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Blending the Will  作者: 冬長
一章
9/21

9 新たな依頼

「うっわー、結構手ひどくやられたねー」


 利津の火傷を見ながら、秋霖がどこか感心したように頷く。その様子にミストはため息を吐いた。


「それだけですか、秋霖」

「や、だってねぇ……まぁ、ほら。無事で良かったよ、うん」


 何故か誤魔化すような笑みを浮かべる秋霖に、ミストが物言いたげな目を向ける。


「ん。治癒できるくらいの怪我で良かったぞ」


 そんな彼女たちの横では、壁に背を預けるようにして座り込んでいる利津を一が“治癒”していた。


 スピリット・パワーには、“水”と“地”の属性において治癒能力が備わっている。地属性である一もそれを扱えるため、利津の火傷を見るなり彼は手をかざした。


 かざされた手からは、何かが見て取れるわけではない。だが、治癒を受けている利津には、どこかじんわりとした熱のようなものが感じ取れた。それは先ほど、炎にあぶられたときの熱感とは違う、暖かなものだ。

 スピリット・パワーによる治癒を初めて受ける利津は、どんどん火傷が治っていく自身の腕を、どこか不思議な気持ちで眺めていた。


「……すごいな。本当に治るんだ」

「おう? 治癒だからな」


 思わず呟いた利津に、一がのほほんと笑って頷く。その様子に秋霖が首を傾げた。


「利津、スピリット・パワーで治してもらうのって初めて?」

「それは、まぁ……」


 利津自身も、そして育ての両親も能力は持ち合わせていなかった。先刻の件でそれは覆されたわけだが、元々が縁遠かったことに変わりはない。利津から言わせてもらえば、こうもぽんぽんと能力が飛び交っている現状の方が、異常事態だ。


「まぁ、利津は首都育ちだもんね」

「ああ、首都は能力規制がありますからね」


 納得したように頷きあう女性陣をしり目に、一が能天気に笑って立ち上がった。


「終わったぞー」


 彼の言葉通り、火傷は跡形もなく完治していた。何度も手を返しながらそれを確かめ、痛みがないことを把握すると、利津は小さく息を吐いた。


「すごいな。本当に治った」

「だからそう言ってるのに」


 思わず呟いた利津に、秋霖が呆れたように肩をすくめる。そんな彼女を、ミストが軽く小突いた。


「大丈夫で良かったです。前に立たれたときは、どうしようかと思いましたから」

「あ、ははは……」


 言外に無茶をするなと言われ、利津は返す言葉もなく苦笑する。利津自身、あんな行動を取るとは思っていなかったからだ。


「さて、と。怪我も治ったし、動こうか。こいつらが目を覚ましても嫌だしね」


 場を切り替えるように表情を改めた秋霖に、一とミストも頷く。のんびりとしていられない状況であることは利津も分かっているので、気合を入れて立ち上がった。






 四人が向かった先は、秋霖から逃げ込むように告げられた家だった。先程の騒動からさほど離れていない場所に建っているそれは、塗装のはげかけた緑の窓枠くらいしか特徴のない、古びた一軒家だった。


 秋霖から受け取っていた鍵で利津がドアを開けると、埃っぽい臭いが鼻につく。あまり人の出入りはなさそうだったが、意外にも清掃はされているようだった。


「ここは“先生”の持ち家のひとつだから、まず安全だと思うよ」


 利津に続いたミストが家の中を見回す中、秋霖が明るい声で言う。周囲の状況を確認し終えた一がしんがりで入り、内鍵が閉まる音が響いた。


「それじゃ、状況整理がてら休憩しよっか」

「おう、あっちに食器があるぞー」


 勝手知ったる他人の家とばかりに、秋霖が二人を案内して椅子に座らせ、一が茶の準備をしてきた。この二人にかかると、先程までの緊迫感から一転し、賑やかなお茶会の場へと早変わりしてしまうようだった。


「それで、ミスト」


 一が茶を淹れているのを待ちながら、ミストと利津の対面に座った秋霖が切り出す。リビングの中心には、あつらえたかのように四人分の椅子とテーブルがあった。どれも木製の質素なものだが、作りはしっかりしているようだった。


「いったい、何があったの?」


 その問いに、利津も傍らに座る彼女を見つめる。ミストは小さくため息を吐いた後、ポシェットから小さな包みを取り出した。


「これです」


 そう言いながら、包みに使っていた布を丁寧な動作で開いていく。出てきたのは、三センチほどの大きさの黒っぽい石だった。つるつるとしている表面と、小さく開いた穴以外に特筆すべきことはないような、道端でよく見かける石とさほど変わりはなかった。


「何これ。石ころ?」

「失礼ですね。出土品です」


 ミストが笑顔のまま、至極冷えた声で言い直す。利津は思わず顔を引きつらせたが、当の本人である秋霖は気にした風もなくしげしげと覗き込んだ。


「いやでも、ただの石にしか見えないし……どういう価値があるの?」

「まだ調査は今からですよ。この時点では何ともお答えしかねます」


 ミストが呆れたように息を吐く。そんな彼女に、秋霖は「堅いなー」と口をとがらせた。


「これ、あの発掘現場から見つかったのか?」

「ええ、そうです。先程も述べたとおり、まだ断定はできませんが、あの場所は集落の跡地ではないかと考えています」


 ミストの言葉に、そういえば、と秋霖が少し視線を上げた。


「確かに、割れた皿みたいなのとか、そういうのが多かったよね」

「ええ。ゴミ捨て場と思しき場所も発見しましたし、その可能性は高いと思います。ただ、そう長く定住はしていなかった様子ですが」

「ふぅん」


 秋霖が納得したように頷く。その話に加わることもなく、一は上機嫌にお茶を各々の前に置いた。話に加われる気がしない利津も、それを手伝っている。


「ということは、これは集落の誰かの持ち物だった可能性が高いってくらいだよね。でも輝石でもないし、何か儀式に使ったとかそういう系なのかな」


 単にその辺に転がってたんじゃ、という言葉は飲み込んで、秋霖はそう言葉を返した。


「その辺りはまだ不明ですね」


 先ほどと同じ見解を述べ、ミストは小さく息を吐いた。そうしてから、散々走って喉が渇いていたことを思い出したかのように、一言断ってからカップへと口を付けた。


「それで、ミスト。これがどうしたの?」


 一に礼を述べてお茶を飲んでから、秋霖が再び口を開く。さっぱり状況が分からないと言いたげに、その眉は寄せられていた。


「これをですね、盗もうとされたわけですよ」

「え、これを? なんで?」


 貴金属というわけでなければ、何かしらの価値があるという風にも見えない。そんなものが何故盗まれそうになったのかと、秋霖は目を見開いた。


「私が聞きたいですよ。とにかく、それを目撃してしまったわけです」


 ミストも彼女の言わんとすることは分かるのだろう、軽く額を押さえてため息を吐いた。


「それでこう、泥棒と思ってこう、うっかり一撃入れてですね」

「うっかり?」

「ええ、うっかり」


 ことりと首を傾げた秋霖に、ミストが重々しく頷く。


「当人はそれでしばらく動けなくなったわけですし、無事に発掘品も取り返したわけなんですが。他にも潜んでいたのに気づきませんで、うっかり反撃されまして」

「うっかり……」


 それまで黙ってお茶を飲んでいた利津が、何かを言いたげに彼女の単語を繰り返した。


「ええ。それはまぁ、どうにかしたんですけど、さらに人がいるとは思いませんで。うっかり誘拐されかけまして」

「うん、うっかり」


 両手でカップを持った一が重々しく頷き、ミストもそれに呼応するように深く頷いた。


「それでまぁ、ちょっとこう、列車の時刻も近かったので、逃げまして。ひとまずこちらに戻ったわけですけど、結局はうっかり見つかってしまいまして」

「うっかりかぁ」

「うっかり……」

「うっかり」


 秋霖が何かを言いたげに視線を逸らし、利津が遠い目をし、一がうんうんと頷いた。三者三様に、同じ言葉を呟きながら。


「どうしたんですか。みなさん」

「いや、たぶん、ミストの言ううっかりは色々とうっかりなんだと思うよ。うん。ちょっと何かが違うとか考えてはいけない」

「なんですか、秋霖。今日は妙に棘がありますね」


 琥珀色の瞳にじろりと睨まれて、秋霖は肩をすくめて視線を逸らした。


「でも、なんでよりによって石ころ。リタンさんの現場なんだから、もっとこう良い物ありそうなのに」

「何を言ってるんですか。それは確かに出土品には新しい発見を期待しますし、それを調べて進めていくのが仕事ですが、いいですか。そもそも古来の物がこうして残り、その生活を今に伝えるという出土品そのものが浪漫です。浪漫の塊です。それを何ですか先ほどから石ころ石ころと連呼して、これの価値もまだ分からない段階で」

「み、ミスト、待った、ちょっと待った!」


 秋霖すらも呑み込みかねない勢いで、それでいて淡々と言い返し始めたミストに、利津は慌てて割って入った。


「その、まだそういう話をしている場合じゃ」

「ああ。それはそうですね、利津君。失礼しました」


 先ほどまで誘拐されかけ、ひとまず逃げおおせたとはいえ解決したとはいえない状況である。そのことを思い出し、ミストもひとまず矛先を収めた。


「……これだからミストと考古学関連は……」

「何か仰いましたか、秋霖」

「いいえ、なーんにも!」


 残像が見えそうなほどの勢いでオレンジの頭をぶんぶんと振り、秋霖は握り拳を作った。


「とにかく! そいつらが狙ってるのはその石こ……出土品で、ミスト本人じゃないわけね?」

「そうですね。とはいえ、父に対する人質としての価値は見出してそうでしたけど」

「ああ、うん。それは仕方ないよね」


 どうにか話を戻すことが成功して、秋霖は安堵したように息を吐いた。


「それ確か、俺が見つけたやつだったよな」


 そのとき、実務的な話にはあまり入ってこない一が珍しく言葉を発した。彼の視線は、ミストが手にしている出土品へと注がれている。


「え」


 利津は思わず一の方を凝視し、ついで石へと視線を戻す。まじまじと眺めても、利津には道端や河原に転がっている石との区別がつかなかった。


「それ、えーっと、その……大丈夫なんですか?」


 思わず片手を挙げながら、利津は疑問を呈した。彼からしてみれば、よく分からない一の勘とやらで見つけ出した石というのは、出土品としてどこまで信用に足るか分からなかったからだ。


「利津。それ、いっちゃんの判断が信用ならないって暗に言ってる?」


 先ほどまで石ころ呼ばわりしていたというのに、秋霖が胡乱な目を向けてくる。不穏な空気を察して、利津は慌てて首を振った。


「そ、そういうわけじゃないけど」

「まぁ、利津君が不安に思う気持ちも分かりますけど。成分の確認はまだこれからですが、石の性質からしても自然に転がっていたとは考えにくいので、出土品とみて間違いはないと思います」


 ミストが苦笑して補足する。だが、それに納得しかけた利津の気持ちを壊したのは、他ならぬ一本人だった。


「んー、なんか不思議な感じがしたんだよな」

「不思議って……」


 お茶をすすりつつ、一がのほほんと述べる。明らかに胡散臭い物を見る目付きになった利津に、秋霖の視線が険しいものへと変わる。


 だが、それについて話すよりも先に、軽やかな音楽が鳴り響いた。


「あ、ごめん、あたしだ」


 ぱっと立ち上がった秋霖は、上着の内ポケットから通信機を取りだす。そのまま壁際に移動し、通話を始めた。残された三人は、会話の邪魔にならないようにと静かにお茶を飲んだ。


「それにしても、本当に誰も入ってこないな」


 なんとなく周囲を見渡しながら、利津が小さく呟く。先ほどまでの騒動が嘘のように、この家の中には静かな空気が流れている。外からの雑音も、ほとんど入ってこなかった。


 利津としては、ここも見つかるのではないかという不安があったのだが、他三人の様子を見るにそう考えているのは彼だけのようだった。それを裏付けるように、一とミストがきょとんとした顔で利津へと視線を向けた。


「そりゃ先生の所だからな」

「そうですね、先生の所ですし」


 それ以上の説明など必要ないとばかりに、二人は揃って頷く。そんな彼らに、利津は怪訝そうに眉根を寄せた。


「その、先生って?」

「バザック先生ですよ。利津君、まだお会いしてないんですか?」


 驚いたように目を見開いたミストに、利津の方がたじろぐ。


「おう。ちょうどいなかったんだよな、このひと月くらい。北部に行ってるんじゃなかったかな」

「ああ、なるほど。そうなんですね」


 フォローをしたわけではないだろうが、珍しく一が状況説明を買って出た。ミストも納得したように頷いたので、利津としてはホッとする反面、その“先生”とやらが気になるところでもあったのだが。


「えぇ!?」


 部屋の端で通話していた秋霖が、急に声を荒げた。三人は動きを止め、自然とそちらの方を凝視する。


「うん、うん。分かった。で、こっちでいいの? 了解。うん、ミストは確保した。安全なところに送り次第、向かうよ」


 話しながら三人の所へと戻ってきた秋霖は、そのまま通話を終了したようだった。


「秋霖?」

「夜来からか?」


 ミストが眉根を寄せ、一がくりっと首を傾げる。“情報屋”である彼女の名前に、利津は驚いて秋霖を凝視した。


「うん。リタンさんがリバートに来てるって。それもこの北側地区に」

「――!」


 ミストが息を呑んだ。利津も拳を握りしめ、次の言葉を待つ。


 通常であれば、リタンがこのリバート北部地区に足を運ぶ理由はない。それこそ、ミストが冗談めかして述べていた“父に対する人質”という手札を切ったとしか考えられなかったからだ。


「まったく、手札も確認せずに動いちゃった感じかな。何やってんだか」

「秋霖」


 同じことを考えたのだろう、秋霖が通信機をしまいながら呆れたように呟く。とたん、小さく肩を震わせたミストに気付いて、利津が困ったように彼女の名を呼んだ。


「分かってる。いったん、夜来んとこに戻るよ。それから、ミストはー……ちょっと適当に理由を付けて、自警団に預かってもらおうかな。その方が安全だろうし。ルシッドあたりに連絡して迎えを」

「私も行きます」


 てきぱきと今後に向けて動き出そうとしていた秋霖だが、ミストの言葉に動きを止めた。


「いやうん、ミストが強いのは知ってるけどさ。リタンさんからの依頼内容には、ミストの無事も含まれてるからね。さすがに連れて行けは出来ないよ」


 珍しく、秋霖が淡々と述べて首を振る。


 利津としても、それに関しては同意だった。正直、自身よりもミストが同行した方が役に立つのではないかと思わないでもないが、逆に彼女が人質にとられでもしたらこれまでの行動が無意味となってしまう。


 だが、そんなことでミストは引かなかった。琥珀色の瞳が、強い光を宿して三人を見据えた。


「分かりました。では、これは私からの依頼です。父とは別に、ということでも構いません。私を、リタン=ローネの所に連れて行ってください。なんでも屋『TWINKLE』として」


 秋霖と利津は視線を合わせ、それから揃ったように一を振り返った。




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