第3話 彼方の国へ
風花が舞う。
タブラは後ろでに縛られ、水守二人とともに小さな船で目的地へ漕ぎ出していた。
身を清め、黒い修道服の上に白いガウンを着せられた。
ギィ、と櫂が軋む。
目的地は『亀の手』と呼ばれている海域。
「……はぁ」
「若えのに、同情するよ……ま、変わってはやれねえがな」
「おい、着いたぞ」
海域に大きな黒い岩が二本並んでいた。
岩と岩の間は、周りより深いらしく、特に黒い。
岩と岩の間に向かうと、水守達はアミュレットを手に祈りを捧げていた。
祈り終えると、二人でタブラの大きい身体を立たせる。
「俺たちはここまでだ。じゃあな」
「あっ!」
あっけなく、突き落とされた。
黒い海は不思議と寒く無い。
意識は、海へ溶けていく。
---
「…………ん、ん?」
気づけば星々を見上げていた。
黒い宙に、点々と輝く星。
「どこなんだろう、ここ……亀の甲羅?」
足元には、大きな亀の甲羅。
タブラはキョロキョロと周りを見渡すと、亀の頸元に偉丈夫が立っているのを見つけた。
こちらに背中を向け、腕組をしているようだ。
男の背は高いが、タブラよりかは幾分か低い。
水色の髪を後ろで一つ結びにしており、肌は浅黒い。
「起きたか、青年よ」
男の声は、冬空のように透き通る不思議な声。
「あなたは?」
「俺はアクパラ。お前はタブラだな?」
「はい、確かに自分はそう言います」
アクパラは、住んでいた領の主神だ。
雨と海亀の神アクパラ。
タブラが供物として捧げられた神の名だ。
「さて、ついたぞ」
気が付くと、霧に囲まれた島が見えた。
大亀は、ガラスのようなもので出来た波止場に停泊する。
アクパラは手招きをする。
「……ここは、どこですか?」
「彼方の国だ……俺の分のな。さぁ、来るんだ」
アクパラは、振り返りもせずにスタスタとガラスの床を歩く。
タブラは小走りでその背中を追いかけた。
---
着いて行った先は、整然と立ち並ぶ青い煉瓦の街だった。
地面は白い石畳で覆われ、水溜りが点在する。
亀の紋章が各所に刻まれ、通路の際には水路が走る。
凍える潮のにおい。
人々の往来は無く、静謐。
「彼方の国? あ、人……」
タブラの呟きには、誰も応えない。
空いている窓から見える人は、青い海亀に祈りを捧げるか、眠っていた。
街の真ん中には、大きな亀。
タブラ達が乗ってきた亀よりも随分と大きく、背中は上までは見えない。
亀の足元には、数名の人。
皆、修道服を着て亀を触り、何かをしている。
「大きい……」
「ここがお前の職場、住むべき街だ。皆に続け」
アクパラは、そう言って大亀の顎を示した。
その指の先を見ると、亀の顎の下には貝殻がビッシリと着いていた。
「自分は何をすれば? ……あ、もういない」
アクパラは気配も無く、その場から消えていた。
ガラスの波止場を見ると、乗って来た亀が動いている。
「……あ、行っちゃった。皆に続け? 何をすればいいんだろ」
タブラは、ひとまず示された大亀の顎先に向かう。
近くに見えたが、遠い距離。
なかなか近づけなかった。
硬質な石畳をひたすら歩く。
ほんの少しずつ、大亀に近づけている。
疲労は不思議とない。
「若いのに、大変だったねぇ」
左隣からしわがれた女の声。
「うわ!」
タブラは身をすくめ、左を勢いよく振り向いた。
いつの間にか、フードを被った老婆が並んで歩いていた。気配は全くなかった。
「辛かったろ、タブラ」
「あ、ヴィヴィ?」
ヴィヴィは愛称。
本名は、もう思い出せない。
ベネの実の母。
タブラの祖母。
「……久しぶり、タブラ」
ヴィヴィは顔をしわくちゃにして微笑んだ。哀悼、疲労、ささやかな喜びが混じり合った表情。
「久しぶり、ヴィヴィ」
「こっちで、お前の若い姿を見たくなかったよ、タブラ。馬鹿息子とアンヌさんは元気だった?」
ヴィヴィは、立ち止まったタブラに進むように促した。
彼女の身体は晩年のそれだ。
びっこを引いていたはずの足は動き、緩慢ながらも力強い。
「…………うん」
タブラはヴィヴィから目線を逸らすと、通路脇に設置された水路を見つめた。
水路をよく見ると、小さな亀達が流れに逆らって泳いでいた。
青い甲羅の海亀。
「……聞いて悪かったよ。どうか、忘れとくれ」
ヴィヴィは何かを察したように、嘆息した。
「……お前がやることを教えようか」
「わかった」
大柄な青年と、少しだけ背の高い老婆は大亀に黙って向かう。
少し背の高い老婆




