25話 お礼の正体とは!?
ラリアが夜会で屈辱を味わってから一週間後。
メロリーは目覚めると、天蓋付きベッドの布から僅かに漏れる日差しに目を細めた。
「ん……。お腹、空いた……」
いつもなら、起床後すぐに空腹を感じないのに。
もしかしたら寝すぎたのかもしれないと急いで体を起こし、天蓋の布を端に寄せてベッドの縁によいしょ、と腰掛けた。
ルルーシュを呼ぶために金色のベルを鳴らすと、随分と低い声が聞こえた。
「起きたかい?」
「え!?」
声はソファーからだ。
背もたれから見える髪色は夜空のような黒色。その人物は本をパタンと閉じてローテーブルに置くと、ゆっくり立ち上がった。
そして、ベッドに腰掛けるメロリーの目の前までやってきたその人物は、床に片膝をついた。
「おはよう、メロリー。寝起きの姿も最高に可愛いな。まさに天使だ」
「なっ、何でこの部屋にロイド様が……!?」
いつもメロリーは、朝起きるとベッドサイドに置いてあるベルを鳴らす。使用人──主にルルーシュを呼ぶためだ。
メロリーはこれまで自分のことは自分でしてきたので身支度を済ませることはできたのだが、ルルーシュに私の仕事ですからやらせてくださいね! と必ず呼びつけるよう頼まれていたのだ。
もちろん、ルルーシュ以外の使用人が来ることもあったが、こんなふうにロイドが現れたことなんてこれまでなかった。
(というか、ロイド様はベルを鳴らす前から部屋にいたんじゃ!?)
ルルーシュから、たまに寝言を言っていると報告を受けていたメロリーは、ロイドに聞かれてしまったかもと、羞恥心で頭が真っ白になった。
両手で顔を隠すように覆えば、ロイドが立ち上がった気配だけが感じ取れた。
「驚かせてすまない。隣に座ってもいいか?」
「ひゃい……」
寝起きと動揺が相まって、もはや「はい」とさえ言えない。
ベッドが沈む間隔と、人の気配。ふ、と優しく笑うロイドの声に、メロリーは彼が隣に腰を下ろしたことを察し、このままでは失礼かと顔を隠していた手を退けた。
「メロリー、水を」
「あ、ありがとうございます」
ベッドサイドに置いてあった水差しからコップに水を注いだロイドは、それをメロリーに手渡す。
喉がカラカラだったメロリーはありがたくそれを両手で受け取ると、コクコクと喉を鳴らした。
「……ぷはぁ、美味しいです」
「それは良かった。少し前、メロリーが起きてすぐに喉を潤せるようにとルルーシュが準備してくれていたんだ」
「えっ、ルルーシュはこの部屋に来ていたのですか?」
「ああ。呼び出しベルがいつまで経っても鳴らないから、メロリーを心配して様子を確認したらしい。部屋から出てくるルルーシュにメロリーがよく眠っていると報告を受けた私は、君が起きるまでこうして部屋で待たせてもらっていた、というわけだ」
「そうだったんですね」
サイドテーブルに空になったコップを置き、時間を確認する。
なんと、もう時刻は九時を過ぎようとしていた。
いつも遅くても朝の七時には起床していたのに、二時間以上寝坊してしまったらしい。
「申し訳ありません……! この屋敷でお世話になっている身ですのに、朝寝坊だなんて……!」
体を少しロイドの方に向けて深く頭を下げれば、頭上からは「顔を上げてくれ」という優しい声が響いた。
メロリーが指示に従うと、ムッと口を窄めるロイドの顔が至近距離に迫っていた。
「メロリーは私の婚約者なんだから、そんなことは欠片も気にしなくて良い。何なら寝たい時に寝て、起きたい時に起きてもらって構わないし、メロリーが無理をするほうが私は嫌だ」
「ロイド様……」
何故だろう。ロイドの口から婚約者だと言われると、胸が激しく疼いた。
(これまで、婚約者だと紹介される機会もあったのに、何で……?)
風邪でも引いているのだろうか。鼻や喉の症状はないが、顔の周りが熱い感じがするし、動悸も激しい。
頭もうまく回らず、メロリーはぼんやりしてしまう。
そんなメロリーを心配そうに見つめながら、ロイドは彼女の頬にぴたりと手を添えた。
「大丈夫か、メロリー。体調不良か? それともまだ眠気が強いのか? 直ぐに医者を──」
「い、いえ! 何でもありません! 本当に元気ですから!」
「そうか? それなら良いが……。最近、夜遅くまで調合部屋に籠もっているだろう? 忙しいのは分かるが、あまり無理はするな」
一度だけ、頬をスリ……と撫でられる。
メロリーの体がピクリと跳ねたと同時に、ロイドは手を離した。
同時に顔も遠ざけられ、体の異変が少しずつ治まっていくのを感じた。
(良かった……。でも、ロイド様の言う通り体調不良かもしれないから、後で薬を飲もうかな)
そんなことを考えながら、メロリーは深呼吸を数回行い、気持ちを切り替えてからロイドに笑顔を向けた。
「大丈夫です! 屋敷の皆さんだけじゃなくて、もっと多くの人たちに私の作った薬を必要とされて、お役に立てるのが本当に嬉しいので……!」
「メロリーならそう言うと思った。それにしても、あの方たちはさすがだな。君の一番の望みが自分の作った薬で誰かの役に立てることだということを分かった上で、メロリーの作った薬の凄さを貴族中に広めるなんて」
──遡ること三週間前。
メロリーの作った対赤面症薬の効果もあって、メッシブル公爵夫妻は無事に結婚式を迎えられ、二人からは礼をすると言われていた。
そして、その礼がロイドの言う『メロリーの作った薬の凄さを貴族中に広める』ことだった。
トーマスは自身が赤面症だったこと、それに伴い人前に出られなかったことを公にし、社交界を牛耳れるほどの権力、人脈、話術のあるビクトリアはトーマスの症状が治まったのはメロリーの作った薬によるところが大きいことを広めた。
多少の副作用はあるが、どれも通常の薬よりもはるかに効果が高く、更に痒いところに手が届く珍しい効果のものも多い──。
トーマスが具体的な症状を明かしたことや、王家に次ぐ地位の公爵夫妻が大々的に広めたことで話題性抜群で、信憑性は増し、メロリーの薬の有用性はたちまち貴族中に知れ渡った。
初めはカインバーク家と関係の深かった貴族から、メロリーに、用途にあった薬を作ってもらえないかと依頼があった。ロイドはメロリーに相談し、もちろんメロリーは誰かの役に立てるならと快諾。
メロリーとしては無償で提供したいくらいの気持ちだったが、多少でも売上があれば、ロイドの、ひいてはカインバーク辺境伯家の利益になるのではと、有償で依頼を受けることを決断した。
とはいえ、目を見張るような高額ではない。
メロリーのできるだけ多くの人の役に立ちたいという願いから、ロイドにも相談に乗ってもらい、適度な値段設定で販売することになった。
「ふふ、お二人には感謝してもし尽くせません! 人生で、こんなに沢山の方のお役に立てる機会があるなんて、夢にも思いませんでした!」
今や、一日に数十人の貴族から薬の依頼が来ている。
日に日に依頼は増える一方で、メロリーは毎日へとへとになるくらい忙しい日々を送っていたが、同じくらい毎日が充実していた。
(相変わらず新薬を作る際はロイド様が毒見役を担当してくれていて、新薬の効果でハプニングが起こることもあるけれど……)
他にも、アクシスが調合室に鬼の形相で入ってきてロイドに執務室に戻るよう言ったり、ルルーシュには頑張りすぎです! と叱られたりするが……そんな日々を、メロリーは宝物のように感じていた。
メロリーが堪らず頬を緩めると、ロイドは愛おしいものを見るように目を細めた。
「メロリーの笑顔は世界で一番愛らしいな」
「……っ、あの、そういえば、ロイド様はどうしてこちらに?」
可愛いだとか天使だとか、独特な感性を持つロイドに褒められたのは初めてではないというのに……。
(何で、こんなに恥ずかしいんだろう……)
恥ずかしさを覚えたメロリーは、咄嗟に疑問に思っていたことを告げた。
起きるのを部屋の中で待っていたくらいなのだから、きっと何か用事があるのだろう。
「そうだった。これを渡しに来たんだ」
ロイドはそう言うと、軍服のポケットから淡い桃色の封筒を取り出した。
それを受け取ったメロリーは、きょとんとした顔でロイドを見上げた。
「これは……?」
「メロリーがどうしても力になりたいと自ら声を上げた相手──ケイレム伯爵家のご令嬢から、メロリーへの感謝の手紙だよ。一応確認のために私は先に目を通した。ぜひ読んでみるといい」
お読みいただきありがとうございました!
次回、イチャイチャ回です(゜∀゜)♡




