悪魔の誘惑
「……よくわかんないけど、それ、私協力しないといけないんでしょ?」
「いや、強要するわけじゃない。俺がお前の家まで来たのもあくまでこの話をして、あわよくば協力してもらおうって思ったからだ。もし、ダメだってお前が言うなら俺は引き下がるし、これ以上お前と犬井のことに関わろうとも思わない。お前も相変わらずワンパターンで犬井をイジメてていいぞ」
それでも長澤はあまり信用していないようである。どうやら、まだ俺がクラスの連中に長澤の過去をバらすのではないかと心配しているようであった。
俺は思わずため息をついてしまった。
「長澤。お前なぁ」
「な、何よ……」
「お前、仮にも犬井をイジメていたくせに、自分が少しでも不味い立場になると分かった途端、そんなにビビって恥ずかしくないのか?」
俺がそういうと長澤は目を丸くして俺を見た。そして、何か言いたそうにしていたが、何も言わずにそのままうつむいてしまった。
「……だ、だって……私は……」
「だっても何もないだろうが。お前は犬井をイジメてたんだ。だったら、最後まで悪役を貫き通せよ。泣いたりするな」
俺がそう言うと長澤は顔を上げ俺を見た。俺は長澤のことを正面からまっすぐに見据える。
すると、長澤はなぜかフッと小さく笑った。
「なんだ。今度は笑うのか」
「……ふふっ。うん。ごめん。わかったわ。正直、アンタのことは教室でもいるのかいないのかわかってなかったし、どうでもいいって思ってたわ。でも、いきなり人の家まで押しかけてきてその上でこんな話するってことは、それなりにやる気はあるってことでしょ?」
「やる気、ねぇ。まぁ、やってみたいとは思うが、そこまで意気込んでいるわけじゃないがな」
「はぁ? 結局どっちなのよ……」
呆れた顔で長澤は俺を見る。正直俺自身も俺の気持ちがよくわかっていないのだ。
ただ、犬井のあの表情を見て、またあの時味わった感覚を味わいたいと言う気持ちだけは確たるものである。
長澤は呆れつつも、なぜか嬉しそうな顔で俺を見ていた。俺は、長澤の表情の意味がよくわからなかったので、机の上に残っていた最後のチョコレートを一つ掴むと口の中に放り込んだ。
すると、長澤のわざとらしい大きい溜息が聞こえた。
「……わかったわよ。アンタのその提案に乗ってやろうじゃないの」
「ほぉ。協力してくれるのか」
正直、意外だった。
どうせダメだと思っていたのだ。しかし、長澤は案外俺の思ったより簡単に協力を承諾した。
「……でも、私も見るから」
「見る? 何を?」
「そりゃあ、決まっているでしょ。駄犬の……犬井のその……アンタが見たいっていう表情よ」
長澤は少し恥ずかしそうにそう言ったのだった。




