妹のせいで妹にされた兄の話・後編【現代】
暗い夜の街中、ザアザアと雨が振っていて、雨粒が俺の体に叩き付けられる。
さっきから傘も差さないで当てもなく歩いているからか、制服に雨が染みこんで重くなり……体温が冷えていって、体が凍えてしまっていた。
「…………さむい」
久しぶりに呟いた唇は震えていて、上手く言葉に出来たかは分からない。
きっと唇は紫色になっているだろう……。
これから、どうしようか…………。
『嘘をつく真夜ちゃんなんていらない。あたしは、素直で言うことを聞いてくれる妹が欲しいんだよ?』
『……消えてたと思ったのに、残ってたんだ。だったら本当いらないよ。お兄ちゃんっていうバグが入ったままの妹なんて――いらない』
頭の中を、わたしが家に帰った瞬間に廊下の壁へと壁ドンしたまひるおねえちゃんの言葉が埋め尽くす。
自分で、自分で欲しいって言って、俺をこんな風にして……いらなくなったら捨てる?
俺は、猫とか犬とかのペットなのか? 違うだろ?
でもまひるおねえちゃんに見捨てられたら、わたしはこれからどうすれば良いのか……まったく分からない。
怖い、怖い……。世界から完全に捨てられたようで本当に、怖い……。
「――ちゃん!」
このまま、このまま……この道路に出て、轢かれちゃえば良いかな……?
そうしたほうが、良いかも知れない。
元に戻れる可能性も無いし、まひるおねえちゃんに見捨てられたわたしに、生きる価値なんて……。
「――やちゃん!!」
そう思っていると、道路の向こうからライトが見えた。
きっと自殺することを勧めているのだ。
そう思いながら、わたしは赤信号のままの道路を歩き出す。
夜の雨の中で運転手もわたしに気づくのが遅れたのか、急いでブレーキを踏む音が聞こえる。
止まらなくても良いのに、このまま轢いてよ……。
近付いてくる灯りを見ながら呆然としていると、グイッと引っ張られる感覚があった。
「え――――?」
力強く引っ張られて歩道へと戻ったわたしは、なにが起きたのか分からずに間抜けな声を出す。
一方で、わたしを轢いてしまうのではないかという恐怖を抱いていた車の運転手は、クラクションを盛大に鳴らすと走り去っていった。
走り去っていく車を歩道で座りこんだまま見ていると、グイと両肩を抱えられた。
「真夜ちゃん! 何をしているんだ!? あのままだったら轢かれてるところだったんだぞっ!?」
「あ、きら……おにいちゃん? なん、で……ここ、に?」
「学校からの帰り道に、君がふらふらと歩いているのを見て追いかけたんだ。何度も声をかけたんだけど気づかなかったのか?」
「そう、だったの……?」
そういえば、なんだか声が聞こえていた。
だけど、それに気づくことが出来ないほどに俺の心は揺れていたのだ。
そう思っているとあきらおにいちゃんはわたしの顔をジッと見てきた。……なんだろう、恥かしい。
「真夜ちゃん、いったい何時から外に居たんだよ。制服がずぶ濡れだし、唇が紫色だし……それに」
「あ……、あ、の……」
心配そうにわたしの頬へとあきらおにいちゃんは手を当てた。
ゴツゴツとした男らしい手。そして、温かい手……。
じんわりと温かいその手に……わたしは安らぎを覚える。
「こんなに冷たい。このままじゃ風邪引いちゃうだろ? 家に帰らないと。まひるちゃんは家に居ないのか?」
「っ!!?」
言われた瞬間、わたしの体がビクンと震えた。
その様子に何か気づいたのか、あきらおにいちゃんはわたしの正面に回って、顔が見えるように立った。
「真夜ちゃん、家に……帰りたくないのか?」
「……」
こくりとわたしは頷く。
するとあきらおにいちゃんは、わたしを見て……少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、うちに来るか? って、いくらなんでもそれは不味いか。「いいよ……」生徒と教師なんだし――え?」
「あきらおにいちゃんの家に、行く」
「あ、ああ、わかった……」
戸惑うあきらおにいちゃんを横目に見ながら、わたしは歩いていく。
あの頃と変わっていなければ、家はあそこにある。そう思っていると変わらずに暁の家はそこにあった。
懐かしくも少し改築された家の中に入ると……少し待たされて、バスタオルが差し出された。
「その、冷えてるだろうしシャワー浴びてきなよ」
「わかった……」
頷き、靴と靴下を脱がさせてもらって、足を拭いてからお風呂場に向かって歩く。
制服を脱ぎ、裸になってシャワーを浴びる……温かいシャワーの熱が凍えていた体に熱が戻ってくる。
シャワーの温かさで思考が少し戻っていくのがわかり、茫然自失としていたからと言って暁の家に上がりこんだことの重大さに気づき始めた。
「ど、どうしようか……。服も濡れてるし、荷物もないし……」
『真夜ちゃん。その、着替え……俺ので悪いんだけど良いか?』
「っ!! え、あ、う……うん。それで良い、良いから!」
ビクリとして、急いで返事を返していくとあきらおにいちゃんはそそくさと脱衣所から出て行った。
その音を聞いてから、シャワーを止めてお風呂場から出ると体を拭く。温まるだけが目的だから、髪を洗ったり体を洗ったりはしない。
というか人の家のものを使うのはちょっと……。
バスタオルで体を拭き、水気を取るとあきらおにいちゃんが用意してくれた服を着る。
……男所帯の家だからか、シャツとトランクス……そしてYシャツ。男なら大分憧れる服装だろう。
「……ちょ、ちょっと恥かしいけど……裸じゃないだけマシ、だよね?」
呟き、着替えると……居間へと向かう。けれど中にはあきらおにいちゃんは居なかった。
だったら部屋だと思う。そう考えて部屋へと歩く。
……多分、雨の中なんで傘も差さずに歩いてたのかを聞こうと思うだろうし。
そう思いながら部屋の扉を叩いて名前を告げると、中から声がした。
「あきらおにいちゃん、わたしだけど……入るよ?」
『え? 真夜ちゃん? 部屋教えてたっけ? まあ、別に入っても良いか……どうぞ』
「うん、お邪魔します」
部屋へと入ると、あの頃と変わらない部屋の様相がそこにはあった。
けれど10年という歳月は趣味に影響されているようで、所々あの頃とは違うところが見えた。
そんな俺の様子に気づいているわけがないあきらおにいちゃんは、スーツの上着を脱いだ姿でベッドに腰掛けていた。
「とりあえず、適当なところに座ってくれよ」
「うん、それじゃあ……」
そう言って、わたしは無意識に何時もの定位置に腰掛けた。
俺が何時も暁の部屋で座っていた場所に。
それを見ていたあきらおにいちゃんはフフッと笑い始めた。
「やっぱり兄妹なんだな。あいつと同じ場所に座ってる」
「あ……そう、なんだ……」
「ああ、所々兄妹だって分かるところがいっぱいだ」
分かってる。無意識に座ったけど、ここが定位置だったから覚えているんだ。
それに動揺、というかなんとも言えなくなり黙っていると……あきらおにいちゃんが黙っていたわたしに話しかけてきた。
しかも、普通はぐらかすように合間を置いて言うべきだろうけど……率直に聞いてきた。
「えと……、真夜ちゃん。なんで……ひとりであんなところに傘も差さずに居たんだ……? まひるちゃんは?」
「まひる、おねえちゃんに……捨てられました」
「え? す、捨てられた?」
俺の言葉に、あきらおにいちゃんは動揺する。
だけど本当のことなのだ。わたしは、いらないとまひるおねえちゃんに捨てられた。
俺という存在が残っているのだから……。
「な、なんでだ? 仲の良い姉妹にしか見えなかったのに」
「姉妹、姉妹ね……。ねえ、あきらおにいちゃん。わたしって、どう見えますか?」
「どうって……可愛い、女の子だけど?」
「女の子……。ははっ、なんで……気づいてくれないんだよ? 俺だよ?! 俺なんだよ!!
どうして分かってくれないんだよ! 俺が女の子だからかっ!? まひるおねえ……まひるに何か訳の分からない力で女の子に、妹にされたからわからないのかよ!?」
「ま、真夜ちゃん!? どうしたんだよ突然!? お、落ち着いて、落ち着いてくれよ」
カッとした。その名で呼ばないでくれ。親友だったお前に、今はそう呼ばれたくなかった。
戸惑う暁を見ながら、悲しくなってボロボロと涙が零れてくる。
本当ならやめるべきだろうと思う。こいつにとって俺は親友の妹で、俺はもう死んだ存在なのだから。
「なあ、呼んでくれよ? 何時もみたいに気軽に名前でさぁ……! ちゃ……、ちゃんと、さあ……ぐすっ、名前で……呼んでくれよぉ! ずびっ、親友――だったんだろぉ?! お前にとって、ぐしゅ……お、俺はさあ!! だったら――俺だって、気づいて……ぐすっ、気づいてくれよお!!」
鼻水を啜り、涙を流しながら、俺は暁の肩を掴みながら叫ぶ。
10年、燻っていた理不尽な想いが吐き出される。
誰に対して叫べば良いのか分からない想いが、俺の口から親友へと放たれる。
その言葉を受け続けながら、暁は戸惑いつつも……いや、まだ戸惑っている状態で俺を見ている。
だからだろうか、ポツリと親友は俺の名前を――
「マ、サ……?」
呼んだ。呼んでくれた。
俺の、俺だけの名前を……。
「呼ん、で……くれたぁ……。ぐすっ、ふぇ……うぇぇ……ふぇぇぇぇぇ……ん!」
「え、どういうことだ……? 真夜ちゃんが、マサで……あれ、マサの妹はまひるちゃんだけで……あれ、え?」
自分だと分かってくれた。それが嬉しくて俺は女の子みたいに泣き出した。……いや、現在は女の子だけど。
一方で暁のほうはまるで幻を見ていたかのように戸惑った様子だった。
わんわんと泣く俺、現状に戸惑う暁。そんな意味不明な状況が親友の部屋で起きていた。
●
それからのことはあっという間だった。
暁が俺を真夜ではなく、真朝と認識してどうしてこうなったのかを説明したが良く分かっていないようだった。
当然だ。俺だってまったく理解出来ないままの10年だったのだから。
そして暁という心強い味方を得て、まひるにちゃんと話を聞こうと翌朝自宅に行ったのだが……そこにまひるの姿はなかった。
ただリビングに紙が一枚置かれており、そこには……。
【まひるちゃんは、永遠に妹だけを愛する世界に旅立ちました。】
とだけ書かれていた。……きっと、俺をこの姿にした誰かがまひるという存在ごと何処かに連れ去ったのだろう。
事実、家の中にあったまひるの持ち物がすべて……映っていた写真でさえもポッカリと空いてしまっているのだから。
きっと、悪魔のような存在に願ったのだろう。だから俺もこんなふうに変えることが出来たんだ。
そう思いつつも、元に戻ることが出来ないだろうということは理解出来た。
だから俺は、真夜として生きていく。何故なら俺はもうひとりじゃないから。
「困ったことがあったら、手を貸すから。ちゃんと頼ってくれよマサ!」
「ああ、よろしく頼むな。あきらおにいちゃん。……じゃ、じゃなかった。暁!」
「あ、ああ、その……何ていうか、中身がお前だって分かってるからかどう言えば良いのか分からないな」
「い、言ってろ。俺だって偶に出ちゃうんだから恥かしくて仕方ないんだからな!」
「わかったわかった。ま、これからもよろしくな親友」
「ああ、よろしく頼む親友。……あ、学校ではちゃんと生徒と先生だからな」
――分かってるって。
そう言って、俺と暁は笑うのだった。
親友に自分と気づいてもらう話を書きたくなったのでこうなりました。
名前:真夜
年齢:17
体型:幼系ボディ
髪形:黒髪ストレート
備考:
まひるは自分だけに懐く可愛い妹を望んでいた。
なのに、17歳になった彼女は兄だった頃の友人と楽しそうにしていた。
それを見て問い質した結果、消えたと思っていた兄は残っていた。
だからまひるは真夜を捨てた。
その後:
休みの度にちょくちょく会ったり、料理を作って持って行ったりした結果、周囲では通い妻と思われていた。
それを部員や友人にからかわれる度に、親友だからと笑い飛ばしていた。
けれど女の部分は少なからず暁を男と認識していたらしく、高校最後の大会で足を挫いて帰れなくなったときに負んぶしてもらい……そのときに女として好きだと認識。
そして家に送り届けてもらった際、親友なのに女として好きになってしまったと告白してしまう。心はまだ男なのにと言って涙を曝け出してしまう。
「気持ち悪いよな、こんなの……」
「いや、俺はべつに構わない。そんな所もひっくるめてマサはマサなんだから」
優しくも豪快に笑みを浮かべる暁を見て、真夜も泣きながら笑顔を創った。




