深く、深く、青く
うわぁ!
900万PV!!
ありがとうございます! 喜びの舞を踊りそうなvioletです。
コミカライズも連載が始まっており、ワクワクがいっぱいです。
お礼に番外編を追加しました。
いま何しているのだろう。
クレドールは読んでいた書類の手を止めてしまった。
僕は、何を考えていたんだ。
決して疎かに書類を扱っていたのではない。
ふと頭の隅で、思ってしまったのだ。
「どうした?クレドール」
手の止まったクレドールを不審に思ったのだろう。
「問題ありません、父上」
王ににこやかに返事すると、止めていた手を動かす。
そして、書類がひと段落すると席を立った。
「少し、気分転換してきます」
そう言うと侍従に付いてこなくていい、と指示をして王の執務室を出た。
きっと登城しているはずだ。
誰が、なんて分かっている。
庭にいるかもしれない。
王太子妃といると考えられる庭園に向かう。
レイゼラの声が聞こえてくる。決して大声ではないのに、一緒にいるカデナより、レイゼラの声を優先的に拾う。
「そんな、カデナ様に作っていただけるなんて、おそれ多いです。」
話の内容から、この間ハンカチに刺繍を頼んだやつかもしれないと思うと、ドキン、と心臓が音をたてる。
わざと音をたてるように草を踏んで近づく、決して驚かしたいわけじゃないんだ。
「僕が頼んだのに、忘れたの?」
それでも、驚いたようにレイゼラが顔をあげる。
「殿下のも、もちろんあります。」
レイゼラが手にしたハンカチには、群青色に近い青色の糸で刺繍が施されていた。
それは、僕の瞳の色。
「イニシャルが目立ち過ぎるかな、とは思ったのですが、殿下の瞳の色は綺麗なので。」
心臓が大きな音をたてる、わしづかみされたように苦しい。
君の笑顔が眩しくって、嬉しくって、ずっと見たいから瞬きさえしたくない。
そうか、これが幸せというのか。
わかってしまった。
これを恋と呼ぶんだ。
自覚すると、顔に血が集まるのがわかる。
思わず片手で顔を押さえてしまった。気づかれるのが恥ずかしくって。
「君は・・・」
言葉が続かない、変なことを言いそうだ。
胸の隠しにハンカチを入れると、その存在を確認する。ずっとここにレイゼラがいる。
温かい。
でも、君も僕のものじゃないんだ。
どうして、僕の欲しいものは、いつも僕から遠くにいるんだろう。
「ありがとう」
僕の全てをこの言葉に込めたい。君に届くはずない、と思っても手を伸ばしたいんだ。
執務室にもどると、来客を知らされた。
今日の予定には来客はない、何か緊急の案件かとサロンに向かう。
クレドールはサランダー男爵と息子の姿を見ると、警護の騎士を下がらせた。
「殿下、急な目通りありがとうございます」
ソファに座っていた男爵が立ち上がり、クレドールを出迎える。
手で座るように示して、クレドールは向かいのソファに座る。
「どうされましたか?」
「はい、農民達を煽ってはいるのですが動きが鈍いのです。
しかも、軍が出陣する程の規模の農民蜂起が起こせるか」
男爵は、持って来た資料をテーブルに広げた。
片肘をついて資料を見ていたクレドールは、しばらく考えたのち答えた。
「兄上を軍に守らせたままでは、手が出せない。
なんとしても、軍を分散させねばならない。出兵せねばならない規模の農民蜂起が必要だ。
ここと、ここに」
そう言いながら、地図に指を置く。
「悲嘆するような事件が起きればいい。そうだな」
一息呼吸をいれて、クレドールは続けた。
「火事が起こって守ろうとするものが無くなるとか、若い娘を城に奉公にだすような指示とかだな。
保守的な考えの削除や、怒りの増幅だ。
この二か所は男爵領でも端になる。蜂起しても男爵の居住区に到達するまで時間がかかる。
忍ばせている傭兵達を上手く操れば、軍が到着するまでもたせられる」
ただし、とクレドールは念を押す。
「領民に切迫感を持たすためだけから、大事にする必要はない。失火ならばボヤ程度。
領地の危険分子を炙り出すのはいい、だが多くの領民は守らねばならないからね」
クレドールに報告している以上の重税をかけている男爵は、内心の動揺をごまかすように頷く。
「男爵、今はいい。
だが、事を成した後は領民を疎かにしてはならない」
全て分かっているとクレドールは暗に言葉にする。
その税の一部が母親への貢物として宝飾に変わっているのも分かっている。
「はい、心得ております」
応えたのは、ジェシー・サランダー、男爵の嫡男である。クレドールの周りにも同年代の側近がいる。
ジェシーもその一人だ。
「父上、王妃殿下がお待ちでは?」
サランダー男爵の退室を促し、部屋を出て行くのを確認するとジェシーは他の資料も取り出した。
「殿下の時代になれば、我が領の税を引き下げる予定です」
つまりは、現男爵を隠居させる予定ということだ。
自分は同じように、母を排除することが出来るだろうか。
卑しい人間だと分かっているが、自分に向ける愛情は疑いがないのだ。
「サランダー男爵領には無理をさせるからな、こちらからも優遇をするつもりだ。
ところで、暴徒となった農民を迎え撃つ準備は整ったか?」
「はい、殿下。
国軍が到着するまで引き延ばしながら、こちらに大きな被害が出ないように準備してます。
農民の中にも潜り込ませて陽動する者も手配してあります」
農民に多数の死傷者がでるのは、仕方ない。
自分は、自分だけの命ではない。自分が負ければ、自分についている多くの命も無くなる。
このジェシーも分かっているだろう。
それは兄も同じことだ。
お互いがたくさんの命を背負っている。
王の椅子は一つ。
そして、どんなに理想を掲げても、現状を変えねば手に入らない。すでにこの手は血で汚れていることも、分かっている。
兄は王として天賦の才を持っている、的確な判断力、各国とバランスを取りながら豊かな国へと導くだろう。失明していても執務能力は高く、統制力を身に付けた。
大切で、憎くて、かけがえのない兄上。
その側近達も優秀と言う言葉で言い表せない程の才能の持ち主だ。
高位の生まれの者が恵まれた環境で才能を発揮し伸ばす。
だが、不遇な環境でも、貧しい生まれでも才能がある者も多いのだ。そういう者達に希望を与え登用するのは、国の活力になっていくのではないか。
母は僕を王にすることに必死だが、王に成った後が大事なのを分かっていない。
兄を葬って、手に入れる王位が愚かなものであってはならない。
レイゼラ、君の声が聞きたい。
深夜の自室に戻ったクレドールは、胸の隠しから青い糸で名前が刺繍されたハンカチを取り出し、そっと口づけをすると、胸が熱くなる。
部屋の空気で冷えたベッドに横たわり、手の中のハンカチを握りしめる。
君の隣で生きていたい、と願う。
ゆっくりと、群青に近い青色の瞳が閉じられ、深い夢の中に落ちていった。
いかがでしたでしょうか?
本編では書ききれなかった、クレドールの苦悩の一部です。
ヘンリクもクレドールも兄弟を討つ重さも意味も承知していました。
完結後も読みに来てくださり、ありがとうございます。
このお話を書けたのも、皆様のおかげです。
再度になりますが、ありがとうございます!
violet




