29話 家族からの帰還命令
日に日に増えていく薬の依頼に伴い、調合室には薬草の匂いが充満する。それを嗅ぎながら、メロリーはうっとりとした表情で出来上がった薬を眺めた。
「うん、完璧!」
ケイレム伯爵令嬢から、お礼の手紙が届いた三日後の昼下がり。
メロリーが今持っているのは、『膝がカサカサになるが、口臭がなくなる薬』だ。
依頼主は初老の貴族男性。
孫娘に「お口がくしゃい」と言われたことを悩んでいたそうで、一時的にでも口臭を完全になくす薬はないかと依頼があったのだ。
口臭をきつくするために、わざわざ強烈な臭いがする薬草を食べてから、試飲してくれたロイドには感謝してもし尽くせない。
「メロリー様、お疲れ様でした」
「ルルーシュ、手伝ってくれてありがとう!」
先日採種したばかりの薬草の水洗いに加え、出来上がった薬を丁寧に梱包してくれたルルーシュに礼を告げる。
調合室にはルルーシュの他に数人のメイドがおり、皆がメロリーが調合にのみ集中できるよう手伝ってくれていた。
「皆もありがとう! 少し休憩にしましょうか!」
いくら窓を開けて換気しているといっても、これだけ立て続けに調合を続ければ匂いは消えてくれない。
薬草の匂いに慣れていないルルーシュたちの気分が悪くなる前に休憩を挟んだほうが良いだろうと、メロリーは判断したのだ。
ルルーシュ以外のメイドが調合室の外に出て休憩している中、この場に似つかわしくない高級なソファに腰掛ける。
「それにしても、旦那様がいないのは変な感じがしますね」
そんなルルーシュの言葉に、メロリーは思い出すように、ふふっと笑みを零した。
「確かにそうかも。この時間はよく休憩と称してここに来てくれていたから。でも、ロイド様は今日、国王陛下に謁見するという大切な用があるしね」
遡ること数時間前。
朝日が昇り始めた早朝に、ロイドは国王に会うために何人かの部下を連れて屋敷を後にした。
王宮まではかなり時間がかかるらしく、今日は帰ってこられないだろうとのことだ。
(いつもの軍服に華やかな装飾をつけたお姿、格好良かったなぁ。すぐに戻るからと声を掛けてくれた時に握られた手は力強くて、大きくて、なんだかドキドキし……って、また私は!)
最近、気が付けばロイドを見たり触れたり、なんなら彼のことを考えるだけで胸が騒ぐ気がする。
自らが作った、動悸を落ち着かせる薬は飲んだがあまり効かず、メロリーは自身の異変がどうしたら落ち着くのか、分からないでいた。
(とりあえず深呼吸をしよう……。ふぅー……はぁ……)
今回の国王謁見は、ロイド自身が申請したことによって叶ったことらしかった。
その理由については知らない。というか、聞いていない。
ロイドもわざわざ話してこなかったし、それなら婚約者でしかない自分は聞くべきではないと考えていたからだ。
しかし、謁見に際し、メロリーはロイドに一つ頼み事をされた。
それは、国王にとある薬を作ってほしいということだったのだけれど……。
(本当にあの薬で良かったのかな……?)
口元に手を当てて考えるメロリーに対して、ルルーシュはさらりとこう告げた。
「ご安心ください。旦那様にとって、メロリー様の側にいるよりも大切な用事などないと思いますから」
「え? 何か言った?」
何か凄いことを言われた気がしたけれど、いかんせん集中していたせいで、あまり耳に入っていなかった。
メロリーの憂いのない目が丸くなる様を捕らえたルルーシュは、「余計な心配でしたね」と呟いてから、本題を切り出した。
「……いえ、何も。それよりメロリー様、お渡ししたいものがあるのですが」
「?」
ルルーシュはそう言うと、メイド服のポケットから封筒を取り出した。メロリーの掌くらいの大きさの、白い簡素な封筒だ。
「メロリー様が調合をされている間に使用人の一人が持ってきてくれていたのですが、集中力を欠いてしまうやもと私が預かっておりました。……ご実家からのお手紙です」
「! 実家から?」
驚きつつも、メロリーはその手紙を受け取る。
(これまで音沙汰がなかったのに……というか、手紙をくれるような関係性ではなかったのに、一体どういうこと?)
この屋敷に届くメロリーへ当てた手紙は、封筒を開いて危険物が入っていないかの確認のみ行われる。
しかし、ルルーシュの表情が険しいことから、もしかしたら自分と家族の関係性をなんとなく察しているのかもしれない。
「ルルーシュ、心配しないで!」
「は、はい……」
にこやかな笑みを浮かべると、少しだけルルーシュの強張った顔が緩和する。
そんなルルーシュを横目に、メロリーは便箋を取り出し、文字を目で追った。
そして、最後まで読み終わった頃──。
「嘘……!」
メロリーの顔が真っ青になった様を見て、ルルーシュに緊張が走った。
「メロリー様、お手紙にはなんと……?」
「ラリアが……妹が事故にあって、大怪我をしたって……っ」
「!」
「それで、私の作る薬で、ラリアを助けてほしいから、今すぐ帰ってきてほしいって……」
メロリーにとってラリアは、目に入れても痛くない可愛い妹、とは程遠い存在だった。
産まれてすぐに離れで育ったメロリーは、ラリアの幼い頃の姿をほとんど知らない。
使用人として屋敷に足を踏み入れるようになってからは頻繁にラリアを見るようになったが、両親に倣って見下してくる性格も、社交場でだけ敬う様子を見せてくるところも、あまり好きにはなれなかった。
無条件に両親に愛されるラリアに、醜く嫉妬したことも一度や二度じゃない。
「急いで薬を調合して、私、実家に帰らなきゃ」
けれど、初めて家族に頼られた。必要とされた。
自分が調合する薬で助けてほしいと、求められた。
「……やっと、家族の役に立てる」
──何故、今も調合しているのか。
そう問われたら、調合が好きだからと答えるだろう。
けれど、メロリーの心の奥底には、ずっと残っていたのだ。
家族に認められたい、家族に褒めてほしい、家族の役に立ちたいという、そんな思いが。
忘れかけていたその思いは、今回の手紙によってメロリーの心を埋め尽くした。
「……メロリー様、しかし」
「薬を手渡したら、すぐに戻って来るから大丈夫。ロイド様にもその旨を手紙に書いて残しておくから、心配しないで。ルルーシュ、申し訳ないけど、馬車の手配をしてくれる……?」
メロリーはこの屋敷に来てから、こんなに自分の意見を押し通すことはなかった。
ルルーシュは不安を心の奥底に押し込み、コクリと頷く。
「……かしこまりました。けれど、私も付いていきます。それでよろしいですか?」
「もちろん! ルルーシュがいてくれるなら心強いわ! ありがとう」
その後、メロリーは急いで調合を開始し、ルルーシュは執事のセダーに事のあらましを説明し、現在外出しているアクシスが帰り次第、情報を共有するよう頼んだ。
メロリーは調合したばかりの薬が入った鞄を大事そうに抱えながら、シュテルダム伯爵邸までの道中、馬車に揺られた。
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