30話 国王と謁見
一方その頃、ロイドは王宮内にある謁見の間で、国王と対峙していた。
「カインバーク卿、面を上げよ。……それで? ようやく私の娘を娶る気になったのか?」
部屋の真ん中に、厳かな赤い絨毯が引かれた謁見の間。その奥にある階段の頂上には椅子が二つ並んでいる。
今日は空席だが、片方は国王の寵愛を一身に受けている若い王妃のもの。
もう片方は現在進行系で幼い娘を婚約者にと推してくる、国王のものだ。
「ご冗談を」
ロイドは片膝をついたままで顔を上げると、メロリーのことを思い浮かべ、ふと頬が緩んだ。
「私には既に、この世の何者に代えがたいほどに大切で、愛おしく、また天使のように可愛らしい婚約者がおりますので」
「ほう。卿がそんな顔をするとは、余程惚れていると見える」
国王は顎髭を軽く触りながら、驚いた表情を見せた。
「仕方がない。私の娘のことは残念だが、珍しく惚気た顔が見られたことに免じて勘弁してやろう。して、今日は何の用で参ったのだ?」
「私の婚約者、メロリー・シュテルダム伯爵令嬢のことについてお願いがあり、参りました」
ロイドが謁見申請をしたのは、ちょうどメッシブル公爵夫妻の結婚式の後──メロリーが作る薬の凄さが貴族たちに広まった頃だった。
これまでは、顔を合わせると幼い娘を婚約者にしないかと言われるので、国王と会うことにはあまり積極的ではなかった。
しかし、今日は違う。
「戦争の立役者である卿のためならば、頼みの一つや二つ聞いてやろう。申してみよ」
「ありがとうございます。では遠慮なく。……私の婚約者、メロリーの──魔女の悪評を払拭できるよう、陛下にはご協力いただきたい」
「……ふむ、なるほど?」
国王はニヤリと口角を上げて酷く楽しそうに目を細めている。
顔を合わせれば「若妻は良いぞ〜!」などと軽口を叩きはするが、何を考えているか分からない食えない人でもあった。
国王は足を組み替え、ゆっくりと口を開いた。
「メロリー嬢に『出来損ない魔女』という噂があることは知っている。しかし、最近ではメロリー嬢が作る薬は多くの貴族たちの大人気だそうじゃないか。私が何をしなくても、いずれ噂は消えるのではないか?」
「……それだけでは、駄目なのです」
メロリーの薬を飲んだ者のほとんどは、彼女に感謝している。メロリーは出来損ないなどではないと、声を大にする者も少なくない。
しかし、一方で未だにメロリーの薬に……否、メロリー自身に不信感を抱く者は多い。
メロリーが、不吉の象徴である魔女だからだ。
いくら効果が高かろうと、魔女が作る薬なんて飲みたくない、危険があるはずだという声は、ちらほら聞こえてきていた。
当然と言えば当然だ。
しかし、ロイドはそれがどうしても気に入らなかった。
おそらく、メロリー本人はそれを知ってもさほど気にしないだろう。誰かの役に立てるなら幸せだと思うくらい、心優しくて、健気な人だから。
けれど、ロイドはそうではなかった。
「私は、メロリーが国中から愛されるような、そんな魔女になってほしいんです」
誰からも魔女だと後ろ指をさされずに済むように、メロリー自身が胸を張って魔女だと言えるように。
(魔女であることで、メロリーが傷付かなくても済むように)
ロイドの言葉に、国王は再び顎髭を撫でた。
「メロリー嬢のみならず、魔女そのものの悪評を取り払いたいという卿の言い分は分かった。国王である私が魔女の名誉回復に努めれば、さほど難しい話ではない」
「では──」
「だが、そのためにはやはり、メロリー嬢が作る薬がいかに安全で効果的なのかを、国民全体に知らしめることも大切だ」
国王の言うことはもっとも だ。メロリーが魔女であることで、自分たちにメリットはあるのか。
そのメリットが大きければ大きいほど、魔女の名誉回復は簡単になる。
「しかし、残念なことに私はメロリー嬢が作る薬を飲んだことがなくてな。さすがに自身が試したこともないものを、大々的に薦めるわけにはいかん」
「それでしたら──」
ロイドは床に置いておいた鞄を開き、国王に見えやすいように腕を前に伸ばす。
そこには、薄緑色の液体が入った小瓶が三つ入っており、国王は興味津々そうな様子でそれを見つめている。
「それは?」
「私の愛する婚約者が作った薬です。陛下ならば、ご自身で試したものではないと前向きに検討してくださらないと思いましたので、事前にご用意しました」
「ほう。準備が良いな。で、その薬の効果は?」
国王は昔から、風邪一つ引かないくらいに体が強かった。視力や聴覚、味覚などにも問題がなく、自身の見た目にも絶対的な自信を持っている。
痒いところに手が届くメロリーの薬を飲み、効果を実感してもらう相手としては、最も厄介だった。
何故なら、健康的な悩みがほとんどないのだから。
しかし、これまで何度も国王と対峙してきたロイドは知っていた。
国王の唯一の悩み、それは──……。
「こちらは、精力剤です」
「何……!?」
「厳密に言うと『一時的に足が少し大きくなるけれど、精力が増す薬』です」
ロイドは続けて、魔女には人体に有害か否かを見分ける能力があること、効果は自分の体で検証済みであることを報告した。
「こ、効果はどれほどだ……?」
「……恐れながら、一日中外出はできない程度にはあるか、と。個人差はあると思いますが」
「おお! 本当か! しかし、副作用があるんだろう?」
「ございます。ですが、陛下がこの薬を飲まれる際に、足が少し大きくなってもそれほど問題はないかと思います」
「確かに……」
国王の唯一の悩みは夜の方の体力が衰えてきていたことだ。
とはいえ、精力剤自体は既に存在していた。
自国のもの、他国のもの、国王はそれらを取り寄せては飲んでいたのだが、そのどれもが思っていたような効果を与えてはくれなかった。もしくは、効果と比例して副作用が大きく、体調を脅かすようなものばかりだったのだ。
(メロリーに精力剤を作ってほしいと頼んだ時、彼女の後ろにいたルルーシュの顔は、気の弱い者なら気を失うくらいに恐ろしいものだったが)
メロリーにならば、ほんの僅かな副作用で、絶大な効果を得る薬を作ることができる。
過去に精力剤を作ったことがなかったようで、新薬の開発には苦労していたようだが、ロイドとしては何度も毒見役を請け負えてむしろ感謝したいくらいだった。
「陛下。先程の頼みは、こちらの薬を飲み、効果を検証していただいてからで構いません。ご検討願えませんでしょうか」
「ふむ、分かった。早速今夜試してみるとしよう。結果次第では、卿の頼みに助力は惜しまん。それと、せっかくここまで来たのだ。部屋を用意させるゆえ、少しゆっくりしていけ」
「ハッ。承知いたしました」
ロイドは王の側近に薬の入った鞄ごと預けてから、王の間を後にする。
それから、二日間王宮に留まったロイドは、再び国王と話し合いを済ませた後、急ぎ屋敷へと思ったのだが──……。
「は? メロリーが実家に行った、だと──?」
自邸のエントランス。
帰邸後、急ぎ報告をしてきたアクシスの言葉を復唱したロイドの心臓は、ドクリと嫌な音を立てた。
「どういうことだ! なぜメロリーが……!」
王城に行っている間に、家族がこの屋敷にきてメロリーを連れ去っていったのか? それとも、メロリーが自らの意思で? どうして?
あまりの動揺に、ロイドはものすごい剣幕でアクシスに詰め寄る。
いつもなら「怖いから!」と怯えたり文句を言ったりするアクシスだったが、今回ばかりは冷静だった。
アクシスは「落ち着いて」とだけ言うと、懐から取り出して手紙をロイドに手渡した。
「メロリー様は、ロイドが王城に行き、僕が外出している間に家族から手紙で呼び出しを受けて、自らの意思でルルーシュとともに行ったみたい。理由については説明するより読んだ方が早いだろうから、まずはこれを読んで」
「……。分かった」
ロイドはすぐさま、受け取った手紙を開き、目を通した。
「妹が事故で大怪我……? なんだ、これは……」
詳しい原因も、症状は何一つ書かれていない。
とりあえず戻ってくるように、という鬼気迫る思いだけは見て取れるが、それが手紙の内容を裏付けるものでもないことを、ロイドは分かっていた。
(というより……この手紙はおそらく──。とはいえ、こんな手紙が来たら、メロリーは迷わず実家に戻ることを選んだだろうな。これまで家族に薬を馬鹿にされ、頼られることがなかった彼女のことだ。やっと家族の役に立てると考えているはず。なんせ、メロリーは優しいからな)
ルルーシュがついて行っていることだけは唯一の救いだが、それでも金に目が眩んだシュテルダム家の者がメロリーに何をするのか分かったものじゃない。
(一秒でも早く、助けなければ──)
ロイドは一度深く息を吐くと、冷静さを取り戻した様子でアクシスに向き合った。
「……アクシス、取り乱してすまなかったな」
「別に、なんともないよ。これでも一応、ロイドがどれだけメロリー様のことを大切に思っているかは知ってるし。……ってなわけで、馬の準備はしてあるからさっさと行きなよ。屋敷のこととか仕事は僕に任せてさ」
「……恩に着る」
ロイドは小さく口角を上げると、屋敷の扉を開け、走り出す。
「ちょっとロイド! 馬はそっちじゃないよ!?」
「その前に離れに用がある! あとは頼んだぞ!」
アクシスに言ったように、ロイドは離れに行き、棚の中から目的の薬を手に取る。
そして、馬に跨り、シュテルダム邸へと急いだ。
(すぐに行く。……メロリー、無事でいてくれ)
お読みいただきありがとうございました!
話は終盤に差し掛かりました!皆様、最後までお付き合いくださると嬉しいです(>ω<)




