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魔王を倒した後に始まる物語  作者: にめ


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memory 50 境界にある町

## memory 50 境界にある町


 誘惑の森の出口は、あまりにもあっさりしていた。


 最後まで人を惑わせるような幻もなければ、意味深な声もない。枝葉の隙間から差し込む光が、ただ少しだけ強くなる。それだけで、森は終わっていた。


 振り返っても、そこに特別なものは見えない。

 いつもの森と同じ姿で、同じ風に揺れている。


 ――終わったのだ、と頭では理解できる。

 だが、体はまだ緊張を解いていなかった。


 静かだ、と感じた気がした。


 怖くない、と言いたいわけではない。

 安心した、と言うほど軽くもない。


 ただ、森の中よりも音が少ない。

 鳥の声も、風の音も、どこか遠慮がちだ。


「静かすぎる」


 アズルはそう答え、剣の柄に手を置いたまま歩き出す。

 抜くつもりはない。ただ、離す理由もない。


 森を抜けた先には、踏み固められた道があった。

 人の往来があることを示す、はっきりとした痕跡。


 道は二つに分かれている。

 一方は山側へ。

 もう一方は、低地へと下っていく。


「町は……あっちかな」


 ノワールが指差した先には、かすかに煙が立っていた。


 歩き始めてから、しばらくして気づく。

 道が、やけに歩きやすい。


 段差は少なく、ぬかるみもない。

 獣道だったはずの場所が、人の通る幅に整えられている。


 誰も口には出さない。

 だが、全員が同じ違和感を抱いていた。


 半刻ほどで、町の外縁が見えてくる。


 高い城壁はない。

 代わりに、低い柵と見張り台が点在している。

 完全な防御ではないが、無防備でもない。


 町の門は開きっぱなしだった。


 入ってくる人間を拒む気配も、積極的に迎える様子もない。


 境界の町。


 そう呼ぶのが、一番しっくりくる場所だった。


 中に入ると、まず人の多さに気づく。


 冒険者風の装備。

 商人。

 行商。

 傭兵。


 どれも、この先へ向かう者たちだ。


 町の中心には、掲示板が立っていた。

 依頼書が重なるように貼られている。


「ずいぶん……多いね」


 ルージュが眉をひそめる。


「増えてる」


 ノワールが短く言った。


 掲示板の依頼は、どれも内容が似ている。


・旧街道の調査

・遺構の安全確認

・魔物の間引き


 危険度は、低から中。


「簡単すぎない?」


 ヴェールが首を傾げる。


「簡単だから、人が集まる」


 アズルはそう返し、依頼書を一枚だけ剥がした。


 遺構調査。

 旧魔王城方面へ続く道の途中にある、廃ダンジョン。


 報酬は妥当。

 条件も明確。


 そして何より――


「名が関係しない」


 それだけで、十分だった。


 宿はすぐに見つかった。

 空き部屋もある。


 食事は温かく、出てくるのが早い。


「……やさしいね」


 そう感じてしまっただけなのかもしれない。


 誰も否定しなかった。


 夜になり、宿の食堂で情報を集める。


 酒場では、噂が飛び交っていた。


「最近、この先が通れるようになった」


「危険が減ったらしい」


「でも、戻ってこない奴もいる」


 言葉が噛み合わない。


 安全と危険が、同時に語られている。


「……整ってる」


 ルージュが、ぽつりと言う。


「整いすぎてる」


 ヴェールが続けた。


 そのとき、言葉はなかった。

 ただ、膝の上で指を握りしめているような違和感だけが残る。


 アズルは、それを見たと思ってしまった。


 誰かが、この道を進みやすくしている。

 だが、それが誰なのかは分からない。


 翌朝、依頼を受けることを決める。


 目的は単純だ。


 旧魔王城へ向かうための、最初の足場。


 町を出る前、誰かが立ち止まったような気がした。


 町を出る前、足が止まったような感覚があった。


 旅が長くなる。

 そんな予感が、共有されたような気がした。


 アズルは、ただ頷いた。


 剣は抜かれない。

 だが、旅は確かに始まっていた。


 ここから先は、街があり、ダンジョンがあり、誰かの故郷がある。


 ゴールは、まだ書かれていない。


 だからこそ、進める。


 境界の町は、彼らを見送るように、静かに朝を迎えていた。


 ――その前夜のことだ。


 宿に荷を置いたあと、彼らは町を一周することにした。情報を集めるためでもあり、体を動かしておきたかったという理由もある。誘惑の森を抜けた直後というのは、休息よりも歩行のほうが、かえって落ち着くことがある。


 通りは広く、舗装もされている。だが、王都ほど整然とはしていない。建物の高さもまちまちで、増築を繰り返した痕跡がそのまま残っている。


 露店が並ぶ一角では、武器や防具が目立った。新品よりも、修理された装備が多い。


「使い捨てじゃないんだね」


 ヴェールがそう言うと、店主は肩をすくめた。


「ここから先じゃ、替えがきかないからな」


 その言葉は、軽い冗談のようでいて、妙に重かった。


 別の通りでは、薬草や保存食が多く売られている。値段は高くない。むしろ、安すぎるくらいだ。


「量が多い」


 ノワールが低く呟く。


「需要がある、ってこと?」


 ルージュの問いに、ノワールは首を振った。


「供給が、追いついてる」


 それは安心できる状況のはずだった。だが、なぜか胸の奥がざわつく。


 町の中央広場では、小さな諍いが起きていた。冒険者同士の口論だ。


「俺が先に受けた依頼だ!」


「でも、もう終わってるだろ!」


 声は荒いが、刃が抜かれる気配はない。周囲も慣れた様子で、誰も止めに入らない。


「……争いが起きにくい」


 ルージュが小さく言う。


「起きても、終わりやすい」


 ヴェールが続けた。


 それは、理想的な治安とも言える。だが、あまりにも都合が良すぎた。


  少し遅れるような違和感があった。

 露店の明かりや人の声に、視線が引かれたような気がする。


 足が止まった“感じ”だけが残る。


 意識は、町の外――森を抜けてきた方向へ向いていたように思えた。


 ここは、怖くない。


 だが、守られている。


 そんな感覚が、誰のものとも分からないまま漂った。


 誰もすぐには返事をしなかった。


 守られている、という言葉は、この旅では何度も出てきた。しかし、今のそれは、これまでとは少し違う。


 翌朝。


 町の門を出る前に、依頼の依頼主と顔を合わせた。中年の男で、役人というよりは商人に近い風体だ。


「危険は少ないと思いますよ」


 男は、何度もそう念を押した。


「最近は、戻ってこない人も減りましたから」


「減った、というのは?」


 アズルが確認する。


「ええ……以前ほどではない、という意味で」


 男は言葉を濁した。


 完全に安全になったとは、言わない。

 だが、危険が増えたとも言わない。


 その曖昧さが、町全体に漂っている。


 町を出て、再び街道に出る。


 境界の町は、振り返ればすぐに視界から消えた。

 霧が出ているわけでもないのに、建物の輪郭がぼやける。


「……近いのに、遠い」


 ノワールが言った。


 アズルは答えない。ただ、歩調を少しだけ落とした。


 これから先には、さらに多くの町があり、ダンジョンがあり、ヒロインたちの故郷がある。

 それらは、誰かに用意されたわけではない。


 ――用意されていないはずだ。


 だが、道は続いている。

 進めてしまう。


  背後に、視線のような違和感を覚えた。


 揃わないまま、進む。


 その選択が、いつまで許されるのかは、まだ誰にも分からない。


 境界の町は、彼らの背後で、何事もなかったかのように、日常を続けていた。


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