【2-6】衛兵と魔術師
夜・衛兵詰所──閉鎖間際
詰所の扉がきしむ音とともに、冷たい風が吹き込んだ。
夜番の衛兵たちが交代を終え、最後に詰所を出る者が灯りを落とす。
レインはまだ、ひとりだけ帳簿を閉じていなかった。
「……残業、かな?」
静かな声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには、彼が“誰よりも信じる”少女が立っていた。
銀の髪を結い上げたまま、制服の上にケープを羽織って。
冷たい夜風に揺れるその姿は、まるで夢のように思えた。
「エリ……どうしたんだ、こんな時間に」
「レインがまだ残ってるって聞いて。……顔が見たくなったの」
その言葉は、何のてらいもなく、まっすぐだった。
でも俺が残っていることなんて、誰かが噂をするはずもない。
二人きりの詰所。
焚き火台の熱がじんわりと室内を包む。
「勇者様の任について……やっぱり、何か思うところある?」
「……そりゃあ、正直言えば複雑だよ。けど、お前が決めたことなら応援するさ」
「……うれしい。レインは、変わらないね」
彼女は微笑んだ。
レインは、その笑顔が“まるで昔のまま”であることに安堵した。
「でも──」
レインがふと目を逸らし、口を開けた。
「お前、なんか無理してねえか?」
「え……?」
「俺の前だけ、優しくしようとしてる気がする。仕事が大変なら、ちゃんと言ってくれよ。……無理しないでさ」
しばらく、沈黙。
そして、彼女はひとつ小さく笑った。
「……そういうところ、ほんと、変わらないね。だから……好きよ、レイン」
彼の胸が、熱を帯びたように脈打った。
だがその言葉は──
“温度が、なかった”。
「じゃあ、そろそろ戻るわ。天野様の夜間体術訓練、私が付き添うって言ってたから」
「……お前、体術の方も頑張ってるんだな。あまり無理をすると、周りが見えなくなるぞ」
「ええ。でも──あなたのことは、ちゃんと見てる」
それは、完璧な別れの言葉だった。
決して嘘ではないが、真実でもない。
彼女は、レインに“信じたい”と思わせた。
──そして同時に、見えない地点から、じわじわと網が絞られていく。
レインは、気づかない。
この瞬間こそが、
彼の“最後の幸せ”だったことに──




