夜会の夜
完結後もたくさんの方が読みに来てくださり、500万PVを超えました!!
感動という言葉では表しきれないぐらい、嬉しいです!
お礼に番外編追加いたします。
レイゼラがちょっとざまぁ、します。
シャンデリアが輝き、煌びやかな大広間では夜会が催されていた。
他国からの外交団の歓迎式典の一つである。
ホールの中心で踊っているのは、ヘンリク王とカデナ王妃。
王子を出産したとは思えない王妃の美しい姿は、婦人達の羨望の的である。
レイゼラはエイドリアンのエスコートで出席したのだが、エイドリアンは外交団との談話で忙しく、カデナにレイゼラを預けた。
エイドリアンは支障なく歩けるようになったが、人前でダンスを踊る程には回復できなかった。
ヘンリクも執務中には眼鏡が必要だ、ダンスの時にはかけていないが。
マイケルは右手の機能が回復したが、すでに左手が利き腕になっている。
ホールで踊る人々の中に、バーグミラ子爵夫妻がいた。
シュレンヌ夫人は、侯爵令嬢であっただけにダンスも上手く、洗練された振る舞いである。
見るとはなしにホールを見ながら、レイゼラは給仕からワイングラスを受け取ると、一口含む。
エッデルブルグのワインに、笑みがこぼれてしまう。
グラスを傾け、シャンデリアの灯りに照らしてみる。
不純物がなく透明で、赤い水晶のような輝き、フルーティーな香りが鼻をかすめる。
今年の出来も上々だと、堪能する。
「デーゲンハルト公爵夫人、一曲お相手お願いします」
レイゼラの前に差し出された手を見て、心の中でため息をつく。
ワインを楽しんで高揚していた気分が、落ちていくのがわかる。
ホールの方から視線があるのは、先ほどから感じていた。それは、国王夫妻からではなく、シュレンヌの視線だ。
「ありがとうございます。
けれど、王妃様をお待ちしているので、入れ替わりにダンスに出るわけには、いかないのです。」
まだ若い男性は、仕方ありませんね、と言って他の令嬢の元に行くようだ。
レイゼラがダンスをしないのは、周知されているので男性もそれ以上は誘ってこない。
ダンスしないデーゲンハルト公爵夫人を面白おかしく言う人もいる。
エイドリアンは結婚当初、足を引きずっており、毒で下半身麻痺であったと知られている。
デーゲンハルト公爵を継いだエイドリアンを表だって噂にしないだけであるが、友好的な人間ばかりではない。
デーゲンハルト公爵夫人が夫をたててダンスをしないのは、子爵の娘から成り上がるほどのしたたかさゆえであると。
ダンスも出来ない田舎者だと影で言う人がいるのも知っている。
そのうちの一人は、シュレンヌ・バーグミラ子爵夫人、エイドリアンの元婚約者だ。
エイドリアンの事は嫌悪しているが、公爵夫人の地位を破棄したのは後悔しているらしい。
治るのがわかっていれば婚約解消しなかった、侯爵令嬢の自分の方が公爵夫人にふさわしいと言っている、との噂を教えてくれる人がいる。
レイゼラはエイドリアン以外とはダンスをしないと決めている。
唯一の例外は、もうここにはいない人だ。
エイドリアンが踊れないからと意地になっているわけではない。
思い出に不純物を混ぜたくないだけなのだ。
曲が終わると国王夫妻は用意された椅子に向かう。
それを追うように、レイゼラも大広間を移動していると、前からバーグミラ子爵夫妻が歩いてきた。
国王夫妻と同じく1曲で終えダンスホールより戻ってきたらしい。
「素敵なダンスでしたわ、バーグミラ夫人。」
「ありがとうございます、デーゲンハルト夫人。」
いつも挨拶だけで終えるのだが、この時はシュレンヌが続けた。
いつか大聖堂で見た宝飾を、レイゼラが身に着けていたからだ。
シュレンヌにすれば、本来なら自分が引き継いでいたであろうデーゲンハルト公爵家の宝飾品。
「とても素敵なネックレスですわ。
以前、大聖堂の礼拝所でお会いしました時に着けられていましたわね」
華美なデザインではない分、華やかさに欠けるが質のいい石で夜会に着用しても問題ないが、シュレンヌは地味だと暗に言っているのだ。
「義母から譲り受けた物の中から、夫が贈ってくれたドレスに合う物を選びましたのよ」
にっこりと微笑むレイゼラ。
周りが聞き耳を立てているのはわかっている。
シュレンヌが婚約者時代、エイドリアンからドレスを贈られるというのは、仕立て屋の請求先がデーゲンハルト家になるということだった。
それと同じで、まさかエイドリアン自ら選ぶなどないと思っている。
「夫は私の話を忘れないものですから、昔話した好きな物をドレスと一緒に持ってきてくださるの。
このドレスは春一番のフリージアが添えられてましたのよ。」
エイドリアンが忘れない記憶の持ち主であることを知らない人はいない。それを気持ち悪いと思う人が多く、シュレンヌもそれである。
レイゼラはそれを逆手にとったのだ。
フリージアの花のように華美は避け、夫であるエイドリアンの意に沿ったと言っている。
「シュレンヌ。」
レイゼラの意に気づいたのは、バーグミラ子爵であったがシュレンヌの方は、自分がレイゼラに劣っているとは認めたくないのだ。
長い期間婚約者だった自分がされていない事を、レイゼラが受けているなど想像もできない。エイドリアンをよく知っているのは自分だと自負があるのかもしれない。
クスッとレイゼラは笑みを浮かべ、
「ごきげんよう。」
シュレンヌが何か言おうとするのを制して背を向けた。
その姿は背筋が伸び、美しい姿勢である。
夫から贈られたドレスは何枚も重ねた薄絹が翻る。首元のネックレスは強い輝きで華美でない分、品格の良さが目立つ。
レイゼラが背を向けた以上、話は終わりであり、子爵夫人であるシュレンヌにはどうすることもできない。
どんなにシュレンヌが悔しくてもだ。
「レイゼラ、面白そうな話をしていたわね」
国王夫妻のもとに行くと、カデナが目を輝かせていた。
そこにはエイドリアンも来ていて、様子を見ていたようだった。
「カデナ様、ネックレスを誉められただけですわ。何でもありません。」
レイゼラの言葉にカデナはそんなことないでしょう、と思っているのを顔に出している。
「カデナ様」
ふふふ、とレイゼラは笑って続ける。
「エイドリアン様の元婚約者が嫌いなだけですわ。
私の知らないエイドリアン様を知っているのが羨ましいのです。」
頬を染め、恥ずかしそうに言うレイゼラは、カデナの好物だ。
「大丈夫よ、レイゼラ。この男には貴女が羨ましく思う過去などないわ」
カデナも幼馴染の一人である。
グイとレイゼラの肩をエイドリアンが引き寄せる。
恥ずかしそうなレイゼラは、カデナだけでなくエイドリアンの好物なのだ。
しかも、他人には見せたくないという狭い心だ。
夜会の場でエイドリアンの腕の中に入って、レイゼラは湯気がでそうな程真っ赤である。
エイドリアンがレイゼラを抱き寄せるのを、シュレンヌが見ているのをカデナはわかっている。
レイゼラはエイドリアンの相手で手一杯のようだが、カデナが楽しんでいるのを呆れたようにヘンリクは見ていた。
レイゼラが幸せそうに微笑むのを見たくないのか、シュレンヌは夫の腕をとり背を向けた。
読んでくださり、ありがとうございました。
たくさんの感謝をこめて。
violet