完全記憶能力
5/16 LINEマンガ配信になりました。
感謝を込めて番外編をUPいたします。楽しんでいただけると嬉しいです。
エイドリアンは、デーゲンハルト公爵オスカーと嫁いできた他国の王女パーミラの長男として生を受けた。
大きな病気をすることもなく、周囲の期待を受け成長していった。
「公爵、エイドリアンはまだ2歳というのに流暢に話しますのよ」
パーミラが自分が生んだ嫡男の有能さを報告する。
「それは頼もしい。そろそろ、もう一人いいのではないか」
「公爵、それならもう少し早く帰ってきてくださいませ。
寂しいですわ」
「善処するよ、パーミラ」
そうはいっても、次期宰相のオスカーが早く帰れるはずもなかった。
ーエイドリアン4歳ー
「母上、侍女のワルシャを代えていただきたい」
「あら、エイドリアンどうしたの?
ワルシャはいい子だと思うのだけど」
パーミラの部屋をエイドリアンが訪れたのは、4歳になったばかりという頃だ。
すでに家庭教師から、天才と褒め称えられていた。
パーミラにとっても、優秀な自慢の息子である。ただ、最近、知識があり過ぎる為に、他人を見下している気がしてならない。
「忘れ事が多いのです」
「あら、どういうこと?」
「昨日は、2時にお茶を頼んだのに、持って来たのは45分後です」
ここまでは、他の仕事があったのでしょ、と心穏やかに聞いていられた。
「一昨日は、10時25分に図書室の2階東B17棚にある『改編エンツェルベンガー線形代数学』を取ってくるように頼んだのに、13時17分でした。場所まで指定しているのですよ」
「ねぇ、エイドリアン」
もうパーミラの心臓はドキドキと嫌な音をたてている。
「貴方、まさか図書室の本の位置を覚えているの?」
ドクン、ドクン、パーミラの心臓の音である。
4歳児の話し方ではない。
「読んでなくとも、図書室に入り浸っていた時期に、全部の棚を見ましたからね。当然ですよ。
そういうものでしょう?」
まるで、誰でも出来るのでしょう、と言われてる気がする。
「エイドリアン、『デーゲンハルト公爵家系譜』はどこか分かるかしら?』
パーミラが唯一知っている図書室にある本だ。もちろん、場所など知らない。
「3階西K45ですね」
考えるふりもなく、エイドリアンは答える。それが正しいかどうかなど関係ない。
この子の頭は異常だ。
「ああ母上、今日はダリアのブローチですね。
先週の水曜日のカーク伯爵家のお茶会は、ユリの花のブローチでしたから、花の形のブローチがお気に入りなのですか?」
「ええ、そうなの」
パーミラは自分でも、蒼白になっているのが分かった。
エイドリアンに気づかれていないはずがないだろう。
そして、エイドリアンは、きっとワルシャが何をして遅くなっているかも知っているのだ。
「わかったわ、ワルシャは代えましょう。
エイドリアンには、侍女ではなく侍従を付けてもいい年頃ね。
公爵にお願いして二人付けましょう」
嘘だ、4歳なら侍女どころか、乳母の年頃だ。
「ありがとうございます、母上」
ニッコリ笑みを浮かべるその姿は、小さな異質な者に見えた。
ーエイドリアン12歳ー
「エイドリアン様、クッキーを焼いて来ましたの。
上手に出来ましたのよ」
婚約者のシュレンヌがクッキーの入った篭を差し出した。
エイドリアンがいやいやでも、食べてくれるのをシュレンヌは知っている。
たとえ少しでも、エイドリアンが食べてくれるのは嬉しい。
結婚する相手なのだから、少しでもいい関係でいたい。
それにエイドリアンは黒髪の美少年なのだ。それにトキメイタ時もあったけど、今は機嫌を損なわないようにビクビクしている。
「形が悪いのは、水分が多いからだ。
焼きむらがある。他人に渡すつもりなら、料理人に手伝ってもらった方がいい」
「も、申し訳ありません」
今日も喜んでもらえなかった。
「侯爵令嬢が料理する必要はあるまい。
我が家に嫁いで来ても、公爵夫人に料理をさせようなどと思ってないぞ」
エイドリアンは、テーブルにあるナッツに手を伸ばす。
ローストして塩を振ったそれは、甘みはない。
まるで口直しとばかりに口に入れるエイドリアンに、シュレンヌは落ち込んでしまう。
「先月の顔合わせでは、歴史の勉強をしていると言っていたが、どこまで進んだ?
南部アウグスト伯爵領での王太子暗殺未遂からの開戦までだったろう?」
「え?」
思いもしなかった事を言われ、そんな話した気がする、とシュレンヌは言葉が詰まった。
「もう、王太子暗殺未遂なんて恐ろしすぎますわ、って言ってたじゃないか」
それ、私の言葉そのままだ。
「覚えていて?」
シュレンヌの言葉に、エイドリアンがニコリと笑う。
怖い。
私、これからずっとこの人と一緒にいなければいけないの?
マナーも勉強も頑張っても、些細な事をずっと言われ続けるんだ。
この人は、失敗を忘れてくれない。
「エイドリアン様、毎月の顔合わせのお茶会なのですが、領地に戻るのでしばらくお休みでいいでしょうか?」
震えないで言えたかしら、どうかお願い。
「もちろん。
では、馬車まで送るよ」
カチャ、とカップをソーサーに置くとエイドリアンは立ち上がった。
帰れ、と言わんばかりである。
「このクッキーをパーミラ様にお渡ししたいのですが」
「母上は、昨夜の夜会でお疲れのようだ。
茶会や夜会で忙しいようで、僕が会うことはない。
僕から渡すことは出来ないな」
シュレンヌは残っているクッキーを篭に戻すと、泣きたくなる気持ちを奮い立てて立ち上がった。
ーエイドリアン26歳ー
「エイドリアン様ー!」
レイゼラが王宮から帰って来たばかりのエイドリアンに飛びついた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
そのままエイドリアンの手を引き、どこかに行こうとする。
「なんだ?どこに行くのだ?」
「それが分からないのよ」
エイドリアンの足が止まると、レイゼラがエイドリアンに振り返る。
「意味がわからない」
エイドリアンは、僅かにずれる左足を気にしもせずに反対方向に進もうとする。
「青い花柄でパールの付いたリボンが行方不明なの」
追いかけるようにレイゼラが言う。
「ドレッサーの左扉に小物入れが入っている。その中だ」
エイドリアンは着替えて食事がしたい。
「さすがエイドリアン様、すごい!
今日一日探してたの」
部屋に向かうエイドリアンをレイゼラが追いかけて、腕を組む。
「お義母様が、エメラルドのイヤリングがないそうなの」
「母の部屋など入ったことないから、知るはずなかろう」
「わかりました。
お義母様には、大事な物はエイドリアン様に置き場所を知らせるように言っておきます」
エイドリアンが嫌な顔をしていても、レイゼラは続ける。
「エイドリアン様、賢いって便利ですね!
凄いです!」
「そうか」
「そうです!」
力一杯に返事するレイゼラは光に満ち、初めて見かけた時と同じ笑顔だった。
パーミラは恐れ、シュレンヌは傷つき、それぞれがエイドリアンから離れていきました。
エイドリアンが毒で倒れた時、パーミラは母として戻りましたが、シュレンヌは婚約解消が認められると去っていきました。
いかがでしたでしょうか?
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
violet