王家の僕
作者自身が驚きと喜びで興奮してます。
600万PVを超えました!
読者様のおかげです!
お礼に番外編を追加しました。
ノーマン王国の王女クラリッサは、16歳になっていた。
カデナの美貌を引き継いだクラリッサには、グランデアルの王太子を始めたくさんの求婚者がいたが、ヘンリクは決めかねている状態であった。
ノーマンもグランデアルも政情は落ち着いていたが、不穏分子は完全に消えた訳ではない。
前王を弑して王位を奪った王であると言う不満が消える事はなく、表面化しないだけであった。
そして、美貌の王女に婚約者が決まっていないのは、国内の騒乱の元でもある。
クラリッサの下には、弟で王太子のジョセフと妹のアザレア王女がいるので、嫁にいくのに支障はない。
「やはり、グランデアルだろうな。
アイツは、クラリッサを想って未だに他の縁談を断っているらしい。
しかも、クラリッサと文の交換をしている」
忌々しそうにヘンリクが言うのを、エイドリアンが書類を整理しながら聞いている。
「一番、利がある相手であるしな。
それに、大事にしてくれるだろう」
何をいまさら、とエイドリアンが表情も変えずに言う。
「嫁になどやりたくない」
ヘンリクが書類の上に肘をついて、ため息する。いつもこれで堂々巡りである。
その日、クラリッサは友人の侯爵令嬢と観劇に来ていた。 もちろん、護衛に囲まれてである。
侯爵令嬢が密かに想いを寄せる護衛騎士と少しでも一緒に居させてあげよう、と侍女と画策してのことだった。
劇場から王宮までは僅かな道のりしかない。
少し遠回りして街の中を馬車が走る。
馬車の横を意中の騎士が馬で並走するのを、馬車の窓から令嬢が眺めている。
突然、馬車を曳く馬が嘶いて暴走を始めた。しかも、二頭立ての馬車の馬それぞれが別方向を目指すという、あり得ない事態である。
馬を制しようとした馭者は振り落とされ、その時に護衛騎士の数人が巻き添えになった。
馬の興奮は尋常ではなく、これが作為的に起こされた事は明白であった。
「きゃああ!」
上下左右に弾む馬車の中では、クラリッサと侯爵令嬢、侍女のサビーナが馬車にしがみついていた。
街を暴走する馬車をたくさんの市民が見ていたが、その中にクーがいた。
馬車の窓から一瞬クラリッサが見えたクーは塀の上を走って近道をしながら、馬車を追いかける。
護衛騎士達も追いかけるが、騎士の馬を狙って弓矢が飛んで来て、馬が倒れていく。
街の道はどんなに馬が暴れても、行く方向は道なりにしかない。
ドン!!
馬車が道沿いの壁に当たった衝撃で、馬車の中の三人は一瞬身体が宙に浮いて馬車の壁に叩きつけられる。
「いたっあ!」
クラリッサが打ち付けた腕を押さえながら、傾いて止まった馬車の中で立ち上がる。
倒れた馬がもがいているのか、馬車は小刻みに振動し、馬車の窓ガラスは割れて破片が散らばっている。
侯爵令嬢は頭を打ったのか意識がないようであった。
侍女が動いたのを見て、クラリッサが声をかける。
「サビーナ、大丈夫?」
「姫様も、大丈夫ですか?」
割れたガラスで切ったのか、ドレスに血が着いたサビーナがクラリッサに近寄って異常がないかと確かめる。
外では、騎士達の声が聞こえ、直ぐ近くまで追い付いているようだ。
キラッ。
光がクラリッサの目に入った。
サビーナの手には、大きなガラスの破片。
「サビーナ?」
「顔に大怪我すればよかったのに」
振り上げるサビーナの腕が、スローモーションのように見えるのに、クラリッサは動く事が出来ない。
ガラスの割れた窓から、飛び込んできたのはクー。
「ミャアアア!!」
振り上げたサビーナの腕に噛みつき、顔を引っ掻く。
「キャア!」
サビーナがクーを振り払うと、大きな音を立ててクーが壁に激突する。
馬車の扉は歪んで簡単に開かない。
懸命に扉を開こうとするクラリッサの後ろから、サビーナが飛びかかろうとするのをクーが爪を立てて飛び付く。
「クー!!」
クラリッサの悲鳴の瞬間、扉が叩き壊されて開いた。
「姫様!」
馬車に飛び込んできた騎士にサビーナは押さえられ捕らわれたが、口からはクラリッサを罵る言葉。
「私の婚約者を返して!
王女だからって許さない!!」
騎士がクラリッサを馬車から降ろそうとするが、クラリッサは馬車の中に蹲まっていた。
腕の中には、ガラス片で切られ血に染まったクー。
「クー!」
クラリッサの涙がクーに滴り落ちる。
「みゃー」
力なく顔を上げたクーがペロペロ、クラリッサの腕を舐めるが直ぐに動かなくなった。
「クー!!!」
白い毛並みは血で汚れ、群青に近い深い青の奇麗な瞳がゆっくりと閉じていく。
クラリッサは僕が守るんだ。
クーの言葉が聞こえた気がしたのは、クラリッサだけではない。
騎士達も胸に手をあて、クーに礼をとる。
サビーナの婚約者がクラリッサに横恋慕して、クラリッサと比べてはサビーナを貶め、婚約解消を迫ったのが原因であった。
追い詰められたサビーナは、クラリッサの予定を漏らし、街のならず者を雇い入れたのだった。
侍女一人で出来る襲撃ではなく、利用されたと思われるが黒幕を探る事は出来なかった。
サビーナは、ならず者達の正体を知らず、襲撃者で捕まえたのは、金で雇われた者だけだったからだ。
クラリッサを狙っての犯行か、ノーマン王国を揺るがそうとしての犯行か、確証を得る事は出来なかった。
王宮の側の林の中にクラリッサはいた。
クレドールの大きな墓とクーの小さな墓が並んでいる。
「クー、おじいちゃんなのに、助けてくれてありがとう。
グランデアルにお嫁にいく事が決まったの。」
クラリッサが二つの墓に花を供える。
「叔父様、お母様のお腹にいる私を助けてくれてありがとうございました。
兵士の襲撃に叔父様が助けてくれなかったら、逃げる負担で流産していたかもしれない、とお母様が言ってました」
ありがとう、と泣きながら微笑むクラリッサは美しかった。
クー、永遠のナイトです。
お読みくださり、ありがとうございました。
violet