年下の王子様
1,200万PV、お礼の2作目です。
読者のみなさまのおかげで、violetはとても幸せです。
アザレア・ノーマン第2王女、母カデナの美貌を受け継ぎ、ライリック王の3番目の側妃として嫁ぐ予定だった。
それは、ライリック王とリリアーヌ・デーゲンハルト公女の恋の成就と言う形で無くなった。
王女の代わりに公女が嫁ぐ政略になったが、アザレアに大きな苦痛を与えた。
婚約者は別の女性を選び、婚約解消されたという事実だ。
王女という責任も果たせず、20歳になって女性の結婚期を過ぎようとしている。
母カデナの計らいで、アザレアはヤスデエラ王国の王都にいた。
カデナの兄であるグフタフ公爵の商用に同行したのだ。商用と往復で一ヵ月程かかるが、アザレアの療養という気分転換によいと判断されたのだ。
護衛と侍女を連れて、アザレアは商人街で人出に埋もれていた。
楽しい! 活気にあふれた街と喧噪、行き交う人々も多種多様の民族であふれている。
お母様の言う通りだわ。
領地で静かに療養していたら思い出して考え込んでしまうけど、人込みの中ではそんな気にならない。
アザレアは王女であろうとした自分を見つめ直していた。
公爵が商用の間に街の観光をするために、侍女と護衛を連れてホテルを出て来たのだ。
侍女の手をひいては屋台の串焼きや揚げ菓子を買い、止められるということを繰り返した。
自国でも、兄と街にお忍びで出る事はあったから街歩きは好きだ。
だがここは見知らぬ異国、油断せず気を付けていても、思いもしれないことが起こる。
目の前で子供が転んだので、アザレアが思わず立ちあがりその子を起こそうとして屈んだ時、後ろで剣のぶつかる音と悲鳴が聞こえた。
急いで子供を逃がすと、アザレアは立ちあがり様子を確認する。
「やっぱり、この護衛強い」
面白そうな声が男からあがり、その男の後ろから少年が出て来た。
「そこまでだ、アストラル。ご令嬢が恐がっている」
アストラルと呼ばれた男が、剣を外すとアザレアの護衛も警戒しながらも剣を外す。
「申し訳ない、こいつは強いヤツを見ると挑んでしまうんだ」
少年はアザレアの前に跪いて、その手を取ろうとして振り払われた。
それを少年は面白そうに口の端をあげた。
アザレアの護衛のグレイフォードが、二人の間に入り威嚇するも、少年の方は楽しそうである。
アストラルと少年からすれば、アザレアの横には侍女が守るように付き、正当な騎士の剣術とおもわれる手練れを護衛につけるなど、かなりの家の令嬢だと分かる。
「お姉さん、とっても綺麗だよね。
さっきから、その護衛がお姉さんに気づかれないように、寄ってくる男達を牽制してたの知ってる?
それ見て、アストラルが興味持っちゃったんだよね」
父であるヘンリク王が、娘の護衛に厳選した近衛兵だ、強者なのは当然である。
護衛は二人だが、街歩きでは目立つということで今日は一人だけなのだ。
アザレアにとっては護衛が付くのはいつものことなので、驚くほどのことではない。守られて当然と言う自然さが、出自の高貴さを連想させる。
アザレアの様子を見て、少年はなるほどと納得したようだった。
「ふーん、お姉さんには慣れた事だったみたいだね」
グレイフォードが間に入っているのに、怯むことなくアザレアに話しかける少年は、品があり服も街着ではあるが、質のいいものだと見て取れる。
アザレアと同じようにお忍びの貴族子息であろう、とアザレアは思った。
だが、変な事に関わるわけにはいかない。
「グレイフォード、そろそろ戻りましょう」
アザレアが少年を無視して戻ろうとするのを、グレイフォードが手で制した。
「少し、お待ちください」
グレイフォードの言葉に、アストラルが口笛を吹いて反応した。
「さすがだな。まだ少し距離があるが、ずいぶん人数を集めていたぞ。
俺達の剣技を見ても諦めないのだから、よほどそちらのご令嬢が魅力的なのだろう」
アストラルが襲撃してきたのは、剣技を見せつけて威嚇する為でもあったのか、とグレイフォードもアザレアも理解した。
町娘に扮していても、アザレアの美貌をかくせるはずもなく、良家の娘と丸わかりだ。
身代金目的か、アザレア自身が目的か、ならず者達が集まっているようだ。
「館に行く。後から来い」
少年はアストラルに言うと、アザレアの手を取ろうとした。
「子供とはいえ、怪しい人間についていくはずないでしょう」
少年を子供と言いきったアザレアに、少年が驚いて目を開いた。
「僕が子供!? あ、」
あはは、と続く笑いを口元を手で押さえたが、クククッと笑っている。
「僕は、ディーデリアル・ヤスデエラ。ご令嬢と侍女殿の安全のためにも、これから起こることを見せたくないないので、どうか僕と来てください。決しておかしな事はしませんから」
少年は、アザレアに手を差し出した。
ディーデリアル・ヤスエデラ、この国の第2王子で15歳だ。アザレアは来るにあたって詰め込んだ知識を思い出す。
王子という事が本当かはわからないが、グレイフォードと対等の腕の護衛を連れている事で、信憑性は高い。
そして、王子と名乗られたには拒否できないのだ。
ディーデアルの手に、アザレアは手を乗せた。
ディーデアルはアザレアの様子を窺いながら、高い壁に囲まれた赤い屋根の館の門を開けた。
「ここは、僕が私有している館です。すぐにお茶の用意をさせます」
ディーデアルがサロンに案内し、アザレアと侍女にソファを勧める。
さっき居た広場からすぐ近くの小さな館だが、サロンに通されて使用人がいることにアザレアは安堵した。
王都の大通りに面しているが、館の中は表の騒動が聞こえない。
「最近は、問題のある人間が入り込んでいるのです。普段は、こんなことはないのです。
どうか、この国に悪い思いをしないでください。
すぐに警備隊もかけつけるだろうから、護衛も間もなくこちらに来るでしょう」
ディーデアルが瞳を潤わせてアザレアを見つめると、アザレアも殊勝な様子のディーデアルを可愛いと思ってしまう。
「アザレア様、これは」
可愛いですね、と言う言葉は言わない侍女であるが、アザレアも侍女もすっかり緊張をといでしまっている。
ディーデアルは自分の年と容姿を武器に、年上女性の警戒を緩和させる。
「もちろんです。助けてくださってありがとうございます」
ヤスデエラ王国では、第1王子と第2王子の王位争いが起こっている。それぞれの派閥が対立して、傭兵が流れ込んでいる。ならず者達もそういう者達かもしれない。
まだ少年なのに巻き込まれているか、自分で選んだのかは分からないけど、先ほどの状況判断を考えると年よりも聡いのだろう。
アザレアは、ディーデアルの真摯な姿にほだされそうだと思いながらも、関わりにならない方がいいと判断して、にっこり微笑む。
「お姉さん、綺麗ですね」
先手を打って来たのはディーデアルである。帰る言葉を言わせないようにディーデアルが口を挟む。
見たことない令嬢だから、田舎貴族か外国の貴族か。
街ではしゃいでる様子は、お忍びを楽しんでいる貴族令嬢にしか見えなかったが、護衛慣れした様子、護衛や侍女のレベル、田舎貴族ではない、外国の高位貴族であろう。
そして、館に入った一瞬で使用人の確認をしていた。危機管理だけでなく、かなりの教育を受けているとディーデアルにも思えた。
今、ここにはノーマン王国のグフタフ公爵の滞在が提出されている。
外国であっても公爵家令嬢ならば、兄の婚約者の侯爵令嬢に劣らない。
国内の公爵家で、自分達に釣り合う年齢の令嬢はいないのだ。それは、兄も自分も同じである。だから、兄の婚約者は侯爵令嬢だ。
「こんなに綺麗なんだから、恋人とか、婚約者とか、もしかして結婚しているんですか?」
ディーデアルは、アザレアが一瞬目を逸らしたのを見逃さなかった。
「ああ、アストラル達が着いたようですね。ホテルまでお送りしましょう」
外の音でディーデアルが言うと、アザレアも気がついた。
「殿下、どうしてホテルと?」
「お姉さんも、僕の名前で王子だと気がついただろうけど、畏縮した態度ではないのは、高位貴族だからでしょ?
今この都には、ノーマン王国のグフタフ公爵が滞在している。ご令嬢?」
侍女がディーデアルの視線からアザレアを遮るように、前に出る。
「いいのよ、ライザ。下がりなさい」
ライザと呼ばれた侍女が横にずれると、アザレアはクスクス笑う。
王女の作ってない笑顔に、ディーデアルだけでなく部屋に居る者が見惚れた。
「殿下、賢すぎて生きにくくありませんか?
公爵の娘ではなく、姪ですの。
できれば、私のことは幽霊のような存在で、この国にはいないと思っていただけると」
アザレアが悪戯ぽく、人差し指を口にあて、シーと言う。
耳が熱くなって、赤くなっているとディーデアルは自覚した。
冷静になれ、と自分自身を叱咤するもアザレアから目を離せられず、情報としての知識が言葉になった。
「グフタフ公爵の姪というと妹の娘しかいない。妹はノーマン国王に嫁いでおり、娘である第1王女はグランデアル王国に嫁いでいて、第2王女とライリック王との婚約が先日なくなったはずだ」
王家の婚姻は国家情勢を変える大きな要因になり、近隣諸国の結婚外交は重要な情報である。王女の名前までは知らなかったが、美しく聡明だと聞いている。
「さぁ?」
アザレアが流し目をすると、ディーデアルは頬を染め、睨むようにアザレアを見る。
「いたいけな男心を、弄ぶ責任は取ってもらいますからね。これが縁というものなのだろう。絶対に妃になってもらいます」
ノーマン王国の王女を妃にすれば、一気に兄より優位に立てる。
何より、こんなに魅力的なんだ。出遅れれば他の男に取られる。
ディーデアルはアザレアの前に跪き、手を取ると甲に口づけをする。
「どうか、お名前をお教えください」
そういえば言ってなかった、とアザレアは思い当たる。王子に請われて答えないわけにはいかない。
「アザレア、ですわ」
わざと、それ以上は言わない。
年上のライリック王が選んだリリアーヌは、アザレアより2歳下だ。
ディーデアルは5歳も年下の王子だ、本気にしてはいけない。
きっと、年相応の若い令嬢がよくなるに違いない。
そう思っていたのに、少年の純情と執着をなめていた。
ディーデアルの猛攻に、ヘンリクが折れたのだ。
単身でノーマン王宮に乗り込んできて、ヘンリクに直談判を2週間続けたのである。
『今日も王子が、王宮の門の前に座り込んでます』
それが、侍従の朝1番の報告であった。
ディーデアル・ヤスデエラとの結婚は政略として益をもたらすが、一度王族との婚約を解消しているアザレアには、臣下に降嫁させて穏やかな生活をさせよいうとしていたヘンリクである。だが、ディーデアルは、そのヘンリクさえも唸らせた。
これほど思ってくれる者は、そういまい。
なにより、ノーマン王国が後ろ盾となるアザレアは不遇に扱われることはない。
アザレアには、ライリック王妃となった時のための教育を十分に与えてある。それがヤスデエラ王妃となって役に立つであろう。
ヘンリクからアザレアとの婚約を勝ち取ったディーデアルは、アザレアに妃教育と称してヤスデエラの王宮の部屋を与えた。
兄との王太子位争い、貴族の掌握、軍との折衝、若いというジレンマ、疲れ切ったディーデアルは、アザレアの部屋で年下を前面に出して、甘えていた。
膝枕をしてもらって、髪をなでてもらい額にキスをしてもらう生活だ。
「アザレアちゃん」
そう言ってアザレアの膝に頬を摺り寄せて休憩していると、ディーデアルは幸せを感じる。
王になる道は険しいが、アザレアがいる限り孤独ではない。
まずは王太子の地位を獲得せねばならない。無血というわけにはいかないだろう、とディーデアルはアザレアの膝でほくそ笑む。
「仕方ないわね」
と微笑むアザレアは、もうこのまま一生ほだされる未来が見えていた。
明日でお礼の最終作になります。