【2-1】召喚の鼓動
──王都ヴェルマリオンは、今日も静かに狂っていた。
灰色の雲が流れ、湿った石畳を濡らす雨が降ったりやんだりを繰り返していた。
城郭都市の北門詰所。冷たい空気の中、中央衛兵レイン・アークロウは無言で長槍を立て、門の前に立っていた。
朝から、王宮の上空に妙な光が立ちのぼっている。それは、空に薄く虹色の煙を滲ませていた。
人々は「吉兆だ」と囁きあい、商人たちは「今日こそ来る」と気を立てていた。
──“勇者召喚の日が近い”。
それはすでに、何日も前から民のあいだで囁かれていた噂だった。
正午には星晶院から「王都民の外出自粛令」が通達される。高位の魔術儀式が執り行われるからだ。
だがその詳細は、レインたち下級衛兵には知らされない。
「なあ、あの“勇者召喚”って……マジなのか?」
同僚の兵士が小声で言った。
レインは肩をすくめる。「さあな」
「聞いたぜ。星晶院のエリ様が陣頭指揮を執るって」
その名に、レインの眉が微かに動いた。
「そりゃ本気ってことだろ。エリセリア=フェルグランドが出るなら、国家級の魔術に違いねえ。……やっぱ本物の勇者、来るんだな」
話はそこまでだった。
レインはただ、空を見上げた。
高く、冷たく、灰色で。星なんてどこにもない。
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昼──静かなる禁域
「中央北詰所、増援配置完了。レイン・アークロウ、ここに在り」
衛兵長に敬礼し、所定の位置に立つ。
今日は城郭内への出入りが完全封鎖され、通常の五倍以上の衛兵が動員されている。だが、誰一人として、事の核心を知らなかった。
王宮では何が起きているのか。
星晶院の尖塔が、空を切り裂くように聳えている。
──エリは、あの中にいる。
どれだけの術者が動員され、どれだけの代償が支払われるのか。想像もできなかった。
ただ、詰所の食堂で交わした言葉だけが、レインの中にあった。
『今度、王宮の儀式に出るの。ちょっと難しいけど、大丈夫。……私、レインにだけは嘘つかないって、言ったでしょ?』
──そう、あいつは変わらない。
レインは槍を握りしめた。
目の前の世界がどう変わろうとも、信じられるものは一つだけ。
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夕暮れ──世界の歪みの始まり
その日、王都は静まり返っていた。
鐘の音も、鳥の声もない。
ただ、王宮の上空に──光の柱が立った。
色を持たない光。だが、見る者すべての心を掻き乱す、異質な力。
大気が震え、地面が唸り、誰もが膝を折った。
それはまるで、神の啓示か──それとも、災厄の始まりか。
レインは立ちすくんだ。
槍を支えに、なんとか耐えていた。
遠くで、誰かが言った。
「……来た……勇者だ……!」
王宮に向かって民が祈りを捧げる。
その中で、レインはただ、黙って空を見つめていた。
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