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実行 1

「あ、直人」


 翌日の朝、俺が自分の席にいると、栄介が話しかけてきた。


「いやぁ、ごめんねぇ。昨日は先に帰っちゃってさ」


「ん? ああ。別に気にしていない」


 苦笑いしながら栄介はそう言った。


 今の俺にはそんなことは本当にどうでもいいことだった。


 目下、俺の関心はやはり犬井に関してだった。


 既に長澤と藤野は教室に居て、時折藤野が下品な笑い声をあげながら二人は何か喋っている。


 問題は肝心の犬井がまだ来ていないのだ。


 もしや今更俺との約束が怖くなって学校に来るのをやめたのだろうか。


 だとすると、イジメよりも恐ろしい契約を強要した俺はまさしく鬼畜生の類ということになる。


 無論それで負目を感じるということもないのだが。


「直人? 聞いている?」


「え? ああ。いや、すまん。何も聞いてなかった」


 栄介は何かを喋っていたらしい。困り顔で俺を見ている。


「だからさ、テニス部の練習がキツすぎるんだよ。大体一年生は未だにボール拾いをやらされるんだよ? おかしいと思わない?」


 そんなことは俺には関係ないことだ。おかしいと思うなら直々に自分で言えばいいじゃないか。


 最も栄介はこうは言っているが、そんなことを先輩に言うつもりは毛頭ないだろう。


 仮に辛い状況に自分が経たされていたとしてもそれ以上に辛い状況に自分を追いやるリスクのある行為に及ぶなど普通に考えてあり得ないからだ。


 すると、やはり昨日の俺の行為は合点がいかない。俺はリスクを避ける人生を送ってきたはずだった。なのに、昨日俺はそのリスクを進んで受けると申し出たのだ。


 そう考えると俺は自然と笑みがこぼれてしまった。やはり馬鹿な真似をしたのだ、と。


「な、直人?」


「ん? ああ。なんだ?」


「あ、いや……どうしたの? 急に笑ったりして」


 栄介は不審そうに俺を見る。


「ああ、いや、なんでもない。思い出し笑いだ」


「へぇ。珍しいね。直人が思い出し笑いなんて。何か面白いことあったの?」


「……まぁ、な」


 栄介には適当にそう応えておいた。


 なぜなら、ようやく万を辞して犬井が教室に現れたからである。

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