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序章2

「エンデルゼ、まあ落ち着きなさい」


「これが落ち着いていられますかお父様! あの、残虐非道と名高い獅子王、ジェアラン・ヴィオトリアからの手紙ですよ!? この手紙を開けたら最後、きっと私たちみたいなちっぽけな国、潰されるに決まってる!」


 うろうろと部屋の中を歩き回り、強硬に手紙の焼却を主張するエンデルゼに、彼女の父親――マーリー・ガードリオンはため息をついた。


「エンデルゼの気持ちも分かるがね、とにかく中身を見てみないと話も始まらないだろう? ね、どうかいつもみたいに椅子に座って、ちんまりしててくれないかな~」


「お父様、十六年前の屈辱をお忘れですか? 私は忘れたことなどありません。今でも、この目にしっかりと焼きつけてあります」


「エンデルゼは十六歳じゃないか。一体何を覚えているんだい?」


 きょとんと言わずもがなのことを告げる父親に、エンデルゼは叫んだ。


「今のは言葉の綾です! とにかく、私はお母様の事件を聞いたときから、ずーっとヴィオトリア王国も国王も大嫌いなんです!」


 白い頬に血を上らせ、小さな拳をぶんぶんと振り回すエンデルゼは、幼い頃から繰り返し聞いたお話を思いだしていた。


 ――それは、エンデルゼが生まれたばかりの頃。

 エンデルゼの母、アンジェリカはたいそう美しい女性だった。仕草は優雅で、血筋もガードリオン国の貴族の出。全てを気に入って、マーリーもアンジェリカを正妃として娶った。仲睦まじく、二人が並ぶ姿はとても絵になったという。

 ところが、事態は暗転する。

 まるで百合の花のよう、と謳われたアンジェリカの美貌が、そのときから勢いをつけていたヴィオトリア王国の王の目に留まってしまった。当時の国王、テゼロフは、表敬訪問としてガードリオン国を訪れると、アンジェリカを無理矢理関係を持ったのだ。それは、強大なヴィオトリア王国と小さなガードリオン国の力の差を背景にした悲劇だった。マーリーにもアンジェリカにも、どうすることもできなかった。

 その後、身体を汚されたと気に病んだアンジェリカは自ら命を絶ち、マーリーは国王であるにも関わらず、今に至るまで妻を持っていない。


「お願いだよ、エンデルゼ」


マーリーが、沈痛な面持ちで口を開いた。


「私たちは、とても弱い。ヴィオトリア王国からしてみれば、塵同然だろうね。きっと私たちが痛みを知る人間だということも分からないだろう」


「だったら――」


「だから、私たちは耐えるしかないんだよ。大風が吹いても、草木は抗ったりしない。そんなふうに、大きなものに身を任せるしかないんだ。――手紙を開けなさい」


「そんな……」


 本当にそうだろうか? エンデルゼは、唇の上に乗った疑問を飲み込んだ。人はそんなに弱いものではないんじゃないか――そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。それほど、マーリーの表情は暗かった。


「…………分かりました」


 エンデルゼがうつむいて、ヴィオトリア王国の手紙を開けようとしたとき。

 部屋の扉が、勢いよく開いた。


「二人とも、聞きまして!?」


 入口に立っていたのは、鮮やか、を越えてけばけばしい、と修飾するのが正しい女だった。三十二もフリルがついた真っ赤なドレスに身を包み、豊かな胸元にはいくつもの宝石が輝いている。


「お姉さま……」


 エンデルゼの姉、ジェルシーカである。

 ジェルシーカはつかつかと硬い足音を立ててエンデルゼとマーリーに近づくと、懐から手紙を取りだした。真っ白な封筒に、見覚えのある封蝋。エンデルゼが焼却しようとしたものと、まったく同じである。


「それは!?」


 目を見開くエンデルゼに、ジェルシーカはもったいぶって頷いた。自身を見つめるマーリーとエンデルゼを見下ろすと、甲高い声で言い放つ。


「わたくし、あの『獅子王』さまの、婚約者候補に選ばれたのですわ!」


「な……?」


 あまりに突然のことに頭が反応しないエンデルゼたちに、ジェルシーカは手紙を広げてみせた。

 そこには、装飾華美かつ上から目線な文章で、こんな内容が書かれていた。


『ヴィオトリア王国国王が嫁を捜す。その意志のある女は、一か月後までに後宮に入れ』


「読みました? 読みました? わたくし、ヴィオトリアの王妃になれるんですわ! 絶対に獅子王さまの心を射止めましてよ!」


 興奮しっぱなしのジェルシーカに、エンデルゼは手紙を返した。


「お姉さま、お母様のことを忘れたのですか? こんな馬鹿げたところに行っても、ひどい目に遭うですよ」


「あら、エンデルゼも執念深いわねえ」


 ころころと鈴が鳴るように笑い、ジェルシーカは首を傾げた。


「昔は昔、今は今。わたくしたち、今を生きているのよ。あの大国の王妃になれる機会を逃すなんて、人生損していてよ!」


 ジェルシーカはこういう人だった。あまり物ごとを深く考えず、よくいえば前向き、悪くいえば軽薄である。基本的に、自分の外見と自分の将来のことしか考えていない。


(人生楽しそうだなあ……)


 エンデルゼはがっくりとうなだれ、同じ内容の書いてある自分の手紙をくしゃくしゃに丸めた。


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