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——世界は、すでに終わっていた。
空は赤く濁り、ひび割れている。
裂けた雲の奥から、黒い瘴気が絶え間なく滲み出し、
まるで空そのものが腐敗しているかのようだった。
地上も同じだ。
崩壊した石造建築。
焼け焦げた街路。
乾ききった血の跡。
そして——
「……ぁ……」
かすれた声。
視線を向けた先で、“それ”は蠢いていた。
人間だったもの。
皮膚は崩れ、骨は歪み、目は白く濁っている。
「グ……ギ……」
もはや人ではない。
魔物だ。
「……はは」
思わず、笑いが漏れた。
「終わってんな、この世界」
俺——天城レイは、死んだはずだった。
過労死。
ブラック企業。
救いのない人生。
その果ての、異世界転生。
よくある話だ。
だが——
「よりによって、難易度設定ミスってるだろ」
この世界は、すでに人間のものじゃない。
その事実を、俺は“知っていた”。
いや——
“知識として与えられていた”。
頭の奥に焼き付いた、異質な情報。
七柱の魔王。
それぞれが領域を持ち、世界を分割支配している。
人類は滅びかけ。
生存圏はごくわずか。
位置までは分からない。
名前も、詳細も不明。
だが——
「七体いる」
それだけは、確定情報として理解していた。
(なんで知ってるか、って?)
理由は単純だ。
「これのせいだろ」
視界に浮かぶ、半透明のウィンドウ。
【固有スキル:《世界奪還》】
・魔王支配領域を侵食・奪取する能力
・発動と同時に“領域侵食”を開始
【補足】
・対象世界の支配構造情報を自動取得
【効果】
・侵食中:対象領域内で性能が段階的に上昇
・支配者撃破で奪還完了
【奪還後】
・支配領域内:全ステータス100倍
・支配下個体の進化/強制支配が可能
「……なるほどな」
つまりこれは単なる戦闘スキルじゃない。
“世界を取り返すためのシステム”そのものだ。
そのときだった。
足元の地面が、わずかに光る。
じわり、と。
まるで見えない何かが、広がっていくように。
【侵食開始】
【侵食率:1%】
「もう始まってんのかよ」
その瞬間——
ズズン、と重い振動が響いた。
振り向く。
そこにいたのは、異形。
三メートル級の巨体。
黒く硬化した皮膚。
膨張した筋肉。
そして、血を滴らせる巨大な斧。
「グルァアアアアア!!」
咆哮と同時に、突進。
速い。
見た目からは想像できない速度。
(——死ぬ)
そう思った、次の瞬間。
【侵食率:12%】
「っ……!」
空気が変わる。
いや——違う。
世界の側が、俺に“譲り始めた”。
身体が軽い。
視界が澄む。
音が、クリアになる。
「なるほどな……」
口元が歪む。
「戦ってる間に、こっちの領域になるってわけか」
斧が振り下ろされる。
さっきまでなら避けられない一撃。
だが——
遅い。
紙一重で回避。
踏み込む。
【侵食率:31%】
見える。
完全に見える。
筋肉の動き。
重心の流れ。
次の一撃。
すべてが、手に取るように理解できる。
魔物が吠え、連撃を叩き込んでくる。
だが——
全部、遅い。
【侵食率:57%】
「いいな、これ」
笑いが漏れる。
戦えば戦うほど、俺が強くなる。
じゃあ結論は一つだ。
「長引かせる理由がない」
一気に踏み込む。
懐へ。
——速い。
さっきまでとは比較にならない加速。
気づけば、相手の死角にいた。
「終わりだ」
手刀を振る。
力なんて込めていない。
ただ、触れただけ。
スパァン——
それだけで。
巨体の首が、宙を舞った。
【侵食率:100%】
【奪還完了】
静寂。
次の瞬間——
世界が、塗り替わる。
黒く腐っていた大地が、色を取り戻す。
瘴気が消え、空気が澄む。
そして——
「……は?」
力が、溢れる。
さっきまでとは比較にならない。
別物。
【支配領域確定】
【ステータス補正:100倍】
「これが……支配か」
拳を握る。
空気が震える。
理解した。
このスキルの本質。
「奪った場所は、全部俺の世界になる」
そのとき。
「……に、人間……?」
声。
振り向くと、瓦礫の陰から少女がこちらを見ていた。
痩せ細った体。
ボロボロの服。
それでも、生きている。
「あなた……いま、魔物を……?」
信じられない、という目。
無理もない。
この世界では、魔物は絶対的な捕食者だ。
人間が単独で勝てる存在じゃない。
「まあな」
軽く答える。
少女は震えたまま、呟く。
「ここは……魔王様の領域なのに……」
その言葉に、俺は空を見上げた。
赤く濁った空。
その向こうにいる、“七つの支配”。
そして足元。
今、奪ったばかりの領域。
「違うな」
一歩、踏み出す。
「もうここは——俺の領域だ」
少女の目が見開かれる。
その瞬間。
空が、歪んだ。
遥か上空。
何か巨大な“意志”が、こちらを捉える。
【警告】
【魔王の一柱が、侵食を検知】
「……はは」
笑いが込み上げる。
いい。
最高だ。
「気づいたか」
どうせやるなら——
最初から全部だ。
七柱の魔王。
支配された世界。
絶望の構造。
全部まとめて——
「奪い返す」
拳を握る。
力が、応える。
「この世界は——俺が取り戻す」
——その日。
終わっていた世界に、初めて“反撃”が始まった。




