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センター試験

「はいはい、じゃあ行くぞ咲」


「おばさん、ありがとうございました!」


 にこやかに別れの挨拶をする咲。しばし母と別れを惜しんだ後、二人で家を出た。お互いの間を、気まずい沈黙が占める。彼女は何かを言いたそうに、こちらをチラチラ見ているが。何も言い出せずにいる。


「今日、おばさんは?」


「えっ? あっ、お母さん? あの、今日もお仕事なんだって。クリスマスで若い人が居ないから、残業しなきゃいけないって、言ってた」


「ふ~ん大変なんだなぁ」


 またお互い無言になる。しかし、次は彼女から口を開いた。


「マコちゃん、ごめんなさい。センター試験が終わるまで、会わないって約束してたのに」


「気にするな。どうせウチのが強引に誘ったんだろ? まぁ今日の僕は、サンタらしいしな、問題無い」


「あっそっかぁ。ふふふっ! 今日はありがとう、サンタさん」


「どういたしまして。お嬢ちゃんは今年、いい子にしてたかな?」


「……」


 また沈黙が訪れる。ちょっとからかってやろうと思ったのだが、我ながら嫌味が過ぎたか? と反省していると、彼女は訥々と話し始めた。


「それが、いい子じゃなかったです。大好きな人が居るのに、その人の事を実は何も分かってなくって。困らせてばかりで。こんなんじゃあ、今年はプレゼント、貰えないです」


「……」


 今度は、僕の方が黙ってしまう。そうこうしているうちに、咲の家の前まで来てしまった。

 

「サンタさん。送ってくれて、ありがとう」


「おう」


 それっきり、また二人は沈黙する。だが二人共、このままでは別れ難く、言い残した言葉を探していた。


「あと、マコちゃんに伝えて下さい。咲は……負けないよって」


「確かに。では、お嬢さん。メリークリスマス」


「メリークリスマス、サンタさん」

 

 彼女は、今日一番の笑顔を見せてくれた。誠は帰り際、思い出した様に振り返り、最後にこう告げた。


「あぁそうそう。プレゼントをあげるかどうかは、サンタが決める事だ。頑張った子には、きっと良い事があるよ」


 それだけ言うと、彼はさっさと帰ってしまった。彼女はその姿が見えなくなるまで、いつまでも見送っていた。


 あと幾つか寝ると、お正月。センター試験も直ぐそこだ。多くの受験生がそうである様に、僕と咲もまたラストスパートに入った。




 新年も明け、試験当日。


 受験生達の、休日返上で勉強し続けてきた成果が、今日試される。


 天下分け目の関が原。これまでの人生においても、ある意味最大の分水嶺であろう。


 二人の受験会場は、通い慣れている母校に設定されていた。ここなら十分に、自身の実力を発揮出来るに違いない。


 センター試験とは正式名称、大学入学者選抜大学入試センター試験の略である。


 全教科・科目で、解答をマークシートに記入する方式を取っており。高等学校の、学習指導要領に沿った形で出題される。


 全国の受験生を対象としている為、教科書にある様な例題も多く、対策しだいでは高得点を取る事も可能だ。しかしそれだけに、普段の学習の成果が顕著に現れると言えるだろう。


 試験会場は、全国約七百の様々な大学高校に会場が設定されており、年によって異なる場合がある。当日は不正防止の為、試験会場周辺が関係者以外立ち入り禁止となる。


 問題用紙は印刷され、全会場に送られるまで、警備員付きで厳重に管理される。輸送には全国都道府県の警察も協力しており、万全を期している。それだけ、国家的にも重要事なのだ。


 特徴的なのは試験結果の発表だ。受験生は各大学に出願する前に、自分の成績を知る事が出来ない。そのため試験の最中に、問題用紙に自身の解答をメモしておくのが通例となっている。

 

 その日の朝は、珍しく雪がちらついていた。吐息も白く、身も縮こまる寒さだ。粛々と何時もの様に登校していると、前方に見知った人影がある。咲だ。書き付けた単語帳のメモに、目を通しながら歩いている。


「よお」


 何気ない挨拶をして、彼女の横に並ぶ。

 

「お早う、マコちゃん」

 

 少女は、手元から目を離し。真っ直ぐに僕を見た。自信に満ちた面差しに、並々ならぬ意欲が感じられる。


「調子はどうだ? 昨日は良く眠れた?」


「それが全然眠れなかったの! でも、お陰でずっと復習できたんだけど。マコちゃんは?」


「ん? 爆睡したけど」


「ふふふっ! やっぱり大物だね」


 久しぶりに会う二人。話は尽きないが、とうとう会場前まで来てしまった。


「それじゃあな、頑張れよ」


「うん、ありがとう。マコちゃんは……あんまり頑張らないでね!」


 僕は軽く笑って、咲と別れた。それぞれ別の教室に入り、いよいよ試験が始まる。高校生活三年間で培った成果が、今、試されるのだ。


 程なくして、センター試験の全工程は滞りなく終了した。


 咲とは校門で待ち合わせ、その足で郵便局へ行き、回答をメモした答案用紙を封筒に入れ、ご丁寧に割り印までして、お互いの家にそれを送った。後日、自家にて封筒は開封され、二人の今後が決まるのだ。




 その日は、あっけなくも、すぐにやって来た。


「こんにちは!」


「あら咲ちゃん、いらっしゃい。誠なら部屋に居るわよ」


「おじゃまします」


 未だかつて無い緊張感に包まれつつ、一段一段、彼の部屋に続く階段を踏みしめて行く。その胸には、誠の回答用紙が入った封筒がある。同様に彼もまた、自分の回答用紙を傍らに置いて、その時を待っているのだろう。


 結果はもう既に出ている。それを二人で確認するだけの事だ。しかしその内容の是非によって、天国か地獄かが、決まってしまう。そう思うと、足がすくむ。

 

 いよいよ彼の部屋の前に立つ。とうとうこの時が来てしまった。


 このドアを開ければ、今までの二人ではいられなくなる。考えれば考える程、気が遠くなりそうだ。ノックしようと構えた右手が、空しく宙で止まる。

 

「入って来いよ、居るんだろ?」


 その胸中を見透かしている様に、部屋の主は声を掛けた。意を決した咲は息を止め、ドアを開けた。


 そこには冬の暖かな日差しの中にパソコンを立ち上げ、ゆったりと椅子に腰掛けた青年の姿があった。


「飲むか?」


 ガラスのテーブルの上には、オレンジジュースの入ったペットボトルと、グラスが二つ。そして、例の封筒が置いてある。


「うん。ありがとう」


 誠はグラスにジュースを注ぎ手渡したが、咲はそれに口を付けず、手元に置いた。


「じゃあ早速だが、始めるとするか」


「お願いします」


 二人は用意された鋏で、封筒を開封した。パソコンのモニター画面をスクロールさせ、一問ずつ、お互いの答案用紙の答え合わせをする。センター試験の正答を、時間をかけて、じっくりと確認していく。


 そのうち彼女の中で、再び良くない考えが頭をもたげる。


 もしかすると誠に会えるのは、これが最後になるかも知れない。そう思うだけで、赤鉛筆を持つ手が止まる。動悸が激しくなり、呼吸も荒くなる。見かねた誠が、顔を覗き込んで来た。


「大丈夫か?ちょっと休もう」


 彼は、その震える背中をさすってあげた。すると、体の緊張も幾許か治まり。彼女は親しげに微笑を返してくれた。


「ありがとう。もう大丈夫だから、続きをしよ」


「……おう」


 再び二人は、パソコンのモニターを凝視する。それから、どれ程時間が経ったろう。


  全ての回答を精査して、いよいよ総合得点を出す作業に取り掛かった。咲は誠の答案用紙に、その数字を書き込む。そして、チラリと隣に座る、幼馴染の面差しを見やった。


 彼の右手は滑る様に紙面を撫で、テストの結果を書き示す。そしてゆっくり眼鏡を外すと、にわかに相好を崩した。





「よく頑張ったな、君の勝ちだ」


 咲は目を見開き、さっきまで握り締めていた赤鉛筆を置き、その手を口元へやった。よく物事を考える時の、彼女の癖である。何度も、何度も、自分の答案と、誠のそれとを見比べてみる。彼の言う事に、間違いは無い。20点差で、自分の得点が上回っている。


「咲が勝ったの? 嘘じゃ無いよね」


「あぁ、嘘じゃない……って! ちょっお前!」


 誠が言い終える前に、咲は抱きついて来た。バランスを崩して二人は床に倒れ込む。フローリングの冷たさが、火照った肌に心地いい。


「やった、もう駄目かと思ったよぉ!」


 僕は、真っ直ぐな彼女の瞳を正面から見つめて、優しく髪を撫でる。


「ははっ。それで、願い事は考えたのか?」


「あっええっとね、その、それじゃあ一つ、お願いがあるんだけど。ふぅあっ」


 少女は生欠伸を必死にかみ殺した。緊張の糸が切れると、一気に眠気が襲って来たのだ。


「ゴメンなふぁい、ここ数日ろくに眠れて無くって。話は、また今度で、いい、かなっ……」


「あれ、もしもし? お~いっ、咲ちゃ~ん。う~ん、駄目か」


 何と、自分の上に覆いかぶさったまま、咲は眠ってしまったのだ! 下から揺すろうが、何をしようが、最早起きそうに無い。仕方無いので、部屋のベッドに寝かせてあげる。


 その後穏やかに寝息をたてる彼女を見て、暫くはそのままにしてあげようと思い、静かに部屋を後にした。




 明くる日の朝、僕はリビングのソファーの上で、目が覚めた。結局、咲は昨日一晩起きて来なかったのだ。


 それでもう授業も無い事だし、いざ夜更かしをばと決め込んで、私本太平記を一気に読んでいたのだが、いつの間にか眠っていた様だ。

 

 台所の方から、何やら賑やかな声が聞こえて来る。寝ぼけ眼を擦りながら近づいてみると、そこでは母と咲が朝食の支度をしていた。

 

「あらお早う。寝ぼすけさん」


「お早う、マコちゃん」


「んんっ父ちゃんは?」


「もうとっくに仕事に行ったわよ。さっ、朝ご飯、食べちゃいなさい」


 テーブルに畳んであった新聞を広げ、記事を目で追いながら徐々に鈍い頭を覚醒させていく。そのうちに朝食が並べられ、咲も自分の分を用意して、対面に座った。


「いただきま~す!」


「……ま~す」


「はい、どうぞ」


 TVではニュースが流れている、今日は好く晴れそうだ。部屋に差し込む朝日が気持ちいい。漫然と料理を口に運んでいると、咲が申し訳なさそうに話しかけて来た。

 

「昨日はゴメンなさい。ベッド取っちゃって」


「気にするな、いつもの事だろ」


「まぁそうなんですけど。あと、早速ですが、お願いがありまして……」

 

 うむ、来たか。余程の無理難題でないかぎりは、彼女の言う事を素直に聞いてあげるつもりだ。覚悟はできている。読みかけの新聞紙を置き、机の上で指を組んだ。

 

「構わんよ、言ってみなさい」





 その日の午後、僕達は外へ出掛けた。咲曰く、思い出散歩をするらしい。


「なんじゃそら? 昔を懐かしむ様な歳かよ」

 

 僕は不満を口にしながらも、約束という事もあり、しぶしぶ彼女の提案を受け入れた。


 最初に訪れたのは公園だ。

 



「ほらほら! この公園、懐かしいよね!」


「いや、しょっちゅう来てるじゃないか、ココは。近所だし」


「も~っそうじゃなくて。マコちゃんと初めて会ったのが、この公園の砂場だったよね!」

 

「お前、よくそんなつまらん事覚えてんな」

 

「つまらなくないよ! 大事な事だよ! 引っ越して来たばかりで一人で遊んでた咲に、最初に話かけてきてくれたじゃない」

 

「まぁ、そんな事もあったかな。あの時分はじいちゃんの影響で、金剛型3番艦、榛名を建造するのにやっきだったからね。人足が必要だった訳だ」

 

「もー素直じゃ無いんだからっ!」

 

「事実だよ」


 次に二人は、かつて通い詰めた小学校に赴いた。今は休み時間らしく、校庭やグラウンドでは、子供達が走り回って遊んでいた。


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