犬との出会い 3
「おい」
既に、思考よりも先に行動が現れていた。
犬井はビクンと反応して俺の方に顔を向ける。
「え……は、はい?」
脅えた顔で俺を見る犬井。
そして、俺はこの時正確に理解した。
長澤と藤野が犬井を苛めたくなる理由もわからなくはない、と。
犬井のその顔は、この上なく嗜虐心を煽るのだ。まさに負け犬根性が染み付いてしまっているというか、そんな顔だ。
「お前、何をしている?」
俺は昂ぶる精神を懸命に抑えながら話を続ける。
「あ……その……制服が濡れちゃって……」
「塗れた? 自分で濡らしたのか?」
「そ、そういうわけじゃ……ないんだけど……」
「長澤と藤野にやられたのか?」
俺がそう聞くと、犬井は黙った。
そうだ、と本当は言いたいのだろう。
だが、それを認めてしまえば、自分が苛められているんだ、ということを他人同然であるクラスメイトの俺に喋る、アピールすることになってしまう。
犬井はそれが嫌なのだろう。何も言わずに俺から視線を反らした。
俺は黙ったままの犬井に近付いていった。犬井は俺が近付いてくると思わなかったようで、少し身体をこわばらせた。
「なぁ、犬井。お前、嫌じゃないかのか?」
「……え?」
「長澤と藤野にやられていることだよ。嫌じゃないのか?」