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第二十七話 ボクはエイル

「俺は最初、エイルの事を生意気な女だと思った。

 そして、腹が立った。腹が立ったから、俺はエイルが望むようにしてやった。他の二人の前で凌辱の限りを尽くした。おおよそ、まともな女ならばショックで立ち直れないだろうレベルでな。

 喧嘩を売る相手は選ばないといけないという、ごくごく当たり前のルールに則った行為だったが、エイルは7日7番の屈辱に耐え、それでもなお気高さを失わず美しかった。」


「彼女は本当に芯の強い女だった。

 俺はそこが気に入った。

 だから、他の二人は神の元へ送り返したが、彼女だけは魔法で俺の家に縛り付けて帰さなかった。

 送り返しはしなかったが、俺は彼女を宝物の様に大切に扱った。

 そうやってとにかく誠心誠意彼女に尽くしていると、その気持ちが通じたのかエイルは地下迷宮の秩序を守るために奔走する俺の姿に敬意を持つようになってくれたし、俺に心を開くようにもなっていった。いつ頃からだろうか?

 いつしか俺達は互いを求めあう関係になって行った。」


「俺はエイルの事を深く愛していたし、エイルは、そんな俺を受け入れてくれた。」


 迷宮ジジィは、前のエイルの姿を思い浮かべながら、そこまで話してから、一転、苦しそうな表情と声で事の顛末(てんまつ)を語り始めた。


「だが、戦乙女の元締めの一柱であるオーディンはそれが許せなかった。

 和平交渉と偽り、俺に近づいてきたかと思うったら、俺の目の前でエイルの魂とその体の中に芽生えつつあった新たな魂を抜き取り、消滅させた!!

 あとに残ったのは、文字通り魂の抜け殻になったエイルの体だけだった!!」


 苦しそうに悲しそうに、声を震わせ表情を歪める迷宮ジジィの姿をボクは初めて見た。

 どんなときも常に弱みを見せないはずの彼が、耐えられない悲しみの姿をボクに見せたのだった。

 衝撃的でありながら、同時にここまで迷宮ジジィに愛された前のエイルにボクは嫉妬せざるを得なかった。


 それからしばらくの間、迷宮ジジィは苦しそうに黙り込んだ。それから続きを話し出した。


「俺は怒りに任せて100日戦ってオーディンを殺した。その後、他の3柱の神々は俺に恐れをなして降伏したので、地下迷宮の奥底の小さな小さな異界に閉じ込めて封印した。やつらは終わることがない孤独を永遠に味わうのだ。」


 勝者の歴史であるにもかかわらず、その経緯を語る迷宮ジジィの姿はまるで罪人の様だった。

 か弱く、惨めだった。


「だがオーディンを殺そうが、奴らに罰を与えようが、エイルも俺の子供も戻ってこない。

 美しいエイル。そして、生まれてくるはずだった魂の事を考えない日はなかった。

 それからずっと、俺は魔法で保存したエイルの体と生きて来た。」


 そこまで話すと迷宮ジジィは一本の明かりの残った燭台を手にして、「これが俺とエイルの話だが、最後に聞いておきたいことはあるか?」と尋ねて来た。

 最後のロウソクを消すという意味だ。

 

 ボクには、このろうそくの火を消すことにどんな意味があるのかわからないし、最後のロウソクを消した時、何が起きるのかもわからない。ただ、これが明らかに何らかの儀式であることは確実だった。

 最後のロウソクの火が消えたら『何か』が起きる。それが何なのかわからないけれど、何が起きても後悔がない様にボクは尋ねておきたいことを尋ねた。


「ご主人様。そんなに大切だったエイルの体にどうしてボクの魂を入れようなんて思ったの?」


 迷宮ジジィは、燭台をしばらく眺めながら返答を考えていたけれど、答えてくれた。


「わからん。」

「えっ?」

「いや、本当にわからんのだ。」


 迷宮ジジィは困ったように笑いながら説明を始める。


「あの時、オーガの群れにお前が殺されることは迷宮にとっては日常の事。とりたててお前を助ける理由などなかったんだ。

 でも、何故か強く思ったんだ。

 これは運命ではなかろうか? とな。

 そして、試してみることにした。最初に言ったようにお前の魂が戦乙女の体に定着することなんか、あり得ないことだったんだ。

 それはわかりきっていたはずのことなのに俺は試した。そして、何故かお前の魂は定着した。」


 迷宮ジジィはボクの目をジッと見つめて言った。


「これは運命なんだよ。

 お前を助けたいと思ったことも。

 お前が生き残ったことも。

 お前が(○○○)俺を(○○)愛するように(○○○○○○)なった(○○○)ことも。」


「えっ?」


 迷宮ジジィが最後に何気なく言った一言に気が付いて慌てた。


「えええーつ?!

 あ、愛するってなんで?

 ボク、そんなこと言ってないしっ! な、なんでそんな風に勘違いしてるのっ!?」


 慌てるボクに対して迷宮ジジィはいつも通り平然とした態度で答えた。


「言わずとも態度に出ている。

 フレイアと俺との関係に嫉妬したのは何故だ?

 あれほど嫌がっていた俺に抱かれる覚悟を持ったのは何故だ?

 いや、正直にいえ。今のお前は俺に抱かれたいとさえ思っているだろう?」

「そ、そんなことっ」


 と。否定しようとしてボクは自分の気持ちに気が付いて愕然とした。自分でも気が付かなかったけれど、ボクは迷宮ジジィに抱かれたいと思っている!?


「・・・・ええっ? でも、なんで?

 こんなゴミクズみたいな性格の迷宮ジジィの事を何でボクが好きにっ!?」

「ごっ・・・・お、お前なぁ・・・・」


 思わず出たボクの暴言を迷宮ジジィは怒らずに話をしてくれた。


「これは俺の憶測だが、お前は前のエイルの生まれ変わりだ。そうでなければ魂が定着するわけがない。お前の気持ちも俺の気持ちも説明がつかない。」

「・・・・ご主人様のきもち?」


 迷宮ジジィはボクの眼を真っすぐに見つめて答えた。


「お前のことを誰よりも深く愛している。」


 言われてボクは涙が止まらなくなった。その姿を迷宮ジジィは抱きしめてくれた。

 そして最後のローソクを吹き消すとボクを押し倒すのだった。

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