにわ)にタケルが割り込む。


「え? うん、まあ…その」


エリナは歯切れが悪い。


「ペガサスは、大変な暴れ馬なのだよ、タケル殿」


とミハイルが代わりに答える。


「暴れすぎて、乗りこなせる者がいない。怪我人も続出した。目下、処分も検討してる馬なのだよ」


「なるほど。しかし、その馬しか今いないなら、わたくしに試させてくれませんか?」


「そうだのう…。うん、試すだけなら良いか。

タケル殿、くれぐれ怪我には注意されよ」


「分かりました。エリナさん、いきましょう」


と促されたエリナは、


「局長、では失礼いたします」


タケルも


「失礼いたします」


「うん、よろしく頼む」


とミハイルが2人を見送った。



厩舎に行き、馬の飼育員に事情を話して、ペガサスなる馬のもとへ向かう。


「あの馬は、聖域のそばで見つかったので、縁起を担いで、この警備局が譲って貰ったんじゃ。

しかし、なにぶん気性が激しすぎて乗れる者がおらん。噛み付いたりもしてなぁ。

飛んだり跳ね回ったりしているじゃで、いつしか皮肉で、天を駆ける馬、ペガサスと呼ばれるようになったんじゃ、これが」


飼育員は初老のハーフエルフだった。


「兄さん、悪いことは言わねえ、乗るのやめた方がええ。怪我するじゃて」


と付け加えたのである。


程なくして、木の柵の中にペガサスの姿が現れた。

空を舞う天馬の名を与えられたのは、黒い毛並みが美しいサラブレット風の馬だった。


3人の姿を見るなり、柵ギリギリまで来て、


ヒヒーン、ヒヒーン


前脚を大きく掲げて攻撃するかのようだった。


だが、タケルが近づくと四つ脚を地につけた。

とは言え、歯をむき出しにして、威嚇は続けていた。

何かを憎んでいるかのような悲しき二つの(まなこ)


幼い頃から言い聞かされていた、先賢の言葉がタケルの脳裏に不意に蘇った。


至誠、鬼神も感ず。


真心は動物にも勿論伝わる筈だ。

これはタケルが持っていた信念めいたものだった。


タケルは息を荒げる黒馬の目を見据えて語りかけた。


「ペガサス 、僕をその背に乗せて欲しい。

いま、町が襲われているらしい。助けたい。頼む!」


馬は歯をむき出しにするのを徐ろにやめた。

すると突然、


この地に喚ばれし者よ。

聞こえるか?


とタケルの頭に言葉が降り注いできたのである。

声ではない、思念のようなもの。


聞こえる。


とタケルは心で返事をしてみた。


喚ばれし者よ、誠にこの地の民を助けたいのだな?


助けたい。


何故だ?


僕がなぜこの地に来たのかは分からない。

でも、袖触れ合うも何かの縁。

その縁ある者が助けを必要とするなら、助けたい。

誰かの役に立てるなら、役立ちたい。


とタケルは正直に思うことを伝えた。


そちはなぜこの地に喚ばれたのかをいまだ知らぬようだな。

妾でもおぼろげにも分かるぞ。

それは良しとして、そちの気持ちはあい分かった。

さすれば、そちを乗せるにあたって、妾は願いがある。


黒馬は見た目は変わらぬ様子でタケルにメッセージを送り続ける。


他の2人は、静寂が領する厩舎の中で、ただ成り行きを見守っていた。


どんな願いか?


タケルは問う。


それは、妾以外の四つ脚のものに今後、出来るだけ乗らぬこと。

妾は案外嫉妬深いのじゃ。


分かった。できるだけ努力しよう。


タケルは声には出さず、頷いた。


そして…


そして?


妾の呪いを解いて欲しい。

今の姿は仮のものじゃ。

妾は真の姿に戻りたい。

妾を真の姿に解放すれば、そちをいっそう助けることもできる。


分かった。

呪いをいつか解いてみせる。


約束を(たが)うでないぞ。

なお、他の者にこの事は内緒じゃ。


了解した。


では、契りの証に我が唇に接吻せよ。

その後、我が背に乗れ。


黒馬がタケルのそばに近づき柵越しに首を出して来た。


タケルはその首に手を回して少し持ち上げると馬の口の先に唇を重ねた。


成り行きを見守っていたエリナも飼育員も驚きの色を浮かべた。


いい接吻じゃった。そちが証、確かに受け取った。


という言葉がタケルの心中に届き、


当面、事情ありて、言の葉を交わす事はできぬが、妾はそちを運ぶ疾風となろう。


これが最後の思念だった。


タケルは柵を飛び越え内側に入り、馬具のつけられてない背中に乗ってみる。

乗り心地は鞍なしでもしっくりくる。


「本当か? ペガサスが暴れ出さないじゃと…。こやつのこんな穏やかな姿、わしゃ、初めて見た」


呆気にとられていたエリナは我に返って、


「イワンさん、馬に(くら)(あぶみ)をつけてあげて」


「承知したわい」


と言って、初老のハーフエルフはどこかに走り去った。


ペガサス 、ありがとう。


黒馬の(たてがみ)を眺めつつ先ほどの不思議なやりとりを振り返るタケルであった。

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