『完璧な僕の、完璧な台本』
初投稿です。
「いつも明るい人気者の男の子が、実は全部演技だったら……」という妄想から生まれた物語です。
完璧な仮面を被った少年、陽太と、それを見抜く少女、氷川。二人の歪な関係を、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです!
「あはは!マジかよ、それ最高だね!」
教室に、陽太の突き抜けるような明るい声が響く。地声より3音高く、腹式呼吸を意識した、誰の耳にも心地よく届く「正解」のトーン。
「陽太くん、これお願いしてもいい?」
「もちろん!任せてよ。そういうの得意だし」
頼み事をしてきた女子に、陽太は1.5秒だけ目を合わせ、それから少し照れたように視線を外す。『誠実で無害な、頼れるクラスメイト』。脳内の「対人マニュアル」に書かれた通りの完璧な挙動だ。
――あと、3分。
時計の針を盗み見ながら、口角を5ミリ上げたまま固定する。頬の筋肉がピクリと痙攣しかけるのを、慣れた技術で押さえ込む。終礼のチャイムが鳴り、嵐のような喧騒が教室から引いていく。
「じゃあな、陽太!」「また明日ねー!」
投げかけられる言葉のすべてに、彼は「また明日!」と100点の笑顔を返した。
最後の一人が教室を出て、扉が閉まる。廊下に誰もいないことを、左右の視線でさっと確認する。……よし、誰もいない。その瞬間、陽太の顔から照明を消したように表情が消えた。上げたままだった口角がだらりと下がり、光を宿していた瞳は、瞬時に死んだ魚のように濁る。
「…………はぁ」
肺の奥に溜まっていた「偽りの空気」をすべて吐き出すように、重いため息をつく。引きつっていた顔の筋肉をようやく緩め、自分を「オフ」にする。
――あーあ、終わった。
今日も無事に、一秒も欠かさず『理想の陽太くん』を完走した。誰にも疑われず、誰にも嫌われず、ただの便利な記号として一日を消費した。さあ、早く帰ろう。暗い自分の部屋で、たった一人の無表情を味わうために。
そんなことを考えながら、足早に階段を下り、昇降口へ向かう途中で、ふと制服のポケットが軽いことに気づいた。
「……あ」
いつもは肌身離さず持ち歩いているはずの、あの重みがポケットにない。スマホだ。一気に背筋に嫌な汗が流れる。中身を見られるはずはない。パスワードはかけている。
だが、もし誰かに拾われて、画面に届いた通知の「明るい返信」と、今この「死んだ魚のような目」をした自分を見比べられたら? それだけで、自分の正体が「全部嘘」だとバレてしまう。
陽太は「明るい陽太」の仮面を被り直そうとしたが、あまりの焦りに指先が震え、うまく口角が上がらない。誰もいない廊下を、心臓の音を響かせながら逆走する。
「……はぁ、はぁ……っ」
勢いよく教室の扉を引く。誰もいないはずの、オレンジ色に染まった空間。だが、そこには。陽太の机の横で、彼のスマホを指先で弄んでいる女子がいた。
「……あ。戻ってきた」
クラスで一番関わりたくなかったクールな女子、氷川だ。彼女は陽太のスマホを手に持ったまま、感情の読めない瞳でこちらを見つめていた。
陽太は、引きつりそうな頬を必死に抑え、いつもの「100点の笑顔」を顔面に張り付けた。
「あ、氷川さん。それ、僕のスマホだよね。拾ってくれたんだ、ありがとう。……返してくれるかな?」
声のトーンは高く、明るく。
だが、氷川は動かない。陽太のスマホの画面を見つめたまま、感情のない声でポツリと言った。
「……0612」
陽太の思考が、一瞬で真っ白になる。
「え、……何? 何のこと?」
「パスワード。……あなたの誕生日は12月なのに、なんでお母さんの誕生日にしてるの? 推測されにくいから?」
心臓が、耳元でうるさいほど鳴り響く。
スマホの画面には、さっきまで閉じていたはずの「メモ帳」が開かれているのが遠目にも分かった。
「……勝手に見るなんて、悪趣味だなぁ」
陽太は、まだ笑っていた。
だが、その笑顔はもう、ひどく歪んでいる。
「これ、英単語帳じゃないわね。……『自分』っていう役の台本でしょ」
氷川の視線が、陽太を貫く。
その瞬間、陽太の中で何かが音を立てて崩れた。
1日おきに投稿するつもりです!
次回もお楽しみに!!




