第二十六話 全ての始まり
「俺が伝え聞いた話によると、全ての始まりは、異界から渡って来た一柱の神の気まぐれだったそうだ。
自らを全知全能と名乗るその神はかなり強力な神だったらしい。そして、その神が気まぐれに降り立ったこの世界は、あまりにも脆弱だった。農耕するにも牧畜するにも条件を満たしておらず、人間は雨水をすすって生きていた。
哀れに思ったその神は、この地に一つの魔法陣を描き去っていった。」
「その魔法陣は召喚の魔法陣だった。異界からランダムに神を召喚し、召喚された神は戻る当てがないのでこの世界を発展させていった。
そうして、この世界は満たされていった。そうなると、あまりにもランダムに神々を召喚し続けるその魔法陣は過剰であり無駄になった。
ある時、封印の神スサノオが岩の扉でその魔法陣を地下深くに封印した。新たな神は召喚されることはなくなった。」
「が、魔法陣が生み出す魔力は強力で封印の扉から漏れ出し、上にある地表に恵みを与えた。豊饒の大地が生まれた。すると人間が当然、集まって来る。
生活が安定した人々はやがて文明を持ち、発展した。そうして成熟期にあることに気が付いた。
この大地の地下から魔力が染み出しているという事を。」
「好奇心は人々を地下世界へと導いた。大地を掘って掘って、掘り進めながら都市を築いていった。
それが最初の王国の始まりだ。
それから数千年の間、色々なことがあって何代も違う王朝が生まれていった。当然、世界に散らばっていった神々の恩恵を受けた人々の王国がこの大地の恵みを知って侵略し、民族ごと王朝が変わることも珍しくなかったし、そういった外敵から身を守るために地下迷宮は、より深く、より複雑化していった。」
「そうして今から千年前の王朝がとんでもないことをやらかしてしまった。
地下迷宮の魔法陣を発掘してしまったんだ。岩の扉は鍛冶の神ヘパイストスが作った槌で破壊され、再び召喚陣が発動したんだ。
封印されたはずの魔法陣から新たに神々が召喚されてくる。それは封印の神スサノオにも知れ渡ることになった。」
「再びこの魔法陣を封印しようとしたところ、それを反対する神々と対立が起きた。
自分たちの派閥の神々と徒党を組んでいたそれらの神々はスサノオと言い争った。
だが、スサノオはあまりにも短気で暴力的な神だった。対立する意見を言われたことに腹を立てて多くの神々を半殺しにして再びここを封印する決定をした。
それを阻止しようとしてスサノオにすがる神々。
人も神もすがられると弱いものだ。とうとうスサノオは折れて、新たに召喚される神をこの地下迷宮から出さないことを条件に魔法陣を存続させることにした。」
「再び神々が召喚され始めると、この土地はいよいよ栄えた。そうなると戦争は激化した。
人と人との戦争は、やがて人が信奉し合う神々との戦争へと発展した。
困り果てたこの地下迷宮の王は、再び魔法陣の封印を願った。」
「王は自らの娘と一族郎党をスサノオに献上し、魔法陣と地下迷宮を封印した。
王朝の者は地下迷宮を追われ、やがて人々の歴史からこの地下迷宮はただの伝説となってしまった。」
「それがスサノオから伝え聞いた話。俺は400年前にスサノオからこの地下迷宮の管理を任された者で、この地下迷宮の正統の後継者というわけだ。
だから地下迷宮のバランスを維持する役目を担っている。」
迷宮ジジィはそう言うとテーブルの上のロウソクの火を一つ吹き消した。これで二つ分のロウソクの火が消えて部屋が暗くなった。
そこでボクは迷宮ジジィがこの会話に4段階の節目を決めていて、一段階話終わるために火を消しているんだろうと察した。
全てのロウソクの火が消えたら、どうなるんだろう?
そんな不安もあったが、ボクはそれ以上に迷宮ジジィが語るこの地下迷宮の謎が知りたくなった。
「それでご主人様はご自身の事をこの地下迷宮の王や管理者を自称されていたのですね。
なるほど。で、エイルは何者なのです?
なぜ、戦乙女と恋仲に?」
「・・・・ふっ、お前は機転が利くわりに気が回らない奴だな。
他に尋ねるべきことがあるだろうに・・・・・。まぁ、いい。では、望み通り話してやろう。」
ボクの質問はトンチンカンなことだったのだろうか?
迷宮ジジィは重々しい表情から一転、拍子抜けしたように笑うと続きを話してくれた。
「俺がスサノオからこの地下迷宮を託されてすぐは大変だった。
まぁ、行き過ぎた行為を働く人間や怪物に対する粛清は簡単な仕事だったがな。俺にとっては片手間作業と言って差し支えない程度のことだ。
だが、神が相手となると、そう簡単にはいかない。
地下迷宮の神々は若造の俺に管理されることを苦々しく思って協力的ではなかったからだ。いや、対立したという表現が正しいかな。」
「対立・・・・・」
ボクは対立という表現を聞いてアムンキ様と初めて会った時の事を思い出した。敵対と言うほどではないけれど、とても友好的ではなかったからだ。
そして、それは他の神々の場合、アムンキ様どころではなかったようだ。
「話し合いで折り合いがつかない場合は、俺達は戦争状態になることも珍しくなかった。
当時の俺はまだまだ未熟で、かつ、駆け引きと言う物を知らなかった。
それで4柱の神々と大戦争になったこともあった。
エイルは、その神々の連合に属する暗殺者の一人だった。」
「・・・・えっ!? 暗殺者っ!?
じゃぁ、エイルは敵だったってこと?」
驚きの事実。恋人のエイルとは、迷宮ジジィを殺しに来た暗殺者だったんだ。
「そう。暗殺者だ。
もっとも暗殺者であっても戦乙女は所詮は下級の神。例え束になって襲い掛かってきたところで俺の相手ではなかった。
俺はエイルを含む10人の戦乙女がこの家に忍び込んだ瞬間に制圧した。7人を瞬時に殺し、3人を生け捕りにした。」
「俺は尋問を兼ねて、彼女たちに屈辱を味合わせてやろうと思った。そして、凌辱の限りを尽くしてから親玉の所へ送り返してやろうと考えた。俺に戦争を仕掛けたらどうなるかの見せしめにしてやろうと思ったんだ。
だが、俺がことを始めようとした時、怯える二人を庇うようにしてエイルが俺の前に立ちはだかった。
『見せしめなら、一人で十分でしょう。屈辱は全て私が受け入れます。
あなたもこの地下迷宮の秩序を守る者ならば、限度を守るべきだ!』
エイルは圧倒的な強者である俺に向かって、そう一喝したんだ。」
そこまで話してから迷宮ジジィはろうそくの火をまた一つ吹き消した。
その時の迷宮ジジィの顔は『前のエイル』の事をとても誇らしく思っていることが伝わってくるように穏やかだった。




