31話 数カ月ぶりの家族との再会
馬車に揺られて三日後の夜。
ようやく目的のシュテルダム伯爵邸が見えてきた。
馬車の小窓から実家の姿を確認したメロリーは、自身を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。
「メロリー様、大丈夫ですか……?」
「うん、大丈夫よ、ルルーシュ」
目の前に座り、心配そうに問いかけてくるルルーシュに笑顔を見せる。
辺境伯領へ行くことが決まってから、もう二度と実家には戻ってくることはないと思っていた。
もしもロイドから門前払いを食らったとしても、もう二度と実家の敷居をまたがせてもらえないことを分かっていたからだ。
(それなのに、私は今戻ってきている。……それも、家族に望まれて)
実家からの手紙には、ラリアは事故が原因で全身が激しく痛むとしか書いていなかった。
骨折だとか、打撲だとか、擦り傷だとか、詳細が書かれていたら、できるだけ症状に合った薬を用意したのだが、手紙からは緊急性が窺えたので、詳細を尋ねる返信をするよりも先に、こうやって実家に戻ってきたのだ。
「私の薬で、お役に立てれば良いんだけど……」
「…………。そういえばメロリー様、今回はどのような効果のお薬をお作りになったのですか?」
メロリーが急ぎ薬を調合している間、ルルーシュは馬車の手続きや使用人たちへの連絡、ロイドに残す手紙類の準備に、替えの服や下着などを用意してくれていた。
まだ伝えていなかったことをたった今理解したメロリーは、鞄から目的の薬が入った瓶を取り出し、それをルルーシュに見せた。
「これはね、『全身の細胞や組織を活性化させる薬』なの。治癒力を高める薬って言ったほうが分かりやすいかな? どこが辛いか分からなかったから、とりあえずこれが一番だと思って。これを飲めば骨折くらいなら二、三日で治るし、内臓の損傷にも効果があるの」
「す、凄すぎませんか……!? これまでメロリー様が作られる薬はどれも魅力的でしたが、その薬があれば病知らずではありませんか!」
ルルーシュが興奮気味に語る。
基本的に冷静な彼女の、こんな姿を見られるのは少しレアだ。
メロリーも、この薬を考案した時は、ルルーシュと同じように歓喜したものだ。
「けどね、この薬には少し欠点があって──」
「到着いたしました」
馭者の言葉に遮られて、メロリーは言葉を呑み込んだ。
小窓から外を見れば、すぐそこに実家の正門があった。既に開いていることから、入ってきてもよい、ということなのだろう。
「ルルーシュ、ここからは徒歩で向かいましょう。屋敷はすぐそこだから」
「かしこまりました」
先に馬車から下りたルルーシュの手を借りて、メロリーも地面に足をつける。そして、屋敷を見上げた。
(あれ? こんなに小さかったっけ?)
数カ月ぶりの実家の外観は何も変わっていないはずなのに、懐かしさよりも辺境伯邸との差をまざまざと感じた。
というより、自分の中で屋敷といったら辺境伯邸というイメージになっていたことに、メロリーは驚いた。
──いつの間に、自分の中でこんなにも大きな存在になっていたのだろう。
「……行きましょうか、ルルーシュ」
家族の役に立ちたい。認めてもらいたい。
同時に、早くロイドが待つカインバーク邸へ、調合部屋へ帰りたい。
メロリーはそんな想いを胸に、薬を入れた鞄を片手に持ったまま、実家の方へと歩き始めた。
玄関に到着すると、すぐに使用人たちが扉を開けてくれた。
エントランスに足を踏み入れれば、こちらに一身に注がれる視線。以前のように嫌悪や嘲りは感じられなかった。
メロリーが作る薬の噂が使用人たちの耳にも届いているのか、ラリアの身を案じているため、メロリーどころではなかったのかまでは分からない。
「えっと、ラリアが怪我をしたと聞いたから戻って来たの。ラリアのところに案内してくれる……?」
「承知しました。では、お連れ様はこちらに」
「はい?」
使用人の一人がルルーシュを一階の奥の部屋へ案内しようとする。
しかし、ラリアの部屋は二階にあり、おそらく彼女はそこで休んでいるはずだ。
現に、何人かのメイドたちはメロリーを二階に案内するために動いていた。
「待って! どうして彼女を一階に通すの?」
メロリーが疑問を投げかければ、使用人の一人が申し訳なさげに口を開いた。
「旦那様からのご指示でございます。旦那様たちのもとへは、メロリー様だけをお通しするように、と。お連れの方がいた際は、一階の応接間でお待ちいただくようにとも仰せつかっております」
「お父様が……?」
ルルーシュは心配そうに見つめてくるが、何も言わなかった。おそらく、メロリーの決断を待ってくれているのだろう。
(お父様たちがルルーシュを……というか、私以外を部屋に招き入れたくない理由って何だろう?)
考えた時、一つ思い至ったのは、今回ここに来る目的となったラリアのことだ。
ラリアは、全身が痛むほどの怪我を負ったと書かれていた。それなら、顔に傷があっても不思議ではない。
(ラリアは昔から自分の顔の美しさに自信を持っていた。顔に怪我をしているなら、その姿をできるだけ誰にも見られたくないと思うのは不思議じゃない……)
そう結論付けたメロリーは、ルルーシュに一旦応接間で待つようお願いした。
ルルーシュはやや迷いながらも納得し、お気を付けてと言って奥の部屋へと歩いていく。
小さくなっていくルルーシュの背中を見送ったメロリーは、使用人たちに続いてラリアの部屋を目指した。
ロイドから婚約の打診が来る前、使用人として何度も足を踏み入れたラリアの部屋。
わざと足をかけられて転ばされたり、掃除道具を蹴られて手間を増やされたりと、嫌がらせをされた思い出しかない。
しかし、そんなラリアが今大変な目に遭っている。
事故の恐怖、体の痛みは相当なものだろう。それをほんの少しでも、自分が作る薬で和らげてあげたい。
(ラリアや、お父様とお母様の役に立ちたい。そして、できたら私が作る薬を……私自身を認めてほしい)
心臓が激しく脈打つ。緊張と、ほんの少しの期待のせいだろう。
(落ち着いて、私。……よし!)
メロリーは自分自身にそう言い聞かせてから、扉を開く。床におろしていた視線を少しずつ上げ、家族たちを見つめる。
(え……)
少なくともこの瞬間は、この瞬間だけは、自分の来訪を家族は喜んでくれると、そう思っていたというのに──。
「……ハァ、ようやくお出ましだ」
「遅かったじゃない」
どうして両親は、相変わらず蔑んだ目で、まるで汚いものを見るかのような目で見つめてくるんだろう。
「お父様もお母様も、もっと笑顔で迎えてあげましょうよ〜? メロリーお姉様、おかえりなさい」
どうしてラリアは、痛みに耐える素振りもなく、平気そうに歩いているんだろう。
お読みいただきありがとうございました!




