26話 切なさに意味を知りたいけれど、知りたくない
──ケイレム伯爵家の令嬢。
彼女は、以前メッシブル公爵家の結婚式が終わってから、ロイドに話しかけてきたケイレム伯爵の愛娘だ。
彼女は昔から、自身の髪質──癖っ毛に悩みを持っていたらしい。彼女の憧れは、物語に出てくるような真っ直ぐでサラサラの髪の毛の女の子。
理想とはかけ離れた自身の髪の毛を彼女は嫌い、また周りに指摘されるのが恐ろしく、他人に見せたがらなかったそうだ。
結果、彼女はトーマスと同じように社交界にほとんど姿を見せず、屋敷に引きこもっていた。
その現状を悩んでいたケイレム伯爵は、ロイドとの仕事の話を終えた後、娘の件について相談したらしい。
貴族にとって、家族の悩みなど誰にでも言えることではない。おそらく、藁にも縋る思いだったのだろう。
ロイドもそのことを察し、ケイレム伯爵令嬢の現状について、メロリーに相談した。メロリーに薬を考案してほしいという意図ではなく、同じ女性として髪の毛というのはそれほど悩みの種になりえるものなのか、尋ねたかったのだろう。
しかし、メロリーは、すぐさま薬の開発に取り掛かった。
再三だが、ロイドに頼まれたからではない。
メロリーとしては癖っけも個性のひとつで、本当に素敵だと思っている。
けれど、自分の薬がケイレム伯爵令嬢の悩みを少しでも減らせるなら、彼女の未来のほんの少しでも明かりを灯せるならと、そう考えたのだった。
「はい、ありがとうございます」
封筒を受け取ると、ふんわりと花の香りが鼻を掠めた。
その封筒から便箋を取り出したメロリーは、丁寧に文字を目で追っていく。
最後まで読み終えると、あまりの嬉しさで涙が溢れてしまいそうだった。
「私の作った薬を飲んだおかげで、世界が変わったって……──」
薬の開発に取り掛かったメロリーはまず、既に調合したことのある薬の中に目ぼしいものがあったため、それを再度調合した。
そして、副作用などの説明をした上でそれを手渡したのだが……。
「毎日が楽しくて仕方がないって……。人前に出られるようになったって……」
その上、髪の毛のアレンジを楽しめるようになり……果てには自分のことを好きになれたと手紙には書いてある。
「ロイド様、どうしましょう」
メロリーが手紙を持つ手に、僅かに力が込められる。声は震え、視界は滲んだ。
「嬉し過ぎて、涙が止まりません……」
ロイドに薬が役に立ったと言われたこと、アクシスやルルーシュ、屋敷の皆が薬を求めてくれたこと、トーマスやビクトリアの、幸せそうな結婚式の姿。
それらも頭に駆け巡り、メロリーの涙腺を緩ませる。
──初めは、両親に褒められたくて始めた調合だった。
いつしか大好きなことに変わり、自身の作る薬が誰かの役に立てればと願うようになり、そして、その願いが叶った今、溢れ出す涙を止める術をメロリーは知らなかった。
「メロリー、そういう涙は、無理に止めなくても良いんだ」
ロイドはメロリーの手から優しく手紙を取ると、丁寧に畳んでサイドテーブルへと置き、ふわりと微笑んだ。
「それに、私もとても嬉しい」
「ロイド様……」
その言葉を疑う余地もないほど、ロイドは嬉しそうに笑みをたたえている。
ロイドは辺境伯家の当主だから、きっとメロリーの薬が家の役に立ったことを喜んでくれているのだろう。
──それでも、十分嬉しかった。
もっとロイドが喜んでくれるよう役に立ちたい、頑張りたいと、そう思ったというのに……。
「メロリーがこれまで必死に努力して作ってきた薬が、多くの人たちに認められたことが」
「え……?」
「君が今、幸せの涙を流していることが、心から嬉しいんだ」
「……っ」
ロイドはこれまで、何度も優しい言葉をかけてくれた。
調合を仕事にしてほしいと言ってくれた。
野草採集にも連れて行ってくれて、毒見役も買って出てくれた。
けれど、今の今までそれは全て、ロイドがメロリーの薬に惹かれたから、価値を感じたからだと思っていたのだ。
決して愛などという感情のせいではなく、利害のようなものがあったからだと思おうとしていた──はずだったのに。
(勘違いしてしまいそうになる。……ロイド様が実は、私のことを好きなんじゃないかって)
──そんなはずは、ないのに。
都合のいい解釈をすると、胸が躍った。
けれど、その考えを否定すると切なくて胸がズキリと痛んで、苦しい。確か、ビクトリアたちの結婚式が終わってからも、こんなふうに胸が苦しくなった。
メロリーは、きゅっと口を結ぶ。
(胸がドキドキしたり、痛くなったり、これって何なんだろう?)
メロリーがそんな感情の正体を分からずにいると、こちらに伸びてくるロイドの手を視界の端に捕らえた。
ロイドは親指で優しくメロリーの涙を拭う。
その仕草に心臓が跳ねたのもつかの間、彼はまるでそうするのが当たり前かの言うように、自らの手についた滴をちらりと覗かせた舌で舐め取った。
「!? なっ、何をして……!」
「思っていた通り、メロリーの涙は甘いな」
「いくら魔女でも涙は人と同じでしょっぱいです……! 何を言ってるんですか……!」
顔を真っ赤にするメロリーに対して、ロイドは真顔で可愛いと告げてから、頬を緩めた。
「ふっ、すまない。自らの欲求を堪えることができなかった。今度はメロリーの涙を見ても舐めなくて済む薬を作ってくれないか?」
「……もう! 何を言ってるんですか!」
そこまで限定的な薬は作れないと思いつつ、そういえば先程まであった胸の痛みがなくなっていることにメロリーは気付いた。
(もしかして、態度に出てたのかな? だから、ロイド様は私の気を紛らわせるために、こんなこと?)
考え過ぎかもしれないが、ロイドはメロリーの変化に聡く、誰よりも優しかった。
有り得ない話ではないと感じたメロリーがお礼を言おうとすると、ノックの後に静かに扉が開かれた。
「メロリー様、起きていらっしゃったのですね。……って、旦那様が何故こちらに?」
「えっ」
「…………」
ロイドは降参とばかりに両手を肩よりも高く上げ、気まずげに眉尻を下げる。
この部屋に入る前にルルーシュと会っていたと話していたので、入室することを伝えてあったのだと思っていたが、そうではないようだ。
「しかも、メロリー様は泣いていらっしゃったご様子。旦那様、これはどういうことですか?」
ルルーシュはずんずんと足音を立てて近づいてくる。
グオオオオと背後から禍々しいオーラを放つルルーシュに、ロイドはいつも以上に背筋をピシ……と伸ばした。
「落ち着け、ルルーシュ。これにはわけが……」
「ええ、ええ。さすがに私も旦那様がメロリー様に無体を働いて泣かせたとまでは思っておりません。が、何にせよ、婚約者になってまだ日も浅い旦那様が身支度もできておられないメロリー様のお部屋に居座るなど、いかがなものか思われますが。……逆に旦那様はどうお思いで?」
「……至ってその通りだ」
事実無根とはいえ、冷酷だなんて呼ばれているロイドがしゅん……としている様子を見るのは初めてだ。
彼が犬ならば、きっと耳が大きく垂れているはず。
「……ふふっ」
そんな姿を想像すると、怒るルルーシュと反省するロイドには申し訳ないが、つい笑いが込み上げて来てしまう。
「メロリーが笑っている。やはり天使のように美しい……」
「旦那様?」
「あはははっ」
「「?」」
我慢しきれず、メロリーが口を大きく開けて笑えば、二人は反対にきょとんとした顔をしている。
「ルルーシュ、あまりロイド様を叱らないであげて。ロイド様は私にいち早く手紙を届けようと入室されただけで、しかも泣いていた私を慰めてくれていたんだから」
「……メロリー様がそう言うのでしたら」
それから、メロリーはケイレム伯爵令嬢から嬉しい手紙が届いたことをルルーシュに話し、彼女とも喜びを分かち合った。
その様子を、ロイドは愛おしそうに見つめていた。
お読みいただきありがとうございました!
明日から1日1回更新になりますが、完結まで毎日更新は続けますので、最後までお付き合いくださいませ……!




